今度は初恋から始めよう〜エミリオンとヴェリティのもう一つの恋物語〜

紬あおい

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1.出逢い

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「お坊ちゃま、今日はグラナード公爵様もファビオラ奥様もいらっしゃらないので、お邸で静かにお過ごしくださいね?」

執事のベンジャミンは、にこやかに話し掛けているようで、その目は笑っていなかった。

「大丈夫だよ、そんな心配は要らないって。今日は読書をするんだ。」

「左様でございますか。では、私はグラナード公爵様のお言い付けで執務にあたります故、失礼いたします。」

「頑張ってね、ベンジャミン!」

ベンジャミンを見送り、僕は早速街に出る為に平民のような服装に着替えた。
絵が得意な僕は、街の風景をこっそり見に行くことにしたのだ。

「よし!これで平民の子どもに見えるだろう。」

髪をくしゃくしゃっと乱し、白シャツと濃いめのベージュのズボンを履いて、使い古した鞄を肩から掛けた。

意気揚々と街に出て、ちょっと小高い丘に登り、街並みを見渡す。

「はぁ、良い眺めだ!今度は花屋を見てみよう。」

騎士にも影にもバレていない、たった一人の冒険に僕は夢中になっていた。
花屋で絵になりそうな薔薇を見つけて、一輪買った。

しかし、かなり時間が経った頃、ふと気付くと知らない道を歩いていた。

(あれ…?ここ、どこだろう…)

きょろきょろ見回すが、どちらに行ったらいいか分からなくなってしまった。

(こういう時は、一旦落ち着こう…)

道端に座り、俯いて考えていたら、頭の上で声がした。

「もしかして、道に迷ってしまったのですか?」

そこには、優しい笑顔の女の子が立っていた。

「うん…」

「どちらに行きたいのでしょう?よろしければ、ご一緒させてください。」

こんな平民のような格好の僕に、貴族と思われる女の子は手を差し出した。
その女の子のドレスは、母のファビオラが見に纏う豪華なドレスとは比べものにならない位に質素だが、直感で悪い人ではないと思った。

「エ、エヴァンス公爵邸に帰りたい…」

女の子は少し驚いたが、自己紹介をした。

「ワーグナー伯爵家のヴェリティと申します。
エヴァンス公子様でしたのですね。大きなお邸なので、道なら分かります。」

「僕は、エミリオン・エヴァンスと言います。
お姉さん、邸まで連れて行ってくれる?」

「はい!では、ご一緒に。薔薇の公子様!!」

エヴァンス公爵家は、僕が迷子になった場所から結構離れていたが、ヴェリティ嬢は手を繋いで一緒に歩いてくれた。

まだ十一歳の僕は、すらりとしたヴェリティ嬢と並ぶと背も耳までしかなくて、声変わりもしていなくて、幼い自分が恥ずかしかった。
でも、繋いだ手が優しくてあたたかくて、僕の心臓は賑やかだった。

その道すがら話したことは、ヴェリティ嬢は四歳年上の十五歳で、皇立学園には通っていないということと、趣味は読書や刺繍、デビュタントは済んでいないということだった。

「あら、公爵邸の方々がご心配されていたようですね。次は、きちんと護衛騎士をお連れになって外出されますように。」

邸の門の外で、ベンジャミンがうろうろしているのが見えた。

「分かった。ありがとう、お姉さん!この薔薇、あげる!!」

左手で一輪の薔薇を差し出し、何故だか触れたくて右手で握手を求めると、ヴェリティ嬢は屈んで目線を合わせて、薔薇を受け取り、僕の指先を右手でそっと握った。

「お役に立てて良かったです。綺麗な薔薇をありがとうございます。」

にっこり微笑んだヴェリティ嬢に、僕の心は全て持って行かれた瞬間だった。




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