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29.騎士の秘密 Side バトラー
しおりを挟む土砂崩れの現場の視察で、レオリス様が目の前から消えて、崖下に落ちて行った時、俺は絶望的な気持ちになった。
「レオリス様!!」
サミュエルが即座に、迂回路を探すと馬で駆け出し、俺は奥様に伝える為に馬を走らせた。
(奥様に泣かれたら、何と言えば…)
何を言っても言い訳にしかならない。
とにかく、奥様の元へ急いだ。
山の別荘ではアンから守れず、今度はレオリス様も守れなかった。
その後悔に、心が折れそうに苦しく痛かった。
「奥様!レオリス様が行方不明になりました。落石でファシルが驚いて、崖下に…今、サミュエルが必死に捜索しています!!」
その時の奥様の真っ白な顔は、きっと忘れられないだろう。
「レオが…そんな…崖は高いの…?」
「はい…」
男の俺でも足が竦む高さの崖だ。
「私も行きます。ロニエの準備をしてくださる?」
「黙って準備なさい。」
俺は耳を疑った。
レオリス様より頭二つ分は小さいであろう女性が、現場に行くだと?
それは、俺の思い違いだと現場に着いて思い知らされた。
「じゃあ、ここを下りるのが一番手っ取り早いのね?」
「だって、行かなきゃ、レオは見つからないじゃない?ねぇ、ロニエ?」
奥様は、ただの女性じゃなかった。
何も諦めていない。
何も恐れていない。
ただレオリス様を見つけることしか考えていない、決意に満ち溢れた顔。
ロニエも、ただの馬じゃない。
女だからとか、男だからとか、人間とか動物とか、そういった概念を吹き飛ばすのが、うちの奥様と愛馬だった。
ロニエに必死にしがみ付いて崖を下りていく奥様を見て、俺は人を愛するということは、こういうことなのかと呆然とした。
(俺には真似出来ない……いや、そんなことを考えている場合じゃない!俺に出来ることをしなくては!!)
そして、迂回路を見つけ、サミュエルと合流したところでロニエに会った。
「ロニエ、レオリス様と奥様の所へ連れて行ってくれるか?」
「ぶるるっ!」
初めてロニエが俺に鼻を鳴らした。
奥様にしか鼻を鳴らさないロニエ。
泣きそうになった。
いや、泣いていたかもしれない。
「ロニエ、頼んだぞ!!お二人の元へ!!」
ロニエに着いていくと、小屋の前に血塗れの奥様が倒れていた。
小屋の中ではレオリス様の怒声が聞こえる。
「サミュエル、奥様を頼む!俺はレオリス様の所へ行く!!」
「気を付けろよ!バトラー!!」
走って部屋に入ると、女がレオリス様に馬乗りになっていた。
この女が何者なのかとか、レオリス様を助けてくれたとか、そんなことは俺にはどうでも良かった。
奥様を傷付けたであろう状況と、レオリス様に馬乗りになっているこの瞬間だけで充分だ。
もう俺は頭に血が上り、問答無用で女を斬った。
悲鳴も上げず、女は床下に転がった。
「バトラー!リアは!?」
「奥様は外で気を失っておられます!サミュエルが傍に付いてます。」
「すまないが、リアの元に連れて行ってくれ!」
レオリス様の血の気の引いた顔は、ご自身の怪我のせいではないことは一目瞭然だった。
そして、レオリス様は怪我をおして、自身と奥様の体を縄で括り付け、ロニエと共に海辺の宿に向かって、ひたすら走った。
俺は名前も分からない女の亡骸を処理してから、海辺の宿に戻った。
レオリス様は奥様をヘルザとサミュエルに託し、気を失ったそうだ。
その後、俺はベッドに横になるレオリス様と奥様をドアの隙間から覗き見て、ほっと胸を撫で下ろし、安堵で涙が出た。
あの女を斬ったことは、絶対に奥様には秘密だ。
警護団に引き渡した、それがレオリス様と俺達の事実として残るだけだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どんなに良い戦績を残しても、差別には勝てず、所詮平民だと腐っていた頃、俺は人でなしだっただろう。
騎士団は辞め、その日暮らしの用心棒をしていたら、たまたまレオリス様と食堂で隣り合わせた。
話していくうちに、公爵家のボンボンが危なっかしく思えて、直談判して雇ってもらえるように頼んだが、一度は断られた。
しかし、レオリス様が女に襲われそうになって助けたら、雇ってもらえた。
その時レオリス様は「女って怖ぇな」と笑った。
それからは、レオリス様は俺を友人のように扱ってくれた。
しばらくして、マーティンやサミュエルも雇われ、皆でわいわい楽しかった。
俺達はただの平民なのに、食べるのも寝るのもレオリス様と一緒で、差別なんて言葉は無縁だった。
奥様の話もよく聞かせてくれた。
「愛する人は、兄上の婚約者なんだ」と打ち明けてくれた日のレオリス様は、珍しく酔い潰れた。
この恋が実るといいのにと、サミュエルやマーティンと、いつも話した。
だから、俺はレオリス様に拾ってもらったあの日から、ずっと心に決めていた。
汚れ仕事は、俺が全てやる!と。
誰よりも残忍を極めたとしても、レオリス様に危害を加える者は徹底的に排除する。
そして、今回奥様についても、同じ気持ちを感じた。
レオリス様の奥様でなかったら、うっかり惚れてしまいそうな女性。
でも、懸想はしない。
あくまでも、レオリス様の奥様だ。
お二人の怪我が良くなったら、奥様の武勇伝をレオリス様に聞かせてあげたい。
自分のことを公爵家の余計者だと思っていたレオリス様に、こんなに凄い奥様がいるなんて、俺も嬉しい。
レオリス様!
あなたの奥様は、誰よりもレオリス様を愛して止まない勇敢な女性ですよ!!
これを叫ぶ日の酒は、きっと美味いだろう。
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