山王学園シリーズ〜カサブランカの君へ〜

七海セレナ

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297.【言わない方がよかったか?】

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「お話中失礼しますね」


襖が静かに開くと、蓮池のお母さんがお盆に載せた
鬼まんじゅうを持って現れた。

これはきっと松花堂のものだ。

以前一条先輩と柊と3人で買いに行って食べたのが懐かしい。

俺はサツマイモが好きではなかったのに、不思議な食感とほのかな甘さにすっかり魅了されてしまったんだよな。


「ふふ……お父さんったら、あんまりお話を聞いたら
楓さんに怒られますよ?」

「仕方ないだろう?楓が夕太くん以外のお友達が来たんだもの」

「そうですねぇ……」


世の夫婦はこんなに穏やかな会話をするのかと感動しながら鬼まんじゅうを食べていると、その会話を遮るようにベルの音が鳴り響いた。

それは蓮池のお母さんのスマホの着信音で、帯から
すっと取り出すと軽く会釈して廊下へ出て行こうとする。

すると次の瞬間、


楓『ババア!!!まだあの陰キャそこに居座ってん
じゃねぇだろうな!!!』


蓮池のお母さんはスマホを誤ってスピーカーに切り替えてしまったのか、蓮池の怒号が家中に響き渡った。

相変わらず何てこと言うんだと呆れつつも、仕事が
終わったのかそれとも絶賛仕事中なのか……とにかく
相当ストレスフルなことだけは伝わってくる。

お父さんはそんな息子の怒号には慣れっこなのか、
ものともせずに穏やかな笑顔で俺を見つめた。


「いやぁ……楓は昔から友達少ないからねぇ……
夕太くん以外の人が来るなんて、私たちも嬉しいんだよ」


………。

いや、友達……か?

電話の向こうから有り得ないほどの殺意が届いていますけど、と喉まで出かかった言葉を必死に飲み込んだ。

そもそも俺はただ蓮池のお母さんに誘われてここに居るだけで何も悪いことはしていないはずだ。

蓮池に怒鳴られる筋合いもないと鬼まんじゅうを頬張ろうとすると、


「まだいらっしゃいますよ?」

楓『代われ!!!!おい陰キャ聞こえとんだろ!!!』


蓮池の怒鳴り声がまた居間に響いた。


雅臣「お、おま!!どこにいるんだよ!?それに電話
越しにデカい声で話すなよ!!」


あまりの怒りっぷりに思わず立ち上がって言い返すと、蓮池のお母さんは楽しそうにはいとスマホを差し出してくれた。


楓『アホがよ!!いつまで俺の家におるんだ!!』

雅臣「ごめんって!!いや、お前こそ仕事はどうしたんだよ!?」

楓『はぁ!?もう終わったわ!!今から帰るけどまだ
おったら蹴り倒すからな!!』

雅臣「何でだよ!!」


嵐のような罵声を浴びせられ、しかもブチッと一方的に切られて、居間にはツーツーという通話終了音だけが虚しく響いた。

どこでどんな仕事をしてきたのかは知らないけれど、
あの剣幕だと猛ダッシュで帰ってくるだろう。


雅臣「……すみません、そろそろお暇します」

「楓さんったら本当は嬉しいのに、照れ隠しが下手で……」


___いやいやいや。

お母さん、息子さんのあれは照れ隠しでも何でもなく
本気です。

そんな本音はさすがに言えなくてお邪魔しましたと頭を下げると2人とも玄関まで見送ろうとしてくれる。

車で送っていくと言ってくれたが、近いし何よりもう
この空間に耐えられなくて寄りたいところがあるからとやんわり断った。

3人で長い廊下を歩きながら、ふと靴箱の上の白い磁器の花器に目をやる。

そこには季節外れの濃い紫の菖蒲が一輪静かに生けられていて、華道家の邸宅らしくとても綺麗だった。


「ごめんなさいね。今日は突然誘ってしまって」


靴を履き終えると蓮池のお母さんが柔らかく微笑んだ。

その笑顔があまりにも優しくて逆に罪悪感が湧いてしまう。


雅臣「い、いえいえ!俺の方こそ、お菓子とか……
本当にありがとうございました」


お礼を伝えて玄関を出ていこうとすると、


「___藤城くん」


お父さんに呼び止められ後ろを振り返る。


「教えて欲しいんだ。その、夕太くんは……
楓を嫌がってないかい?」

雅臣「え?」


突然の問いに、俺は思わず声を漏らした。 

嫌がる?

柊が、蓮池を?

質問の意図がすぐには掴めなかったが、お父さんの目は真剣そのものだった。

眉間に寄った皺が不安げで、隣に立つお母さんも同じ
ような瞳で俺をじっと見つめている。


雅臣「えっと……」


多分、蓮池はこの優しい両親に学校のことや自分のことをほとんど話さないのだろう。

親に対して日頃からあんなに悪態をついているし、覚王山のこの家に住んでいるのは蓮池だけだと言っていた。

もし今まで唯一の友達が柊だけなのだとしたら、心配になるのも当然だと思う。


雅臣「……大丈夫ですよ。2人は仲良くやってます」


色々と拗れてもいるように見えたりもするが、実際毎日話しているし、仲は悪くない……はずだ。

俺はできるだけ口角を上げて、心配ないと伝えた。


雅臣「それから……あの、10月に山王の文化祭があるんです。俺たちサークルで歌を披露するんで時間があったら見に来てください。柊も蓮池も一緒に歌う___」

「ええ!?」


言い終わる前に2人は同時に声を上げ、ぽかんと口を開けて顔を見合わせる。

この調子だと自分の息子がサークルに入ってることも
詳しく聞いてなかったんだろう。

それなのにこのお母さんに合宿の弁当を差し入れさせたのかとなんだか気の毒になってしまった。


雅臣「俺たち同じサークルで……柊がピアノを弾いて、2年生や3年生の先輩たちと歌うんです。先輩もみんな優しいし、蓮池も楽しそうです。だから見に来てくださいね」
 

俺の話を聞いて2人は心底ほっとしたような、嬉しそうな顔をされた。


「そうかぁ……藤城くんありがとう。ありがとうね。
また是非遊びにきておくれ」


2人は俺に何度も頭を下げ、俺が門を出るまで手を振っていた。


______

____________



帰り道、一本道を上りながらオレは小さくため息をついた。

蓮池のご両親に文化祭のことを教えたのは気を利かせたつもりだったが、今さらながらに不安が募ってくる。

……言わない方が良かったか?

蓮池は自分の親に体育祭ですら来てほしくなさそう
だったのに、文化祭のことを知らせたとなれば絶対に
怒られるぞ。

怒られるだけで済めばいいが、蹴飛ばされて追いかけ
回されるくらいは覚悟しておかないとマズイ気がする。

口を滑らせた自分が悪いのかと肩を落として歩きながら蓮池の両親のことを思い返した。

それにしても穏やかな夫婦だったな……。

年齢的のせいもあると思うが、2人とも優しく息子
ファーストといった感じだった。

あんなに優しい両親と普段一緒に住んでいないだなんて……あいつはもしかして反抗期なのか?

蓮池の気持ちはやっぱり俺にはさっぱり分からない。

そんなことを考えながら10分もかからず自宅に着いた。

エレベーターの中で何気なくスマホを見ると、蓮池からの気味の悪いスタンプの連打と、柊からチャット
メッセージが届いている。

気が付かなかったと開けば、


〝雅臣ー!!〟

〝これ!こっち作って欲しい!〟


雅臣「んん……?」


送られてきたのはスコッチエッグのレシピだった。

更にそのURLを開くとミートボールとはちょっと違って、ゆで卵をひき肉で包んでパン粉をまぶし揚げるか
焼くかする料理らしい。

__へぇ、美味しそうだな。

普通の卵だと大きすぎて他のおかずが詰められないし、うずらでどうにか作れないか?

アレンジが効きそうなおかずを知って急にテンションが上がった俺は柊にOKと直ぐにスタンプを送った。

明日は休みだし試作してみるのもいいな。

さっき買った材料を一旦冷蔵庫にしまって、またホランテに向かうのもありだと俺は準備した。




______
【後書き】
いつもご愛読いただきありがとうございます。
明日は小話!
久しぶりの雅臣の休日をお届けします♫
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