25 / 29
絶対にアレンを見つけるわ
しおりを挟む
一日、二日、三日と太陽が昇っては落ちた。
わたしは朝起きて顔を洗うとすぐにおばあちゃんにアレンのことが分かったか聞いて首を振られ、学校に行く前にティンカーベル書房に寄ってはルシウスさんにも首を振られる毎日を送っていた。
放課後はもちろんティンカーベル書房でアレンを探すのが日課。もしかしたらと思って街の中を走り回ってみたこともある。アレンの雪髪はとても珍しいので街の人にも聞いてみたけれど、みんな首を振るばかりだったの。
四日が過ぎて、明日は夏至祭。今日の魔法の授業は森の近くにある『笑いの丘』に来たの。
「さぁみなさん。女の子は冠、男の子は首飾りにするための花を摘みましょう。根っこをいためないよう丁寧に摘んでね」
マティウス先生の合図でみんなが一斉に散らばっていく。わたしはあまり動きたい気分じゃなくて、立っていたところにしゃがんで花を摘んだ。
アレン、どこにいるの。
アレン、本当にいなくなっちゃった?
アレン。
「エマ、もうカゴに乗りきらないよ」
「え? あ、いつの間に」
ハンナに言われて、カゴいっぱいに菜の花を摘み上げていることに気づいた。しかも根っこから。
自分の足元を摘みきって茶色い地面が出ていたので少し埋め戻しておくことにした。ごめんなさい菜の花さん。
「手伝うよ」
「ありがとうハンナ」
両手で土をかけようとすると手首がきらっと光った。本のブックマーカーがわりのピンク色のリングだわ。よく見るとちいさな星が彫りこまれている。
アレンと旅した冒険の証だけれど……いまは見るのがつらくて、そっと袖で隠す。
「最近のエマ元気ないね。ため息ばっかりついてるし、目の下にクマできてるよ」
ハンナが顔をのぞき込んでくる。わたしは髪の毛でさっと隠した。
「うん……ちょっと、寝不足で」
「人探しているんだっけ? あたし本当にお茶会で話した? 全然覚えてないだけと」
ハンナにももう何度も「アレンを知ってる?」って聞いてる。でも、こんな調子。お茶会にはわたししかいなかったって言うの。
この数日間で、わたしはどんどん自信がなくなってきた。アレンのことを聞くとみんな揃っておかしなものを見るような顔になるから、口にすることが段々怖くなってきたの。
もしかしたらアレンは、わたしが見た夢なんじゃないの?
そうだったらもう悩まなくて済む。ラクになれる。夜もぐっすり寝られる。
でも、わたしが忘れたらアレンはもう本当にどこにもいなくなってしまう。
「オイ、『魔法ナシ』」
鼻先にポピーの花がふたつ差し出されていた。そのまま上を見るとエドガーがそっぽを向いている。
「とりすぎた。やるよ」
「え?」
「やるっつってんだよ」
無理やり押しつけられたけれど、ピンクとオレンジのポピーはとってもきれい。
「ありがとうエドガー」
「べつに。上から見てたくさん咲いていたからな」
エドガーのカゴの中身は雑草や土、小さい昆虫ばっかりね。毎年草だらけの首飾りを作ってみんなに笑われているのに。
「エドガー、お礼に菜の花をあげるわね。ちゃんと作らないと怒られるわよ」
「ちょっとでいい。今回はクリスマスの飾りとかで派手にするつもりだからな」
「もう、夏至祭をなんだと思ってるのよ。冬のものなんて――」
ちくっとのどが痛んだ気がした。雪の塊を飲み込んだときみたいな感覚。アレンと別れたときに飲み込んだカケラかもしれない。
「ん、なんだよエマ」
「エマ、どうしたの? どこか痛いの?」
「……ううん、なんでもない。なんでもないの」
必死に頬を上げてみたけれど、胸が痛くてたまらない。
おかしいわね。わたし、いつもいつもバカみたいに笑っていたのに、いまは笑い方が分からない。ちゃんと笑えているか不安になるくらい。
「――あ、そういえば思い出した」
ハンナが突然手をたたいた。
「お茶会の席に花が飾ってあったね。きれいなポピーだった」
「ポピーの花……」
「あとエマのとなりの席ずっと空いていたね。お客さん来る予定だったの?」
わたしのとなりは、アレンよ。ポピーを持ってきてくれたのも。
ハンナはそのことを覚えてる?
「オイ、みろこれ」
目の前にぎょろっとした目玉。ヒキガエルだわ。ハンナがすごい勢いで立ち上がる。
「いやぁー! なんてもの持ってくるのよー!」
「ヒキガエルをバカにすんじぇねー。すんげージャンプ力なんだぞ、ゲコゲーコ」
「もうやだあっち行って! 気持ち悪い! エマのお茶会でも大きなカエルみてしばらく夢に出てきたんだからね!」
「追いかけろゲコゲーコ」
追いかけっこをするふたりを見送って、わたし、ポカーンとしてしまった。
胸の奥にじわっと暖かいものが広がったのよ。
どうしてかって? だって、ふたりが忘れているだけでアレンが存在していたことがハッキリと分かったからよ。
ポピーを持ってきてくれたのも、となりに座ったのも、エドガーをカエルにしたにもアレンだわ。もしわたしの夢の中の出来事だったら、ふたりが覚えているはずがないでしょう?
あぁアレン、ごめんなさい。わたしラクしようとしていた。あなたのことをなかったことにして今夜はぐっすり眠ろうなんて考えてた。
でもやめた。「かくれんぼ」しているアナタをわたしが見つけてあげる。絶対に。
さんざんハンナを追いかけ回していたエドガーがカエルを抱いて戻ってきた。わたしの顔をのぞき込んで、バカにしたように笑う。
「んだよ、やっと笑ったのかよ。泣きながら笑ってるし。変なやつ」
「へっ、変じゃないわ! これはうれし泣きなのよ!」
「変なやつ、変なやつ、ゲコゲーコ」
もう怒ったわ。言いつけてやる。
「せんせー! エドガーが意地悪します―!」
「オレ悪くないぞー!」
わたしは朝起きて顔を洗うとすぐにおばあちゃんにアレンのことが分かったか聞いて首を振られ、学校に行く前にティンカーベル書房に寄ってはルシウスさんにも首を振られる毎日を送っていた。
放課後はもちろんティンカーベル書房でアレンを探すのが日課。もしかしたらと思って街の中を走り回ってみたこともある。アレンの雪髪はとても珍しいので街の人にも聞いてみたけれど、みんな首を振るばかりだったの。
四日が過ぎて、明日は夏至祭。今日の魔法の授業は森の近くにある『笑いの丘』に来たの。
「さぁみなさん。女の子は冠、男の子は首飾りにするための花を摘みましょう。根っこをいためないよう丁寧に摘んでね」
マティウス先生の合図でみんなが一斉に散らばっていく。わたしはあまり動きたい気分じゃなくて、立っていたところにしゃがんで花を摘んだ。
アレン、どこにいるの。
アレン、本当にいなくなっちゃった?
アレン。
「エマ、もうカゴに乗りきらないよ」
「え? あ、いつの間に」
ハンナに言われて、カゴいっぱいに菜の花を摘み上げていることに気づいた。しかも根っこから。
自分の足元を摘みきって茶色い地面が出ていたので少し埋め戻しておくことにした。ごめんなさい菜の花さん。
「手伝うよ」
「ありがとうハンナ」
両手で土をかけようとすると手首がきらっと光った。本のブックマーカーがわりのピンク色のリングだわ。よく見るとちいさな星が彫りこまれている。
アレンと旅した冒険の証だけれど……いまは見るのがつらくて、そっと袖で隠す。
「最近のエマ元気ないね。ため息ばっかりついてるし、目の下にクマできてるよ」
ハンナが顔をのぞき込んでくる。わたしは髪の毛でさっと隠した。
「うん……ちょっと、寝不足で」
「人探しているんだっけ? あたし本当にお茶会で話した? 全然覚えてないだけと」
ハンナにももう何度も「アレンを知ってる?」って聞いてる。でも、こんな調子。お茶会にはわたししかいなかったって言うの。
この数日間で、わたしはどんどん自信がなくなってきた。アレンのことを聞くとみんな揃っておかしなものを見るような顔になるから、口にすることが段々怖くなってきたの。
もしかしたらアレンは、わたしが見た夢なんじゃないの?
そうだったらもう悩まなくて済む。ラクになれる。夜もぐっすり寝られる。
でも、わたしが忘れたらアレンはもう本当にどこにもいなくなってしまう。
「オイ、『魔法ナシ』」
鼻先にポピーの花がふたつ差し出されていた。そのまま上を見るとエドガーがそっぽを向いている。
「とりすぎた。やるよ」
「え?」
「やるっつってんだよ」
無理やり押しつけられたけれど、ピンクとオレンジのポピーはとってもきれい。
「ありがとうエドガー」
「べつに。上から見てたくさん咲いていたからな」
エドガーのカゴの中身は雑草や土、小さい昆虫ばっかりね。毎年草だらけの首飾りを作ってみんなに笑われているのに。
「エドガー、お礼に菜の花をあげるわね。ちゃんと作らないと怒られるわよ」
「ちょっとでいい。今回はクリスマスの飾りとかで派手にするつもりだからな」
「もう、夏至祭をなんだと思ってるのよ。冬のものなんて――」
ちくっとのどが痛んだ気がした。雪の塊を飲み込んだときみたいな感覚。アレンと別れたときに飲み込んだカケラかもしれない。
「ん、なんだよエマ」
「エマ、どうしたの? どこか痛いの?」
「……ううん、なんでもない。なんでもないの」
必死に頬を上げてみたけれど、胸が痛くてたまらない。
おかしいわね。わたし、いつもいつもバカみたいに笑っていたのに、いまは笑い方が分からない。ちゃんと笑えているか不安になるくらい。
「――あ、そういえば思い出した」
ハンナが突然手をたたいた。
「お茶会の席に花が飾ってあったね。きれいなポピーだった」
「ポピーの花……」
「あとエマのとなりの席ずっと空いていたね。お客さん来る予定だったの?」
わたしのとなりは、アレンよ。ポピーを持ってきてくれたのも。
ハンナはそのことを覚えてる?
「オイ、みろこれ」
目の前にぎょろっとした目玉。ヒキガエルだわ。ハンナがすごい勢いで立ち上がる。
「いやぁー! なんてもの持ってくるのよー!」
「ヒキガエルをバカにすんじぇねー。すんげージャンプ力なんだぞ、ゲコゲーコ」
「もうやだあっち行って! 気持ち悪い! エマのお茶会でも大きなカエルみてしばらく夢に出てきたんだからね!」
「追いかけろゲコゲーコ」
追いかけっこをするふたりを見送って、わたし、ポカーンとしてしまった。
胸の奥にじわっと暖かいものが広がったのよ。
どうしてかって? だって、ふたりが忘れているだけでアレンが存在していたことがハッキリと分かったからよ。
ポピーを持ってきてくれたのも、となりに座ったのも、エドガーをカエルにしたにもアレンだわ。もしわたしの夢の中の出来事だったら、ふたりが覚えているはずがないでしょう?
あぁアレン、ごめんなさい。わたしラクしようとしていた。あなたのことをなかったことにして今夜はぐっすり眠ろうなんて考えてた。
でもやめた。「かくれんぼ」しているアナタをわたしが見つけてあげる。絶対に。
さんざんハンナを追いかけ回していたエドガーがカエルを抱いて戻ってきた。わたしの顔をのぞき込んで、バカにしたように笑う。
「んだよ、やっと笑ったのかよ。泣きながら笑ってるし。変なやつ」
「へっ、変じゃないわ! これはうれし泣きなのよ!」
「変なやつ、変なやつ、ゲコゲーコ」
もう怒ったわ。言いつけてやる。
「せんせー! エドガーが意地悪します―!」
「オレ悪くないぞー!」
0
あなたにおすすめの小説
カリンカの子メルヴェ
田原更
児童書・童話
地下に掘り進めた穴の中で、黒い油という可燃性の液体を採掘して生きる、カリンカという民がいた。
かつて迫害により追われたカリンカたちは、地下都市「ユヴァーシ」を作り上げ、豊かに暮らしていた。
彼らは合言葉を用いていた。それは……「ともに生き、ともに生かす」
十三歳の少女メルヴェは、不在の父や病弱な母に代わって、一家の父親役を務めていた。仕事に従事し、弟妹のまとめ役となり、時には厳しく叱ることもあった。そのせいで妹たちとの間に亀裂が走ったことに、メルヴェは気づいていなかった。
幼なじみのタリクはメルヴェを気遣い、きらきら輝く白い石をメルヴェに贈った。メルヴェは幼い頃のように喜んだ。タリクは次はもっと大きな石を掘り当てると約束した。
年に一度の祭にあわせ、父が帰郷した。祭当日、男だけが踊る舞台に妹の一人が上がった。メルヴェは妹を叱った。しかし、メルヴェも、最近みせた傲慢な態度を父から叱られてしまう。
そんな折に地下都市ユヴァーシで起きた事件により、メルヴェは生まれてはじめて外の世界に飛び出していく……。
※本作はトルコのカッパドキアにある地下都市から着想を得ました。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
エマージェンシー!狂った異次元学校から脱出せよ!~エマとショウマの物語~
とらんぽりんまる
児童書・童話
第3回きずな児童書大賞で奨励賞を頂きました。
ありがとうございました!
気付いたら、何もない教室にいた――。
少女エマと、少年ショウマ。
二人は幼馴染で、どうして自分達が此処にいるのか、わからない。
二人は学校の五階にいる事がわかり、校舎を出ようとするが階段がない。
そして二人の前に現れたのは恐ろしい怪異達!!
二人はこの学校から逃げることはできるのか?
二人がどうなるか最後まで見届けて!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる