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発端
しおりを挟む儚くも眩しいほど華やかに咲き誇り、新しい季節を運んだ桜も鶸萌黄の葉桜に姿を変える頃。
昼食を終えた和馬と雪人が移動教室のために三階の校舎に向かっていると、廊下の正面を塞ぐように生徒の塊がこちらに向かってきた。
出自など知らなくとも、どこか華のような雰囲気を纏う慧の周りには自然と人が集まる。それは親戚の集まりでも、学校生活でも同じことだ。
遠目に気付いた和馬は忘れ物、と言い置いて踵を返す。
雪人とは高校に入ってからの付き合いだが、馬が合うのか学校でもバイト先でも休みの日でも、常に行動を共にしている。と言っても過言ではないほど傍にいる。
そのくせ、こういう時は和馬の後をついてくることもなく、和馬が話さない家族のことにも踏み込んで聞こうとはしない。その程よい距離感が和馬には居心地が良かった。
「…はぁ…」
左の爪先を少し引き摺るようにして、廊下の角を曲がる。階段の上で壁にもたれて賑やかな集団が通り過ぎるのを待った。
去年末から始めた深夜のバイトが堪えて、さすがに眠い。目を閉じてもう一度溜め息を落とすと、数人の気配が遠ざかる。
――やっと行ったか。
別に、慧を避けなければならない理由はない。顔も見たくないほど嫌悪しているとか、そういう気もない。ただ極力顔を合わせたくない、同じ空間に存在したくない。これは和馬が無意識下で感じていることだ。
ず、と左足を出して壁から身を離した瞬間だ。
「こっちじゃね?」
唐突に目の前に現れた腕と身体、反射的に避けた上体を支えた右脚に声の主がぶつかった。
「っ―――!」
背中から身体が落下する感覚に、どくんと鼓動が跳ねる。
――嘘だろ!?
一瞬遅れて放たれる女子生徒のけたたましい悲鳴。
ほぼ頭から仰向けに落ちたはずの和馬は、十三段下の踊り場まで転落しながら弾力のある何かに守られていた。衝撃と痛みに備えて目を閉じる刹那、視界に飛び込んできたのは誰か、別の――
「やだ、やだぁ!慧!」
「慧!大丈夫か!?慧っ!」
和馬の身体ともども柔らかなクッション…慧の身体を揺する振動に、舌を噛むような衝撃を何度も受けた落下のショック状態から覚めた和馬は、正常な意識を取り戻す。
眼前でぐったりと倒れて昏倒する慧を認めて、今度こそ血の気が引いた。
「慧?――っ慧!!」
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