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家族2

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 そして結局、誘われるようにダイニングに入った。

「何飲む?コーラ?ウーロン?」
「…ウーロン」

 呟きながらテーブルを凝視した和馬は、複雑な表情を浮かべてしまう。
 本日のメニューはワンプレートディナーだ。
 スパイスの香る焦げ茶色のメキシカンピラフに皮までパリパリに焼けた鶏胸肉のソテー、付け合わせのレタスにミックスベジタブル。和馬が良く知っているメニューそのものが目の前に再現されていた。

「兄貴、ここのジャンバラヤ好きでしょ。あのファミレスと同じ業者のだから味はほぼ一緒だよ」

 テーブルに置かれるアイスウーロン茶。コーラもウーロン茶も、鶏乗せメキシカンピラフも。和馬が外食する時に高確率で選ぶメニューだった。

「でも油も鶏肉も、こっちの方が上等なものだからちょっとは違うかもね。食えるだけ食って?」

 椅子に座った慧は、いただきまーす、と可愛らしく言って鶏肉にナイフを入れる。
 何でお前のこと知ってんのアイツ。気持ち悪ぃ――と雪人は言った。
 けれど、和馬はそう思えなかった。手段は不明だがそんなことはどうでもいい。

 物心ついてから誰かの関心を引くことさえ許されずに「いらない子供」として育ってきた和馬にとって、それは衝撃だった。自分の好物を誰かが、義弟が知っていてくれたという事実は驚愕そのものだ。
 驚きと喜びに満たされた胸から溢れた感情が、止める間もなく堰を切って一気に溢れ出した。

「――兄貴?」
「っ……ふ…っ…」

 拭っても拭っても、零れ落ちる涙は止まらない。胸に凝っていた様々な感情までも吐き出すように、涙が全て押し流す。

「ど、うしたの?何?どこか痛いの?兄貴?」

 席を立つ慧がオロオロと、明らかに動揺して恐る恐る手を伸ばし、兄貴?と不安そうな瞳で覗いてくる。
 ここ二日の慧の行動と言動を考えると可笑しくすら思える豹変ぶりだ。そんな気分でもないのに、涙を零しながら笑みも零れてしまう。
 甲斐甲斐しく取り出したティッシュを当ててくる義弟に微笑むことはまだできないけれど。

「何でも、ねーよ。…食う」
「嫌なら食べなくていいよ?」

 まだ心配そうに見つめる慧に見せつけるように、大口を開けてスプーンを口に入れた。

「美味ぇ」
「…ほんと?」
「……昨日も」
「え?」
「美味かった。よ」

 ほんと?と聞き返す慧の瞳からも涙の粒が落ちる。

「ウン」

 答えるとまたひと粒、ふた粒。
 義弟がしたことを思い出せ。許すな。と心のどこかで誰かが叫ぶ。
 雪人の声だ。ここにはいない。

「良かった。…俺のは嬉し泣きだよ?」
「そう」

 俺もだよ。言えるほど素直にはなれないけれど。
 許したつもりもないけれど。

「明日は和食ね」

 和馬の横でしゃがみ込んだまま見上げてくる笑顔が、いつかのそれと重なった。


――にぃたん、にぃたん!


 ふたりきりの食卓。一方的な会話でも、慧の表情が暗く沈むことはなかった。俯く和馬も慧の言葉をしっかり耳に入れている。
 時折短い相槌を打ったり、無愛想に答えたりもした。
 和馬が六歳になる前に失った「家族の食卓」がそこにはあった。



 ごちそうさま。と慧につられて言ってしまった和馬はバツの悪い顔で席を立つ。気にも留めない慧は今夜も片付けを譲らず、テレビでも見てて、とリビングのソファを指さされて座った。
 だが案の定、居心地が悪い。
 一度も座ったことのない、感覚的には他人の家のソファと同じだ。仮にも自分の家なのだが、いたたまれなくて自室に移る和馬を、追ってくる気配はなかった。


 部屋に置いた携帯電話を見れば、雪人からのメッセージが届いている。

――今日の団体予約客飲み過ぎマジ忙しい、信じられんねー!でも俺、頑張って早く帰るよ、はにぃ♡

 画面を消し、メッセージも削除した。 
 タイミング良くドアが開いて、思わず怒鳴ってしまう。

「何だよ!」

 いきなりドアを開けられるのだから怒鳴ってもいいだろう。何故か言い訳じみたことを考える和馬の横に「俺、少し勉強するから」と慧は膝を付く。

「…だから?」
「終わったら一緒に風呂入ろ」
「っ入るかよ、ばーか!」

 暴言にも余裕で微笑む慧はベッドの下で丸まっていた身体を抱き寄せた。
 もう何度目か分からない、義弟との長いキス。
 はぁ…と満足げな吐息を落とす慧は「あとでね」と、和馬にとっては時限爆弾のような言葉も落として出て行った。

 あとでね。

 また、昨夜と同じようにいたぶられる。
 身体の隅々まで凌辱されて精神までも犯され、正常な思考も奪われて。


――ごめんね兄貴。辛いよね


 ……でも、少なくとも。
 一方的ではなかった。


――我慢できない……可愛い、兄貴


「信じらんね…っ!」

 好きだよ兄貴。
 そんな陳腐な言葉は信じていない。なのに親友だと思っていた雪人の、しかも本人から直接聞いたわけでもない想いは嫌悪して、無理矢理奪った慧にはもう、不快感すら抱いていない。そんな自分が信じられなかった。
 砂原の部屋には行きたくない。となれば外で会う約束をして雪人の部屋に泊めて貰うか、近所の漫画喫茶で夜を明かすか…

――好きだよ兄貴

 白々しい言葉を聞きながら嬲られ、身体を差し出して寝心地のいいベッドで朝を迎えるか。
 いや、させなければいい。今日こそは。
 体調も万全だ。今更ながら思い直して慧が二階の部屋にいるうちに、とシャワーを浴びる。

 霞りガラスの向こうに慧が現れないかと、内心びくびくしながら烏の行水を終えたが何事もなかった。年下の義弟に怯える自分が情けなく、そう思わせる慧に対する憤りも覚える。


 部屋に戻ってテレビをつければ午後九時過ぎ。毎週、バイトの空きがあるおかげで見られるドラマを立て続けに見て十一時を回っても部屋のドアは開かなかった。

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