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第二話
しおりを挟む「魔法倶楽部の説明会に出たんですが、時間的に夕方の倶楽部活動に出るのは難しくて…。朝や夜、他の時間でもいいので、週に一回先生の時間をもらえませんか。指導料が必要なら、いくらでも準備します」
翌朝出勤すると、魔法研究室の前でイリス・ゴルダ子爵令嬢が待ち構えていて、開口一番そう言った。
「勤務する日に学院で教える分にはお金なんていらないですよ。じゃあ、水曜日の8時から毎週1時間、でどうでしょう?」
「ありがとうございます!明日からよろしくお願いします!」
約束を取り付けて満足したのか、イリスは駆けて立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待って!」
「……どうしました?」
「望むのであれば、私が学院にいる1年間一緒に勉強したいと思っています。イリスさんは1年後、どうなっていたいですか?」
「1年後……」
「今すぐ回答できなくていいです。明日の朝練の時でも、今月末ごろまで考えてもらっても構いません。具体的にどんな魔法が使えるようになりたいかでもいいし、もっとふわっとしててもいいです。
でも、ゴールのイメージの共有ができていないと、1年間、毎週1時間という貴重な時間が期待はずれになってしまうかもしれないから。途中で変更も、やっぱりやめたもOKだけど、とりあえず決めてやりましょう」
イリスは深く考え込んでいるようだった。
向上心はあるが1年後と言われると考えづらいのかな。それか、黒魔法を教えてくれる人がこの帝国には本当に貴重なのか。イリスなら、目的を持って初日に声をかけていたと思っていたので少し意外だが、自主練である以上イリスの内面に問いかけてもらうしかない。
翌朝、約束の時間よりも30分早く魔法研究室にやってきたが、イリスはもう魔法研究室の前に立っていた。
「待たせて申し訳ない。いま研究室の鍵を開けるね」
「勝手に早く来ただけなので、お気になさらず」
ニコッと微笑むイリス。美少女の微笑みは破壊力が高すぎる。マナトは自分をそこまで面食いだとは思っていなかったが、さすがにこの顔面の力は食らってしまう。
魔法研究室は、小部屋くらいのスペースしかない。学習机を2つ置き、本棚と、コート掛けを置いたらもうぎゅうぎゅうだ。
代々魔法学の講師はこの小さな部屋を城としてきたと聞いているが、魔塔からの出向者を自由に研究させないためではないかと邪推するほど狭い。
「イリスさんはコーヒーか紅茶は飲めますか?安いものしかストックがありませんが、それでもよければお出ししますよ」
「では、コーヒーをお願いします。」
「ブラックでも大丈夫?」
「大丈夫です。」
ヤカンに魔法で水を溜め、簡易コンロ――囲いと魔法石がセットされてるだけの簡素なものだ――に魔法で火を灯して、ヤカンを火にかける。
あっという間にヤカンの水は熱湯になり、火を止め、コーヒードリッパーの豆にそそぐ。コーヒーの落ちたマグカップを、イリスに手渡した。
「今日からよろしくお願いします。
今日はとりあえず、イリスさんの黒魔法の力量を少し見せてもらって、基本的な黒魔法の考え方について話していこうと思ってます。どうかな?」
「はい、ぜひよろしくお願いします。」
「では、まずこの花を枯らしてみて」
事前に用意していた、花瓶から花を一つ取り出し、イリスに手渡した。
イリスはあっさりとその花を枯らす。枯れるスピードも早く、技量の高さが窺えた。
「さすが、イリスさんですね。過去、最も強力な黒魔法を使った時はどんな影響が?」
「大木と草原一面を枯らしてしまいました」
すでに私に教えることがあるのか、疑わしいほどの技量である。
「それはすごいですね……これまで黒魔法はどんなふうに勉強してきたんですか?先生についていたんですか?」
「魔法を習いたての、10歳ごろは先生についていました。
でも、1年くらい経ったら教えられることはない、と言われてしまったんです。
そこからは外国の文献を取り寄せながら自分で学んでました」
天才だな、これは。目標が曖昧なまま、個人指導を求めてきた理由が分かった。指導を受けることに飢えていたのか。
「なるほど。
では、イリスさんは、黒魔法ってなに?と聞かれたらどう説明しますか?」
「生命力を奪う魔法、と答えます」
確かに、ずっと黒魔法は生命力を奪う魔法だと考えられてきた。黒魔術、呪い、などと呼ばれることも昔はあったと聞く不吉な魔法と多くの人が認識していた。
「よく勉強なさってますね。イリスさんのおっしゃる通り、黒魔法は生命力を奪う魔法だと長年考えられてきました。
しかし、最近はその定説が否定されることが学会では増えてるんです。近いうちに、定義が変わるでしょうね。」
「では、黒魔法は本当はどんな魔法なんですか……?」
「時を進める魔法、という説が最有力です」
「時を進める魔法、ですか」
イリスはきょとんとしている。それはそうだ。長年の定説が違う、と言われてもピンと来ないだろう。
「はい。まず、なぜ黒魔法が生命力を奪う魔法と誤認されていたか。これは生命体にしか影響がないと思われてたためです。例えば、花を枯らすのは黒魔法の初歩ですが、石に黒魔法をかけてもなんの変化もないように見えますよね。」
昨日準備しておいた小石に黒魔法をかける。変化は視認できない。
「生き物や草木に黒魔法をぶつけると、老化や死を招きますが、石など命を持たないものには影響を及ぼせないのが黒魔法だと考えられてきました。
でも、実際は、金属にも黒魔法を大量にぶつけると、壊せることがわかりました。つまり、生命体かどうかという判断軸は成立しないんです。
そこで、別の論点を探すしかなくなってしまいました。その中で、寿命や耐用年数が短い対象物は、黒魔法の効果が強い傾向がある点が注目されました。
生き物や植物、金属は効果が見られるのに、石のような耐用年数が長すぎるものには効果が見えない。
そのため、今は時を進める魔法なのではないかと言われており、今のところ反証は見つかってません。」
「こんな、定説が覆ることあるんですね」
イリスは呆気に取られている。
「黒魔法は他の魔法に比べて研究者も使い手も少ないのと、ネガティブなイメージが強かったので研究が進んでないんですよね。
100年ほど前にあった魔女狩りも、基本的には黒魔法使いを狙ったものです。
持って生まれた魔法の属性や魔力量ははある程度遺伝で決まるので、狙い撃ちで殺されてしまうと当然、使い手は少なくなってしまいます。」
特にハイルセン帝国は魔女狩りが盛んだったらしい。これは現在ハイルセン帝国が魔法使い不足、魔法後進国になった理由であり、魔塔がどの国にも属さない機関、というスタンスを取る理由でもある。
「魔女狩りなんて……ひどい」
イリスの目が怒りと悲しみで燃えていた。
また魔女狩りがあって、自分がターゲットとなることを想像したら恐ろしい、ではなく、その理不尽に怒っていた。
そのスタンス、かっこいい子だな。
「そうですね。
私が所属してる魔塔は、世界的に吹き荒れる魔女狩りから、魔法使いを守るための組織がはじまりです。
魔女狩りは当時、各国の皇族、王侯貴族が主導していたため、魔塔所属の魔法使いは、今も各国の王侯貴族との婚姻が一切禁止されてるのも、当時を知る人にとっては、禍根が残ってる証左かもしれませんね。」
少し脱線してしまったが、ハイルセン帝国の貴族であるイリスには伝えておくべき話題だと思い、敢えて触れた。先ほどの怒りの表情を、私は頼もしく思ったのかもしれない。
魔女狩りがもう起こらないとは限らない。イリスは魔女狩りの対象になるリスクだけでなく、貴族として魔女狩りを命じる立場になるやもしれない。本人が命じなくても、イリスが仕えたり、嫁ぐ先の高位貴族がその判断をするかもしれない。
そんな時、少しでもイリスの存在が魔塔、いや魔法使いにとって優位になってほしい。そんな下心もある。
「ハイルセン帝国でどんなに魔法を勉強していても、色々不足を感じる理由がわかりました。
この帝国はきっと、魔女狩りをしてたんですね。しかも積極的に。
その事実を隠したいから、欲しい魔術書があっても検閲で引っかかったり、禍根のために、魔法指導者がハイルセン帝国になかなか来てくれなかったりしてるのか……」
イリスが聡明すぎて、気を使って言わないことまで気づいてしまっている。初日の会話――変身魔法が露見してると一瞬で察知する鋭さ――も含め、1の情報から10学び取ってしまうのだなと少し恐ろしくも感じた。
「少し話は脱れましたが、黒魔法の定義が変わることで、黒魔法の使い方も増えると考えられています。
イリスさんはおそらく、基礎的な黒魔法は会得しているでしょう。そのため、細かいコントロールを磨いて、新説に基づいた新しい魔法の習得を目指すのは、一つの目標としてはちょうどいいかもしれませんね。」
「たとえばどのような魔法ですか?」
「初回授業で、白魔法について質問をもらった時、授業内で取り扱わない理由を回答したと思います。覚えてます?」
「白魔法の適性持ちが少ないことと、魔力対効果が悪いこと、ですよね」
「その通り。
黒魔法は、白魔法と逆で、魔力対効果が高いと言われています。なので、今まで枯らしたり、死に至らせたりする側面ばかりが公になってました。
でも、時間を進める魔法という性質に基づけば、違う使い方もできそうですよね。
例えば、紙で指を切ってしまった小さい傷。これを治すとなると白魔法と思われがちですが、黒魔法でも治せるのです」
「黒魔法で治癒が使えるんですか?それって、すごすぎませんか……?」
「そうなんですよ!すごいですよね?
そもそも、時間を進める魔法なのでは、と言われ始めた発端の魔法でもあるんですけどね。
死に至る病や傷は、時間を進めても死に近づくだけですが、命に別状がない傷や病は数日経てば人間が持つ治癒力で自然に治りますよね。それを利用して、あえて時を進めることでその傷や病を治します。
もちろん、白魔法と違い、その箇所だけ老化するリスクも否定できませんので、常用は危険かもしれません。
しかし、黒魔法の魔力の出力と適用範囲を極力小さくするコントロールすることで、そんな使い方もできるんです。緊急時や傷からの感染症リスクへの対応としては間違いなく役に立つと思います。」
イリスの目は輝いていた。
白魔法のハードルの高さを踏まえれば、リスクがあるとはいえ、黒魔法で治癒魔法が再現できることがどんなに画期的か、すぐにピンと来たのだろう。
「ぜひ使えるようになりたいです。
……先生、この朝練の目標考えてこいって言ってましたよね?」
「はい。お願いしました。」
「まず、私が黒魔法を使う目的なのですが、
――私は自分の命を守るために、黒魔法を会得しました。
この世界には私が死ぬと得をする人がたくさんいるんです。常に命を狙われながら生きてきました。黒魔法も変身魔法も、そんな世界で息をするために、必死で身につけた能力なんです」
ゴルダ子爵令嬢、という立場はそこまで命を狙われるものなのだろうか。それか、この美しさと聡明さがそうさせるのか。近年大規模な戦争は起こっておらず、平和な世の中だと思っていた。しかし、貴族社会は常に水面下で戦争状態なのかもしれない。地位があるって大変なんだな。
「なので、圧倒的な実力をつけて、相手に害意を抱かせない。これが私の目標です。
黒魔法のコントロールを身につければ、治療魔法に使えるのはもちろん、攻撃的な使い方をする時も生きると思っています。なので、ぜひ、黒魔法で治癒をすること。これを目標に据えて頑張りたいです。」
「わかりました。私も、頑張ります。」
イリスの、美しく儚いルックスとは違う、触れたら火傷しそうそうな熱を垣間見た日だった。
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