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真夜中の恋人 1
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思い出してもそれは最低最悪な朝だった。
街路樹の鮮やかな緑や心地よい風、清々しい空は青く、窓を開ければこの季節には近所の家の庭に咲くマグノリアの甘い香りが微かに漂ってくる。
こんな日はのんびり辺りを散歩でもするのがいいに決まっているが、残念ながらミステリー雑誌で始まった連載の原稿の締め切りが昨日の金曜で、小林千雪は二晩徹夜で原稿を上げ、二時間も眠れずに十時にはミーティングのため研究室に行き、午後三時頃、やっとアパートに戻って今度こそぐっすり眠れるはずだった。
だが夜の八時には、京助の強襲を受けた。
法医学教室に籍を置く綾小路京助は連日司法解剖に引っ張り出され、ずっとモルグに籠っていたらしいが、こっちは開放感全開で、今夜は飲むぞとばかり、よく千雪を連れて行く小料理屋で食事を済ませると、次は麻布あたりのバーを二件ほどはしごして、ずっと半分夢うつつのような千雪が京助の部屋に連行された時は午前一時を過ぎていた。
それじゃ、おやすみ、なんていうわけにいくはずもなく。
「合意がない行為は強姦罪いうん知っとるか?」
「俺の辞書に法律用語なんかねえの」
酔っ払いに正攻法など通用しないのは世の常で、京助は千雪の首といい胸といいキスの大安売りだ。
「しつこいわ、京助!」という千雪の抗議も聞く耳を持たない京助は、京都から帰って以来、タフを通り超えている。
情けないことに、すっかり京助を覚えさせられた千雪の身体は勝手に反応してしまい、いつ意識を手放したかわからないほど、寝不足も手伝って死んだように眠っていた。
ここのところ京助がそれこそ四六時中でもべったりしてやるくらいなその理由が、春に、ウツで薬を飲み過ぎて死ぬか生きるかだった昔の彼女をなだめるために寝たという京助に千雪が別れると宣言し、たまたま出会った工藤に軽井沢に連れていかれたりしたことがあったせいだと、千雪は思っていた。
工藤高広。
この男が業界人で何と宮島研究室のOBだったために、教授を通じて千雪の小説を映画化したいと言ってきたのを千雪は最初きっぱり断ったのだ。
ところが紆余曲折あった後、渋々千雪が折れる形で映画化が決まってしまった。
ともあれ、その後久しぶりに帰った京都の千雪の実家で、久しぶりに会った研二ら同級生が集まって飲み会となったのだが、千雪を追いかけてやってきた京助と研二とのやりとりなど千雪は知るよしもなかった。
京助にしてみればもちろん工藤のことも捨てては置けないし、油断のならないヤツだと思っている。
だが、それより研二だった。
研二が別れ際、京助にしっかり釘を指したことにしても、京助は千雪に話すつもりは微塵もない。
「けど、俺はいざとなったら、何もかも捨てる覚悟はとうにありますよって」
もし、そんな研二の心を千雪が知ったらという焦燥感が京助を駆り立てるのだ。
本当は自分の部屋に千雪を住まわせたいのは山々だが、千雪は進学で上京の際、父親と探したあの築四十年以上のアパートを引っ越すことに頑として首を縦に振らない。
たまたま今夜は自分の部屋に千雪を連れてきたのだが、実はどちらかというと京助にとっても半同棲状態のあの部屋は妙に居心地がよく、何より大学に近い。
いずれにせよ、ついつい必要以上に千雪にべったりになってしまうのを、京助はどうすることもできなかった。
ようやく手に入れたその眠りを妨げられたのは、カーテンが開けられ、一気に日差しが部屋の中に降り注いだからだ。
麻布にある緑に囲まれた七階建てのマンションの六、七階に京助は住んでいる。
入り口は六階、広いリビングと書斎、キッチン、バスルームがあり、メゾネット式で階段を上がるとバスルーム付きの寝室が大小二つとテラスがある。
このマンションは東洋グループパリ支社長である京助の兄紫紀名義で、五階までは海外から赴任している東洋グループ社員に貸しているという。
エントランスにはコンシェルジュというよりガードマン的な大柄のアメリカ青年がいて出入りする人々に応対している。
広いベッドで惰眠をむさぼっていた千雪は、もう日が高く上がっているのだとわかっていながらまだ目を開けたくなかった。
最初は、カーテンを開けたのは当然京助だと思っていた。
だが、傍らに立つ人の気配が、千雪の頭の中で違和感を覚えさせた。
布団をはねのけてうつ伏せに眠るむき出しの背中に、奇妙な視線を感じた。
薄く目を開けた千雪は、自分を覗き込む男の目にぶつかった途端、がばっと跳ね起きた。
「誰やね?! お前!!」
男の目はすると一層見開かれ、まじまじと千雪を見つめる。
「誰だとはこっちが聞きたいが………」
京助ほどがっしりした体躯ではないが、スマートに品のいいスーツを纏ったその男は、ニヤリと笑った。
「いや、何者だなんてヤボなことは聞かないが、また恐ろしく京助のやつに可愛がられてるらしいな」
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