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真夜中の恋人 6
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「まさか、だよな?」
速水が険しい目を千雪に向ける。
「でも、小林千雪なんて、そんなにある名前じゃないもの。しかも男の方で」
文子は千雪の思惑とは裏腹に、さらに速水を煽るような発言をする。
千雪が桐島恵美に告られたのは高二の夏だった。
忘れたわけではないが、正直誰かと付き合う気にはなれないと断った。
江美子や研二といることが大事だったのだ。
「うそっ! 名探偵にもそんな過去があったなんて!」
「振られた過去なら俺にもあるが」
お蔭でみんなの冗談過ぎるといいたげな視線が千雪に集まった。
「先輩、そんな話、初耳でっせ? しかも、振った? 何でですの?」
佐久間も興味津々かつ怒りさえ滲ませた目で千雪を凝視した。
「何で、あの桐島さんが選んだのが、名探偵なんだ?」
よほど千雪に負けたような格好になったのが悔しかったのか、速水は千雪の前に仁王立ちになって詰め寄った。
「さあ、多分、探偵小説が好きやったんやないですか?」
千雪は冷ややかに当てこすった。
本当はもっと言ってやるところだが、こんなところで毒舌を吐いて座を白けさせるようなことは千雪としてもしたくはない。
まあ、明らかに皮肉った言い返しに、ぐっと千雪を睨みつける速水の顔を見て、少々、溜飲が下がる。
「千雪、てめぇ、そんな話、俺も聞いてねぇぞ!」
ところが直情的になって割り込んできたのは京助だ。
アホか。
早々にこの場を収めないと、こいつ何を言い出すかわからへん。
「お前には関係あれへんわ」
「何だと?!」
「なるほどね、小説家様ともなれば、先輩も呼び捨て、ピアニストごときじゃ名探偵にはふさわしくないってわけか」
どうやら新たな嫌味のネタを得た速水は、忙しく飛び回っている店員を捕まえてウイスキーをオーダーすると、自分の席に戻っていく。
「ねえねえ、あの事件の話、私、聞きたかったんだよね、どうやって解決したの? マスコミもまるで名探偵が犯人みたいな扱いだったし、事情聴取までされたんでしょ?」
入れ替わるように、今度は牧村が近くの椅子を引き寄せて千雪の横へやってきた。
「あれは別に俺が解決したとかいうわけではなく、警察がよう調べもせんとアホやっただけです」
また蒸し返されるのもいやな話だ。
「ああ、あの時は、災難だったよね、小林くん。厳めしい刑事に連れて行かれて、どうしようかと思ったよ」
だが宮島教授まで口を挟んでくる。
「そもそも名探偵に似せた格好してたんだよね? 犯人が。しかも小説のファンだったからとかって。二件目の事件も名探偵によく似た格好してたっていうし」
牧村が頷きながら周りに同意を求める。
「そうそう、俺、思わず、名探偵、犯人になっちゃったんか、とかって、思ったもん」
それが法医研の助教の言いぐさか、と千雪は心の中で突っ込む。
「二件目は一件目の便乗犯で、だいたい、人相風体が似ているからって、俺のとこ来ること自体、初動捜査の時点で間違うとるし。ちょっと調べれば、着てるものかて違いはわかったはずやのに、メガネとジャージなんてものだけに踊らされるやなんて、日本の警察トップが呆れますわ」
おっとまた、言い過ぎないようにここいらで止めておこうと、千雪は自制する。
「それで結局どうなったの?」
まだ牧村の好奇心は満たされないらしい。
「小林くんのアリバイ、ちゃんと証人がいたんだよ」
隣から宮島教授が助け船を出した。
「そっか、なるほど、それで名探偵は解放されて、事件を解決したと」
「いや、俺は何もしてませんよ。ちゃんと警察が調べたからでしょう。もともと身内には目を向けないってのが警察ですからね」
「こりゃまた手厳しいね」
宮島が笑った。
「そういえば、君のアリバイを証明した工藤くん、喜んでたよ。君が小説の映画化、OKしてくれたって」
千雪にとっては、できればこの場では引っ張り出してほしくない話題だった。
「えええっ?! 小説、映画になるの? いつ? すごーい!」
案の定、牧村のお蔭で、またひとしきり千雪はみんなからつつかれた。
その話題が一段落する頃、宮島教授がそろそろ失礼するよ、と立ち上がった。
それを合図のように、じゃあ、河岸を変えようというので、一旦お開きとなった。
当然、千雪はこのままとっとと帰るつもりだった。
「ここは俺のおごりってことで」
速水の一声に、歓声があがる。
「太っ腹!」
「速水さん、大好き!」
「次、どこにします?」
口々に言いたいことを言いながら店を出る。
「どうぞ、教授」
エレベーターは二基あったがどちらも狭く、ドアが開くと、速水は宮島教授や伊藤准教授、関谷教授を先に乗せた。
「まだ乗れますね、じゃあ、私も乗ります。小林さんもどうぞ」
文子に促されて、これ幸いと千雪も乗り込んだ。
「ずるいぞ、名探偵!」
後ろから声がかかったが、すぐエレベーターのドアが閉まった。
「そういえば、小林くん、聞いてるかな」
思い出したように、宮島が言った。
「何をですか?」
速水が険しい目を千雪に向ける。
「でも、小林千雪なんて、そんなにある名前じゃないもの。しかも男の方で」
文子は千雪の思惑とは裏腹に、さらに速水を煽るような発言をする。
千雪が桐島恵美に告られたのは高二の夏だった。
忘れたわけではないが、正直誰かと付き合う気にはなれないと断った。
江美子や研二といることが大事だったのだ。
「うそっ! 名探偵にもそんな過去があったなんて!」
「振られた過去なら俺にもあるが」
お蔭でみんなの冗談過ぎるといいたげな視線が千雪に集まった。
「先輩、そんな話、初耳でっせ? しかも、振った? 何でですの?」
佐久間も興味津々かつ怒りさえ滲ませた目で千雪を凝視した。
「何で、あの桐島さんが選んだのが、名探偵なんだ?」
よほど千雪に負けたような格好になったのが悔しかったのか、速水は千雪の前に仁王立ちになって詰め寄った。
「さあ、多分、探偵小説が好きやったんやないですか?」
千雪は冷ややかに当てこすった。
本当はもっと言ってやるところだが、こんなところで毒舌を吐いて座を白けさせるようなことは千雪としてもしたくはない。
まあ、明らかに皮肉った言い返しに、ぐっと千雪を睨みつける速水の顔を見て、少々、溜飲が下がる。
「千雪、てめぇ、そんな話、俺も聞いてねぇぞ!」
ところが直情的になって割り込んできたのは京助だ。
アホか。
早々にこの場を収めないと、こいつ何を言い出すかわからへん。
「お前には関係あれへんわ」
「何だと?!」
「なるほどね、小説家様ともなれば、先輩も呼び捨て、ピアニストごときじゃ名探偵にはふさわしくないってわけか」
どうやら新たな嫌味のネタを得た速水は、忙しく飛び回っている店員を捕まえてウイスキーをオーダーすると、自分の席に戻っていく。
「ねえねえ、あの事件の話、私、聞きたかったんだよね、どうやって解決したの? マスコミもまるで名探偵が犯人みたいな扱いだったし、事情聴取までされたんでしょ?」
入れ替わるように、今度は牧村が近くの椅子を引き寄せて千雪の横へやってきた。
「あれは別に俺が解決したとかいうわけではなく、警察がよう調べもせんとアホやっただけです」
また蒸し返されるのもいやな話だ。
「ああ、あの時は、災難だったよね、小林くん。厳めしい刑事に連れて行かれて、どうしようかと思ったよ」
だが宮島教授まで口を挟んでくる。
「そもそも名探偵に似せた格好してたんだよね? 犯人が。しかも小説のファンだったからとかって。二件目の事件も名探偵によく似た格好してたっていうし」
牧村が頷きながら周りに同意を求める。
「そうそう、俺、思わず、名探偵、犯人になっちゃったんか、とかって、思ったもん」
それが法医研の助教の言いぐさか、と千雪は心の中で突っ込む。
「二件目は一件目の便乗犯で、だいたい、人相風体が似ているからって、俺のとこ来ること自体、初動捜査の時点で間違うとるし。ちょっと調べれば、着てるものかて違いはわかったはずやのに、メガネとジャージなんてものだけに踊らされるやなんて、日本の警察トップが呆れますわ」
おっとまた、言い過ぎないようにここいらで止めておこうと、千雪は自制する。
「それで結局どうなったの?」
まだ牧村の好奇心は満たされないらしい。
「小林くんのアリバイ、ちゃんと証人がいたんだよ」
隣から宮島教授が助け船を出した。
「そっか、なるほど、それで名探偵は解放されて、事件を解決したと」
「いや、俺は何もしてませんよ。ちゃんと警察が調べたからでしょう。もともと身内には目を向けないってのが警察ですからね」
「こりゃまた手厳しいね」
宮島が笑った。
「そういえば、君のアリバイを証明した工藤くん、喜んでたよ。君が小説の映画化、OKしてくれたって」
千雪にとっては、できればこの場では引っ張り出してほしくない話題だった。
「えええっ?! 小説、映画になるの? いつ? すごーい!」
案の定、牧村のお蔭で、またひとしきり千雪はみんなからつつかれた。
その話題が一段落する頃、宮島教授がそろそろ失礼するよ、と立ち上がった。
それを合図のように、じゃあ、河岸を変えようというので、一旦お開きとなった。
当然、千雪はこのままとっとと帰るつもりだった。
「ここは俺のおごりってことで」
速水の一声に、歓声があがる。
「太っ腹!」
「速水さん、大好き!」
「次、どこにします?」
口々に言いたいことを言いながら店を出る。
「どうぞ、教授」
エレベーターは二基あったがどちらも狭く、ドアが開くと、速水は宮島教授や伊藤准教授、関谷教授を先に乗せた。
「まだ乗れますね、じゃあ、私も乗ります。小林さんもどうぞ」
文子に促されて、これ幸いと千雪も乗り込んだ。
「ずるいぞ、名探偵!」
後ろから声がかかったが、すぐエレベーターのドアが閉まった。
「そういえば、小林くん、聞いてるかな」
思い出したように、宮島が言った。
「何をですか?」
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