真夜中の恋人

chatetlune

文字の大きさ
6 / 42

真夜中の恋人 6

しおりを挟む
「まさか、だよな?」
 速水が険しい目を千雪に向ける。
「でも、小林千雪なんて、そんなにある名前じゃないもの。しかも男の方で」
 文子は千雪の思惑とは裏腹に、さらに速水を煽るような発言をする。
 千雪が桐島恵美に告られたのは高二の夏だった。
 忘れたわけではないが、正直誰かと付き合う気にはなれないと断った。
 江美子や研二といることが大事だったのだ。
「うそっ! 名探偵にもそんな過去があったなんて!」
「振られた過去なら俺にもあるが」
 お蔭でみんなの冗談過ぎるといいたげな視線が千雪に集まった。
「先輩、そんな話、初耳でっせ? しかも、振った? 何でですの?」
 佐久間も興味津々かつ怒りさえ滲ませた目で千雪を凝視した。
「何で、あの桐島さんが選んだのが、名探偵なんだ?」
 よほど千雪に負けたような格好になったのが悔しかったのか、速水は千雪の前に仁王立ちになって詰め寄った。
「さあ、多分、探偵小説が好きやったんやないですか?」
 千雪は冷ややかに当てこすった。
 本当はもっと言ってやるところだが、こんなところで毒舌を吐いて座を白けさせるようなことは千雪としてもしたくはない。
 まあ、明らかに皮肉った言い返しに、ぐっと千雪を睨みつける速水の顔を見て、少々、溜飲が下がる。
「千雪、てめぇ、そんな話、俺も聞いてねぇぞ!」
 ところが直情的になって割り込んできたのは京助だ。
 アホか。
 早々にこの場を収めないと、こいつ何を言い出すかわからへん。
「お前には関係あれへんわ」
「何だと?!」
「なるほどね、小説家様ともなれば、先輩も呼び捨て、ピアニストごときじゃ名探偵にはふさわしくないってわけか」
 どうやら新たな嫌味のネタを得た速水は、忙しく飛び回っている店員を捕まえてウイスキーをオーダーすると、自分の席に戻っていく。
「ねえねえ、あの事件の話、私、聞きたかったんだよね、どうやって解決したの? マスコミもまるで名探偵が犯人みたいな扱いだったし、事情聴取までされたんでしょ?」
 入れ替わるように、今度は牧村が近くの椅子を引き寄せて千雪の横へやってきた。
「あれは別に俺が解決したとかいうわけではなく、警察がよう調べもせんとアホやっただけです」
 また蒸し返されるのもいやな話だ。
「ああ、あの時は、災難だったよね、小林くん。厳めしい刑事に連れて行かれて、どうしようかと思ったよ」
 だが宮島教授まで口を挟んでくる。
「そもそも名探偵に似せた格好してたんだよね? 犯人が。しかも小説のファンだったからとかって。二件目の事件も名探偵によく似た格好してたっていうし」
 牧村が頷きながら周りに同意を求める。
「そうそう、俺、思わず、名探偵、犯人になっちゃったんか、とかって、思ったもん」
 それが法医研の助教の言いぐさか、と千雪は心の中で突っ込む。
「二件目は一件目の便乗犯で、だいたい、人相風体が似ているからって、俺のとこ来ること自体、初動捜査の時点で間違うとるし。ちょっと調べれば、着てるものかて違いはわかったはずやのに、メガネとジャージなんてものだけに踊らされるやなんて、日本の警察トップが呆れますわ」
 おっとまた、言い過ぎないようにここいらで止めておこうと、千雪は自制する。
「それで結局どうなったの?」
 まだ牧村の好奇心は満たされないらしい。
「小林くんのアリバイ、ちゃんと証人がいたんだよ」
 隣から宮島教授が助け船を出した。
「そっか、なるほど、それで名探偵は解放されて、事件を解決したと」
「いや、俺は何もしてませんよ。ちゃんと警察が調べたからでしょう。もともと身内には目を向けないってのが警察ですからね」
「こりゃまた手厳しいね」
 宮島が笑った。
「そういえば、君のアリバイを証明した工藤くん、喜んでたよ。君が小説の映画化、OKしてくれたって」
 千雪にとっては、できればこの場では引っ張り出してほしくない話題だった。
「えええっ?! 小説、映画になるの? いつ? すごーい!」
 案の定、牧村のお蔭で、またひとしきり千雪はみんなからつつかれた。
 その話題が一段落する頃、宮島教授がそろそろ失礼するよ、と立ち上がった。
 それを合図のように、じゃあ、河岸を変えようというので、一旦お開きとなった。
 当然、千雪はこのままとっとと帰るつもりだった。
「ここは俺のおごりってことで」
 速水の一声に、歓声があがる。
「太っ腹!」
「速水さん、大好き!」
「次、どこにします?」
 口々に言いたいことを言いながら店を出る。
「どうぞ、教授」
 エレベーターは二基あったがどちらも狭く、ドアが開くと、速水は宮島教授や伊藤准教授、関谷教授を先に乗せた。
「まだ乗れますね、じゃあ、私も乗ります。小林さんもどうぞ」
 文子に促されて、これ幸いと千雪も乗り込んだ。
「ずるいぞ、名探偵!」
 後ろから声がかかったが、すぐエレベーターのドアが閉まった。
「そういえば、小林くん、聞いてるかな」
 思い出したように、宮島が言った。
「何をですか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

隊長さんとボク

ばたかっぷ
BL
ボクの名前はエナ。 エドリアーリアナ国の守護神獣だけど、斑色の毛並みのボクはいつもひとりぼっち。 そんなボクの前に現れたのは優しい隊長さんだった――。 王候騎士団隊長さんが大好きな小動物が頑張る、なんちゃってファンタジーです。 きゅ~きゅ~鳴くもふもふな小動物とそのもふもふを愛でる隊長さんで構成されています。 えろ皆無らぶ成分も極小ですσ(^◇^;)本格ファンタジーをお求めの方は回れ右でお願いします~m(_ _)m

青龍将軍の新婚生活

蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。 武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。 そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。 「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」 幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。 中華風政略結婚ラブコメ。 ※他のサイトにも投稿しています。

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...