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真夜中の恋人 7
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「工藤くんたち、三羽ガラスって言ったよね、実は三羽じゃなかったんだ」
「どういうことです?」
千雪には宮島が何を言いたいのかわからなかった。
「せっかくだから、調べてみるといいよ。そうだね、工藤くんはまだ、引きずっているんだろうね。私の勝手な思いだが、彼にはそろそろ前へ進んでほしいんだよ」
エレベータを降りる宮島の顔は苦そうな笑みを浮かべていた。
次のエレベータが着くと、途端、辺りが賑やかになる。
「じゃあ、私はこれで失礼するよ」
宮島が言うと、関谷もそれに続いた。
すかさず佐久間がタクシーを止めた。
二人が一緒に乗り込んだ時、ちょうど最後のエレベータが着いて、速水や京助、牧村らも慌ててやってきて見送った。
「さあて、どこ行く?」
伊藤准教授は、宮島らよりは若いこともあって、まだまだこれからという顔だ。
「ねえ、小林さん」
速水や伊藤、牧村らが次の店がどうのと言っているうちに、こっそり消えようともくろんでいた千雪は、傍に立っていた文子に呼ばれて振り返った。
「はい」
「聞いてもいいかな、小林さんて京助さんと親しいのよね?」
千雪には文子が何を聞きたいのか、すぐに察しがついた。
「京助さん、つきあってる彼女いるんだ?」
「いないと思いますよ」
即座に千雪は答えた。
「そう」
ある意味、事実である。
付き合っている彼女は今はいないはずだ。
俺は彼女やないし。
文子の表情が幾分ほっとしているように見えたのは錯覚じゃないだろう。
こういう面倒くさいのんは、大嫌いやし。
ほんまに、ヤケボックイに火つけたらええんや。
千雪はみんなの輪から少し離れたところで速水と何やら言い争っているらしい京助に目をやった。
京助も千雪を気にしているようだったが、目が合っても千雪はプイッと逸らす。
さっさとこの場から立ち去りたくて、同じ研究室の先輩に声をかけた。
「小川さん、俺はこの辺りで失礼させてもらいます」
「あ、ああ、そうか」
千雪がそう言うと小川はむしろほっとしたような顔をしている。
研究室では、千雪は宮島教授以外はあまり親しくもない。
というより、最初から研究室の面々からそう歓迎されていなかった。
どうやらそれも、この風貌と噂かららしく、法の下の平等も怪しいものだと常々思う。
見るからに奇異に映る風貌の男と見るからに立派そうな医者が仮に容疑者に上がった場合、大抵、奇異に映る風貌の男を怪しいと考えるだろう。
これまで編集者にせよ研究室の面々にせよ、初対面ではおおよそ一歩引いて、いかにもこいつとこれから付き合っていくのが億劫だというような表情をされた。
千雪の方こそ、そういう相手とわざわざ親しくしたいとも思わない。
編集者はいざとなれば電話だけでのやり取りでもいいし、楽なのだろう。
そこへ行くと宮島教授やあの工藤は千雪に対して最初から何の先入観もなく、ごく普通に接していた。
まあ、何が出てくるともわからない業界を渡り歩いてきた工藤にしてみれば、この程度のコスプレなど、ちょっとやそっとのことでは驚いたりしないのかも知れない。
ああ、そう、よけい面白がって懐いてきたやつも二人ほどいるが。
「あっ、千雪先輩、こそこそフケようなんて思てはるんちゃいますやろ?」
とろとろして厄介なやつに掴まった。
「まだ八時でっせ? 先輩、たまにはこういう付き合いもせんと」
「うるさいな、俺はこれから仕事や」
取られた腕を振り放し、佐久間を押し戻した。
ひょろっとした長身だが、京助の後輩で空手の有段者というだけあって、力では勝てないかもだが。
「仕事て、何ですねん? でもさっきの話、ほんまに映画化するんでっか? あのやくざで怪しい芸能プロの社長なんかと、心配や」
まんざら言葉の上だけでもなさそうではあるが、むしろ放っておいて欲しいものだ。
「お前に心配されるようなことはあれへん」
いい加減、まとわりつくな、と思っているところへ、携帯が鳴った。
「はい、ああ、あんたか」
話を聞いていたかのようなタイミングで、工藤が電話をしてきた。
「これからオフィスに来れないか? ヒロイン候補に合わせたい」
こんな状況でなければ、そっちで勝手にやってくれとでも言うのだが、ここを抜け出す言い訳ができたようだ。
「ほな、今から行きます」
携帯を切ると、「ほならな。仕事やから」と佐久間に言い残し、千雪はタクシーを止めて乗り込んだ。
それを見ていた京助が慌ててやってきた。
「何だ、あいつ、どこ行った?」
「はあ、今、電話があって、仕事やて言うて、行かはりました」
「電話だと?」
すぐさま追いかけようとした京助だが、「何してんのよ、行くよ」と牧村に腕を引かれた。
「どういうことです?」
千雪には宮島が何を言いたいのかわからなかった。
「せっかくだから、調べてみるといいよ。そうだね、工藤くんはまだ、引きずっているんだろうね。私の勝手な思いだが、彼にはそろそろ前へ進んでほしいんだよ」
エレベータを降りる宮島の顔は苦そうな笑みを浮かべていた。
次のエレベータが着くと、途端、辺りが賑やかになる。
「じゃあ、私はこれで失礼するよ」
宮島が言うと、関谷もそれに続いた。
すかさず佐久間がタクシーを止めた。
二人が一緒に乗り込んだ時、ちょうど最後のエレベータが着いて、速水や京助、牧村らも慌ててやってきて見送った。
「さあて、どこ行く?」
伊藤准教授は、宮島らよりは若いこともあって、まだまだこれからという顔だ。
「ねえ、小林さん」
速水や伊藤、牧村らが次の店がどうのと言っているうちに、こっそり消えようともくろんでいた千雪は、傍に立っていた文子に呼ばれて振り返った。
「はい」
「聞いてもいいかな、小林さんて京助さんと親しいのよね?」
千雪には文子が何を聞きたいのか、すぐに察しがついた。
「京助さん、つきあってる彼女いるんだ?」
「いないと思いますよ」
即座に千雪は答えた。
「そう」
ある意味、事実である。
付き合っている彼女は今はいないはずだ。
俺は彼女やないし。
文子の表情が幾分ほっとしているように見えたのは錯覚じゃないだろう。
こういう面倒くさいのんは、大嫌いやし。
ほんまに、ヤケボックイに火つけたらええんや。
千雪はみんなの輪から少し離れたところで速水と何やら言い争っているらしい京助に目をやった。
京助も千雪を気にしているようだったが、目が合っても千雪はプイッと逸らす。
さっさとこの場から立ち去りたくて、同じ研究室の先輩に声をかけた。
「小川さん、俺はこの辺りで失礼させてもらいます」
「あ、ああ、そうか」
千雪がそう言うと小川はむしろほっとしたような顔をしている。
研究室では、千雪は宮島教授以外はあまり親しくもない。
というより、最初から研究室の面々からそう歓迎されていなかった。
どうやらそれも、この風貌と噂かららしく、法の下の平等も怪しいものだと常々思う。
見るからに奇異に映る風貌の男と見るからに立派そうな医者が仮に容疑者に上がった場合、大抵、奇異に映る風貌の男を怪しいと考えるだろう。
これまで編集者にせよ研究室の面々にせよ、初対面ではおおよそ一歩引いて、いかにもこいつとこれから付き合っていくのが億劫だというような表情をされた。
千雪の方こそ、そういう相手とわざわざ親しくしたいとも思わない。
編集者はいざとなれば電話だけでのやり取りでもいいし、楽なのだろう。
そこへ行くと宮島教授やあの工藤は千雪に対して最初から何の先入観もなく、ごく普通に接していた。
まあ、何が出てくるともわからない業界を渡り歩いてきた工藤にしてみれば、この程度のコスプレなど、ちょっとやそっとのことでは驚いたりしないのかも知れない。
ああ、そう、よけい面白がって懐いてきたやつも二人ほどいるが。
「あっ、千雪先輩、こそこそフケようなんて思てはるんちゃいますやろ?」
とろとろして厄介なやつに掴まった。
「まだ八時でっせ? 先輩、たまにはこういう付き合いもせんと」
「うるさいな、俺はこれから仕事や」
取られた腕を振り放し、佐久間を押し戻した。
ひょろっとした長身だが、京助の後輩で空手の有段者というだけあって、力では勝てないかもだが。
「仕事て、何ですねん? でもさっきの話、ほんまに映画化するんでっか? あのやくざで怪しい芸能プロの社長なんかと、心配や」
まんざら言葉の上だけでもなさそうではあるが、むしろ放っておいて欲しいものだ。
「お前に心配されるようなことはあれへん」
いい加減、まとわりつくな、と思っているところへ、携帯が鳴った。
「はい、ああ、あんたか」
話を聞いていたかのようなタイミングで、工藤が電話をしてきた。
「これからオフィスに来れないか? ヒロイン候補に合わせたい」
こんな状況でなければ、そっちで勝手にやってくれとでも言うのだが、ここを抜け出す言い訳ができたようだ。
「ほな、今から行きます」
携帯を切ると、「ほならな。仕事やから」と佐久間に言い残し、千雪はタクシーを止めて乗り込んだ。
それを見ていた京助が慌ててやってきた。
「何だ、あいつ、どこ行った?」
「はあ、今、電話があって、仕事やて言うて、行かはりました」
「電話だと?」
すぐさま追いかけようとした京助だが、「何してんのよ、行くよ」と牧村に腕を引かれた。
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