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真夜中の恋人 14
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「いえ、僕は捜査の専門家ではありませんので、たまたま知り合うた刑事と話すことがあって、着眼点を変えることができんようになっているよって前に進めないのやないかと。その程度のことで、実際は警察がちゃんと仕事をしたいうだけです」
なるほど、と小田は頷いた。
「しかしこないだは危うく容疑者にされるところだったみたいじゃないか?」
「ああ………」
千雪は苦笑いした。
「でも容疑者にもされてみるものやと。こうやって思い込みで冤罪が起こるんやと実感しました。いや、犯人と決め付けられて事情聴取されたことには、しっかり辛らつなことを言い返してやりましたけど」
容疑者と言えば、昼にやってきた渋谷刑事の話も実は気になっていた。
一ヵ月ほど前、足の不自由な老女が殺害され、数日後、近所に住む高校時代から補導暦があるという老女の孫が逮捕され、アリバイもなく、被疑者のものである血まみれのジャケットと包丁が見つかっており、目撃情報もあることから起訴されることになったのだが、この男が一貫して無罪を主張しているという。
被疑者は検察へ送られたが、凶器と断定された包丁の指紋は拭き取られているし、渋谷は無罪を主張し続ける男の言い分を満更否定できないと言って千雪のところにやってきたのだ。
だったら、男が無罪であると仮定して始めから事件を組み立ててみて、出てきた矛盾点を調べなおしてみたらどうかと千雪は進言したのだが、もしこの男が無実にもかかわらず、渋谷のように考える者が捜査側にいなかったとしたら、また冤罪を作ってしまうことになるのだ。
いや、もし自分もアリバイを証言してくれる人間がいなかったらと思うと、やはりぞっとする。
「そうそう、君のアリバイを立証したのが工藤だって?」
小田から工藤の話題を持ち出されて、千雪はラッキーと思う。
「工藤さんから聞かはったんですか?」
千雪は小田の顔をじっと見た。
「ああ、ちょっと話をした時にね。それに君の小説を映画化するという話じゃないか、工藤にしてみれば結構大きな仕事になるようだし、私も影ながら応援くらいはさせてもらうよ」
ワハハと豪快に笑う小田からは誠実な人柄が窺えた。
「工藤さんとは今も親しくされてはるんですね」
「まあね、俺は工藤の顧問弁護士ってことになってるし、俺たち工藤と俺と検事の荒木ってやつと三人、同期でね。三者三様の道を歩いているが、年に一度は飲んで互いの憂さを晴らしてる」
「そうなんですか」
小田の話を工藤のことを頭からヤクザ呼ばわりした速水に聞かせてやりたくなった。
「宮島教授から三人は在学当時から三羽烏と言われていたとお聞きしました」
すると初めて小田がわずかに口元を引き締めた。
「三羽烏ね…………古い話だ。つかぬことを聞くが、小説の映画化の話は工藤の方から?」
「はい。宮島教授を通して工藤さんからお話をいただきました」
「そうか」
小田は言い、にっこり笑った。
「あの」
「何だね?」
「宮島教授からは、小田さんたちは実は三羽烏やなかったというようにお聞きしましたけど」
一瞬間があった。
「宮島教授が?」
「はい。実は三羽烏ではなく、四羽やったんですか?」
千雪は思い切って尋ねた。
小田はうーん、と顎に手を当てて、視線を宙に向けた。
「まあ、そうだね。三年までは……もう一人、将来こいつは絶対切れ者の弁護士になると思っていたやつがいてね。残念ながら亡くなってしまったんだ」
やはり、と、千雪は自分の想像が当たってしまったことに、密かにため息を吐く。
「ひょっとして、桜木ちゆきさん、ですか?」
小田はすると少し険しい表情を千雪に向けた。
「それを聞いて、君はどうしたいんだ?」
「どうしたいいうわけやありません。宮島教授にはようしていただいてますが、初めてお会いした時、僕の名前を聞き返されたので。男なので似合わないと思われるらしくようあることなんですが」
小田はじっと千雪を見つめていたが徐に口を開いた。
「さっきの安井くん、君の小説のファンでね。そう、こんな素適な名前なのに、奇抜な風貌らしいって面白がっていたよ。私はまだ生憎読んだことはないが……。工藤は仕事のできない俳優なんかは容赦なく切り捨てるという残忍なことを平気でするやつでね。業界じゃ、鬼の工藤とか異名をもらっているらしいが、仕事に対しては真摯なやつだから、気に入らない小説を映画化するなんてことはないよ」
「そう…ですか。宮島教授も工藤さんのことを気にかけておられたみたいです」
「桜木ちゆきは……」
小田はそれだけ言うと立ち上がって、窓際に向かい千雪に背を向けた。
なるほど、と小田は頷いた。
「しかしこないだは危うく容疑者にされるところだったみたいじゃないか?」
「ああ………」
千雪は苦笑いした。
「でも容疑者にもされてみるものやと。こうやって思い込みで冤罪が起こるんやと実感しました。いや、犯人と決め付けられて事情聴取されたことには、しっかり辛らつなことを言い返してやりましたけど」
容疑者と言えば、昼にやってきた渋谷刑事の話も実は気になっていた。
一ヵ月ほど前、足の不自由な老女が殺害され、数日後、近所に住む高校時代から補導暦があるという老女の孫が逮捕され、アリバイもなく、被疑者のものである血まみれのジャケットと包丁が見つかっており、目撃情報もあることから起訴されることになったのだが、この男が一貫して無罪を主張しているという。
被疑者は検察へ送られたが、凶器と断定された包丁の指紋は拭き取られているし、渋谷は無罪を主張し続ける男の言い分を満更否定できないと言って千雪のところにやってきたのだ。
だったら、男が無罪であると仮定して始めから事件を組み立ててみて、出てきた矛盾点を調べなおしてみたらどうかと千雪は進言したのだが、もしこの男が無実にもかかわらず、渋谷のように考える者が捜査側にいなかったとしたら、また冤罪を作ってしまうことになるのだ。
いや、もし自分もアリバイを証言してくれる人間がいなかったらと思うと、やはりぞっとする。
「そうそう、君のアリバイを立証したのが工藤だって?」
小田から工藤の話題を持ち出されて、千雪はラッキーと思う。
「工藤さんから聞かはったんですか?」
千雪は小田の顔をじっと見た。
「ああ、ちょっと話をした時にね。それに君の小説を映画化するという話じゃないか、工藤にしてみれば結構大きな仕事になるようだし、私も影ながら応援くらいはさせてもらうよ」
ワハハと豪快に笑う小田からは誠実な人柄が窺えた。
「工藤さんとは今も親しくされてはるんですね」
「まあね、俺は工藤の顧問弁護士ってことになってるし、俺たち工藤と俺と検事の荒木ってやつと三人、同期でね。三者三様の道を歩いているが、年に一度は飲んで互いの憂さを晴らしてる」
「そうなんですか」
小田の話を工藤のことを頭からヤクザ呼ばわりした速水に聞かせてやりたくなった。
「宮島教授から三人は在学当時から三羽烏と言われていたとお聞きしました」
すると初めて小田がわずかに口元を引き締めた。
「三羽烏ね…………古い話だ。つかぬことを聞くが、小説の映画化の話は工藤の方から?」
「はい。宮島教授を通して工藤さんからお話をいただきました」
「そうか」
小田は言い、にっこり笑った。
「あの」
「何だね?」
「宮島教授からは、小田さんたちは実は三羽烏やなかったというようにお聞きしましたけど」
一瞬間があった。
「宮島教授が?」
「はい。実は三羽烏ではなく、四羽やったんですか?」
千雪は思い切って尋ねた。
小田はうーん、と顎に手を当てて、視線を宙に向けた。
「まあ、そうだね。三年までは……もう一人、将来こいつは絶対切れ者の弁護士になると思っていたやつがいてね。残念ながら亡くなってしまったんだ」
やはり、と、千雪は自分の想像が当たってしまったことに、密かにため息を吐く。
「ひょっとして、桜木ちゆきさん、ですか?」
小田はすると少し険しい表情を千雪に向けた。
「それを聞いて、君はどうしたいんだ?」
「どうしたいいうわけやありません。宮島教授にはようしていただいてますが、初めてお会いした時、僕の名前を聞き返されたので。男なので似合わないと思われるらしくようあることなんですが」
小田はじっと千雪を見つめていたが徐に口を開いた。
「さっきの安井くん、君の小説のファンでね。そう、こんな素適な名前なのに、奇抜な風貌らしいって面白がっていたよ。私はまだ生憎読んだことはないが……。工藤は仕事のできない俳優なんかは容赦なく切り捨てるという残忍なことを平気でするやつでね。業界じゃ、鬼の工藤とか異名をもらっているらしいが、仕事に対しては真摯なやつだから、気に入らない小説を映画化するなんてことはないよ」
「そう…ですか。宮島教授も工藤さんのことを気にかけておられたみたいです」
「桜木ちゆきは……」
小田はそれだけ言うと立ち上がって、窓際に向かい千雪に背を向けた。
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