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真夜中の恋人 18
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一時間だけ待ってやる。
一時間過ぎたら、乗り込んでやるからな。
チクショウ、立派なストーカーだ。
こんな器量の狭い男に寄って来たがる女どもの気が知れねぇぜ。
京助は自虐的な笑いを浮かべる。
そのうち、車が二台続けて駐車場に入り、四人ほどがエレベータに乗った。
今夜は主演俳優を紹介するから来いと千雪は呼ばれたのだ。
本当は工藤に任せてしまってもいいのだが、鬱々として部屋に閉じこもっているよりはいいだろうと、ちょうど雨も上がったので千雪はバイクでやってきたのである。
「うちの所属俳優の志村嘉人。二人の主演のうちの若い方の弁護士役だ」
志村嘉人はつい半月ほど前にこのオフィスに入ったという若手俳優だ。
日本人離れしたイケメンだが、落ち着いていて穏やかだ。
小劇団に所属し、テレビドラマにもちょこちょこ出ていたらしい。
劇団の主宰と仲がいいという工藤のMBC時代の同僚、下柳から一度みてみろと言われ、舞台を見た工藤がオフィスにこないかと誘ったのだと、万里子が説明してくれた。
「ホストもやってたんですって。もてたわよねぇ、きっと」
「余計なことは言わなくていい。隣がマネージャーの小杉だ」
小杉はもともと志村の所属していた劇団員だったのだが、そのうちマネジメントの方が向いていると、主に志村のマネジメントをやっていたという。
マネージャーとして志村と一緒に来ないかと誘ったところ、二つ返事で来ることになった。
なかなか社員が入ってくれない青山プロダクションとしては有り難かった。
案の定、素の小林千雪には小杉などのけぞって驚いてくれたが、志村も小杉も真面目そうな雰囲気で、華やかなスキャンダルにまみれた業界にもこんな人たちもいるのだと、千雪はあらためて思う。
正式なキャスティングリストやスポンサーリストを渡されたが、キャスティングに並んでいるのは往年の名優から千雪でも知っているような知名度の高い俳優陣だ。
スポンサーも財界のトップクラスの企業名が並んでいる。
「鴻池産業やフジタ自動車とか並んでますけど、工藤さんて案外すごい人やったんですね」
「ツテだ。金だけは出してくれるからな」
「ホンマに大丈夫なんですか? 俺の小説なんかで、コケても知りませんよ?」
「俺がそんなヘマをするか」
すごい自信だが、千雪の胸の内には一抹の不安がよぎる。
だが、この際千雪の不安などこの男にはどこ吹く風といったところのようだ。
「あとは、お任せしますので、よろしくお願いします」
千雪はヘルメットを手に立ち上がった。
「あら、千雪さん、バイクなの? じゃあ、工藤さん、車変えた?」
万里子が小首を傾げて工藤を見た。
「まだ動くものを変える必要はないだろ」
「ふーん、じゃあ、志村さんの? ポルシェのターボ」
志村は、ああ、そういえば、と頷く。
「あれ、最新のヤツ? そんなものを買えるような身分じゃないですよ」
何となく気にかかるものがあったが、千雪はオフィスを出て階段を降りる。
ヘルメットを被ろうとしたその時、いきなり腕を掴まれた。
えっ、と思う間もなく、腕を取られたまま歩き出す。
「京助! やっぱりお前か! 会わんて言うたやろ!」
「たまたま、通りかかったんだ。メシ食うぞ、まだだろ?」
「何がたまたまや! 駐車場に置いてる車、お前のやろ!」
とはいえ、京助と会わなかった数日、何やら物足りなさを感じていた千雪は、それ以上文句を言うのをやめた。
目についたカフェレストランに京助は千雪を連れて入っていく。
「他に欲しいものあるか?」
パパパっとメニューから二人分のコース料理を選んでから、千雪に尋ねた。
「ない」
京助が勝手にオーダーしたのだが、千雪の好き嫌いは心得ているので、何も文句はない。
会わない来るなと言っていた手前、千雪はムスッとした顔で腕組みをして、目の前に料理が並べられるのを眺めている。
「で? 今夜は何だ? 工藤のやつ」
「キャスティングとかスポンサーとかの確認や」
「へえ、誰が出るんだ? 監督は?」
京助は牛フィレのステーキを食べ、千雪の前には赤ワイン煮込みが置かれている。
「志村嘉人とか高野淳子とか、小野万里子とか」
「小野万里子? 案外いいキャストじゃねぇか」
「小野万里子には紹介してもろた。工藤さんとこの所属やて」
「へえ」
「監督や脚本は若手の有望核の人を使うらしい」
二人とも車やバイクなのでノンアルコールワインだ。
「お前の要望はちゃんと通したのか?」
「俺は別に、何もないし、わかれへんから、工藤さんに任せてる」
「作者ってのはもっと主張するもんだろ?」
「俺の手を離れたら別もんやし」
あっさりしたものだ。
京助はそれが千雪らしいと思う。
案外ストーカーしていたことにも怒っていないようだ。
フン、今さらだと思っているのかもしれないが。
このまま部屋に連れて行くぞ。
京助がそんなことをもくろみながら、デザートのシャーベットに少し手をつけた時だ。
ポケットでマナーモードの携帯が唸った。
一時間過ぎたら、乗り込んでやるからな。
チクショウ、立派なストーカーだ。
こんな器量の狭い男に寄って来たがる女どもの気が知れねぇぜ。
京助は自虐的な笑いを浮かべる。
そのうち、車が二台続けて駐車場に入り、四人ほどがエレベータに乗った。
今夜は主演俳優を紹介するから来いと千雪は呼ばれたのだ。
本当は工藤に任せてしまってもいいのだが、鬱々として部屋に閉じこもっているよりはいいだろうと、ちょうど雨も上がったので千雪はバイクでやってきたのである。
「うちの所属俳優の志村嘉人。二人の主演のうちの若い方の弁護士役だ」
志村嘉人はつい半月ほど前にこのオフィスに入ったという若手俳優だ。
日本人離れしたイケメンだが、落ち着いていて穏やかだ。
小劇団に所属し、テレビドラマにもちょこちょこ出ていたらしい。
劇団の主宰と仲がいいという工藤のMBC時代の同僚、下柳から一度みてみろと言われ、舞台を見た工藤がオフィスにこないかと誘ったのだと、万里子が説明してくれた。
「ホストもやってたんですって。もてたわよねぇ、きっと」
「余計なことは言わなくていい。隣がマネージャーの小杉だ」
小杉はもともと志村の所属していた劇団員だったのだが、そのうちマネジメントの方が向いていると、主に志村のマネジメントをやっていたという。
マネージャーとして志村と一緒に来ないかと誘ったところ、二つ返事で来ることになった。
なかなか社員が入ってくれない青山プロダクションとしては有り難かった。
案の定、素の小林千雪には小杉などのけぞって驚いてくれたが、志村も小杉も真面目そうな雰囲気で、華やかなスキャンダルにまみれた業界にもこんな人たちもいるのだと、千雪はあらためて思う。
正式なキャスティングリストやスポンサーリストを渡されたが、キャスティングに並んでいるのは往年の名優から千雪でも知っているような知名度の高い俳優陣だ。
スポンサーも財界のトップクラスの企業名が並んでいる。
「鴻池産業やフジタ自動車とか並んでますけど、工藤さんて案外すごい人やったんですね」
「ツテだ。金だけは出してくれるからな」
「ホンマに大丈夫なんですか? 俺の小説なんかで、コケても知りませんよ?」
「俺がそんなヘマをするか」
すごい自信だが、千雪の胸の内には一抹の不安がよぎる。
だが、この際千雪の不安などこの男にはどこ吹く風といったところのようだ。
「あとは、お任せしますので、よろしくお願いします」
千雪はヘルメットを手に立ち上がった。
「あら、千雪さん、バイクなの? じゃあ、工藤さん、車変えた?」
万里子が小首を傾げて工藤を見た。
「まだ動くものを変える必要はないだろ」
「ふーん、じゃあ、志村さんの? ポルシェのターボ」
志村は、ああ、そういえば、と頷く。
「あれ、最新のヤツ? そんなものを買えるような身分じゃないですよ」
何となく気にかかるものがあったが、千雪はオフィスを出て階段を降りる。
ヘルメットを被ろうとしたその時、いきなり腕を掴まれた。
えっ、と思う間もなく、腕を取られたまま歩き出す。
「京助! やっぱりお前か! 会わんて言うたやろ!」
「たまたま、通りかかったんだ。メシ食うぞ、まだだろ?」
「何がたまたまや! 駐車場に置いてる車、お前のやろ!」
とはいえ、京助と会わなかった数日、何やら物足りなさを感じていた千雪は、それ以上文句を言うのをやめた。
目についたカフェレストランに京助は千雪を連れて入っていく。
「他に欲しいものあるか?」
パパパっとメニューから二人分のコース料理を選んでから、千雪に尋ねた。
「ない」
京助が勝手にオーダーしたのだが、千雪の好き嫌いは心得ているので、何も文句はない。
会わない来るなと言っていた手前、千雪はムスッとした顔で腕組みをして、目の前に料理が並べられるのを眺めている。
「で? 今夜は何だ? 工藤のやつ」
「キャスティングとかスポンサーとかの確認や」
「へえ、誰が出るんだ? 監督は?」
京助は牛フィレのステーキを食べ、千雪の前には赤ワイン煮込みが置かれている。
「志村嘉人とか高野淳子とか、小野万里子とか」
「小野万里子? 案外いいキャストじゃねぇか」
「小野万里子には紹介してもろた。工藤さんとこの所属やて」
「へえ」
「監督や脚本は若手の有望核の人を使うらしい」
二人とも車やバイクなのでノンアルコールワインだ。
「お前の要望はちゃんと通したのか?」
「俺は別に、何もないし、わかれへんから、工藤さんに任せてる」
「作者ってのはもっと主張するもんだろ?」
「俺の手を離れたら別もんやし」
あっさりしたものだ。
京助はそれが千雪らしいと思う。
案外ストーカーしていたことにも怒っていないようだ。
フン、今さらだと思っているのかもしれないが。
このまま部屋に連れて行くぞ。
京助がそんなことをもくろみながら、デザートのシャーベットに少し手をつけた時だ。
ポケットでマナーモードの携帯が唸った。
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