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真夜中の恋人 29
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何故、大学で小林千雪に会った時、無闇に不快そうにしていたのか。
何故、小林千雪が飲み会を極度に嫌がったのか。
何故、必要以上に大学で自分に敵対心を顕にしていたのか。
その謎は瞬く間に氷解した。
要はあの朝の出会いは小林千雪にとって最悪の出来事だったわけだ。
しかもあいつに言った、俺の陳腐で下卑た誘い文句、あくまであいつがてっきり、ちょっと見がいいのを利用した援交目的のガキだと思いこんだからだが………。
まるでスキものの成金のエロオヤジみたいな口説き文句を並べ立てた俺を、思い切り蔑んだ目で見ていた理由もわかるってもんだ。
幾ら何でも、小林千雪とわかっていたら、あんな文句を並べ立てるわけがないだろ?!
思い返すと頭から火を噴きそうな思いがする。
その上、桐島のことで何でこんなやつにと舞い上がってつっかかったからか、小林千雪には、しっかりやり込められた。
待てよ、それじゃ俺は、取るに足らない心理学者の上に、金をチラつかせて援交のガキをモノにするようなエロオヤジってな烙印をあいつに押されたってことか?
くっそ、冗談じゃないぜ!
「いや、問題はそんなことじゃないか」
「え、何ですか?」
一人自分の思いにふけっていた速水がポツリとこぼした言葉に、三田村が聞き返す。
「いや………」
速水はこちらに向かってくるタクシーを停めた。
「ほな、お疲れ様でした」
三田村はイケメンだが、関西人だからかひょうきんな雰囲気がする。
だが、時々見せる表情は案外キレ者を隠しているのかもしれない。
「麻布二丁目」
運転手に告げると、つまりは、桐島にもすっかり騙されたのだと速水は思い返す。
みんな、結構千雪のこと好きやから
三田村の言葉が何やらやたらと胸に響く。
マンションに着くと、ちょうどエントランスに入っていく住人らしい二人連れについて速水はコンシェルジュの横を抜け、エレベーターホールへすんなり入ってしまった。
「何の用だ、今頃?」
チャイムを押すと、画面で速水を見ているのだろう、思い切り不機嫌そうな京助の声がした。
「開けろ、話がある」
実物は思った以上に不機嫌な顔で速水を部屋へ入れた。
ボサボサの髪を引っ掻き回しながら、「何だ、話って」とリビングに向かう京助は、上下黒のジャージ、裸足でフローリングの上を歩いている。
リビングのソファから床から、グランドピアノの上まで資料やら本やらで散らかり放題、テーブルの上のノートパソコンの横には、煙草の吸殻が山盛りになった灰皿。
「論文か? しかしこの有様、色男が形無しだな」
「うっせーよ。てめぇ、そんなこと言うために、こんな時間にわざわざ来やがったのか?」
くわえていた煙草を山盛りの灰皿に押し付けた京助はテーブルに置かれた飲みかけの缶ビールをひと息に飲み干した。
「客には何もくれないのかよ」
速水は上着を脱いで傍らの椅子に引っ掛けた。
「何が客だ。勝手に飲めばいいだろ」
勝手知ったるで、速水はキッチンの冷蔵庫からビールを手に戻ってくると、ピアノをちょっとさわってからプルトップを引いた。
「スタンウェイも台無しだな。これ、かなりいいシロモノだぜ?」
「フン、お袋の形見だから置いてるだけだ。俺は弾けやしねぇし、そのうち兄貴にでも引き取ってもらうさ」
面白くもなさそうな顔でノートパソコンの画面を睨みつけてから、速水に向き直った。
「だから、一体何の用だ? 見りゃ、わかるだろ? 俺は明日までにこいつをあげなきゃならねぇんだ」
速水はビールをぐいと飲み、ふうと息をついてから京助を見た。
「あの夜、飲み会の、お前のあとをつけた。てっきり俺は、お前が例のきれいなガキんとこ行くんじゃないかと思ってたから、何だ、名探偵のアパートじゃないかって思って引き上げたよ。あの時はな」
速水の妙な言い回しに京助は眉をひそめた。
「だから何だってんだ?」
「名探偵とお前ができてるなんざ、誰が思うよ? いつからだ?」
京助は舌打ちした。
「あのやろう、俺にはしゃべったら終わりにするとか何とか言いながら、まさかお前に話したのか?」
「徹底的に嫌って軽蔑して下さってるんだ、名探偵が俺になんか話すわけないだろう? 桐島のことで頭にきて、前にあのガキが出てきたプロダクションにいったら、そこへこないだの刑事がやってきて、千雪くん、来てくれとかって連れ去ったわけだ」
「何だそりゃ? あのトンチキ頭のデカやろう!」
苛ついて京助は渋谷を罵った。
「問題はそこじゃないだろう?」
京助は不愉快極まりないという顔の速水を見て、フン、と鼻で笑う。
「ああ、わかったらもう俺らの邪魔はするな。何かあるたびに、千雪のヤツ、別れる切れるで、携帯は切るしもう会わないとくる。ったく、冗談じゃねぇ、もうとっととアメリカへ帰れよ」
「そうじゃないだろ? この先どうするつもりだ?」
「今度は、たかが探偵小説書きに、お前は騙されてるんだってか?」
フンっと京助は鼻で笑う。
何故、小林千雪が飲み会を極度に嫌がったのか。
何故、必要以上に大学で自分に敵対心を顕にしていたのか。
その謎は瞬く間に氷解した。
要はあの朝の出会いは小林千雪にとって最悪の出来事だったわけだ。
しかもあいつに言った、俺の陳腐で下卑た誘い文句、あくまであいつがてっきり、ちょっと見がいいのを利用した援交目的のガキだと思いこんだからだが………。
まるでスキものの成金のエロオヤジみたいな口説き文句を並べ立てた俺を、思い切り蔑んだ目で見ていた理由もわかるってもんだ。
幾ら何でも、小林千雪とわかっていたら、あんな文句を並べ立てるわけがないだろ?!
思い返すと頭から火を噴きそうな思いがする。
その上、桐島のことで何でこんなやつにと舞い上がってつっかかったからか、小林千雪には、しっかりやり込められた。
待てよ、それじゃ俺は、取るに足らない心理学者の上に、金をチラつかせて援交のガキをモノにするようなエロオヤジってな烙印をあいつに押されたってことか?
くっそ、冗談じゃないぜ!
「いや、問題はそんなことじゃないか」
「え、何ですか?」
一人自分の思いにふけっていた速水がポツリとこぼした言葉に、三田村が聞き返す。
「いや………」
速水はこちらに向かってくるタクシーを停めた。
「ほな、お疲れ様でした」
三田村はイケメンだが、関西人だからかひょうきんな雰囲気がする。
だが、時々見せる表情は案外キレ者を隠しているのかもしれない。
「麻布二丁目」
運転手に告げると、つまりは、桐島にもすっかり騙されたのだと速水は思い返す。
みんな、結構千雪のこと好きやから
三田村の言葉が何やらやたらと胸に響く。
マンションに着くと、ちょうどエントランスに入っていく住人らしい二人連れについて速水はコンシェルジュの横を抜け、エレベーターホールへすんなり入ってしまった。
「何の用だ、今頃?」
チャイムを押すと、画面で速水を見ているのだろう、思い切り不機嫌そうな京助の声がした。
「開けろ、話がある」
実物は思った以上に不機嫌な顔で速水を部屋へ入れた。
ボサボサの髪を引っ掻き回しながら、「何だ、話って」とリビングに向かう京助は、上下黒のジャージ、裸足でフローリングの上を歩いている。
リビングのソファから床から、グランドピアノの上まで資料やら本やらで散らかり放題、テーブルの上のノートパソコンの横には、煙草の吸殻が山盛りになった灰皿。
「論文か? しかしこの有様、色男が形無しだな」
「うっせーよ。てめぇ、そんなこと言うために、こんな時間にわざわざ来やがったのか?」
くわえていた煙草を山盛りの灰皿に押し付けた京助はテーブルに置かれた飲みかけの缶ビールをひと息に飲み干した。
「客には何もくれないのかよ」
速水は上着を脱いで傍らの椅子に引っ掛けた。
「何が客だ。勝手に飲めばいいだろ」
勝手知ったるで、速水はキッチンの冷蔵庫からビールを手に戻ってくると、ピアノをちょっとさわってからプルトップを引いた。
「スタンウェイも台無しだな。これ、かなりいいシロモノだぜ?」
「フン、お袋の形見だから置いてるだけだ。俺は弾けやしねぇし、そのうち兄貴にでも引き取ってもらうさ」
面白くもなさそうな顔でノートパソコンの画面を睨みつけてから、速水に向き直った。
「だから、一体何の用だ? 見りゃ、わかるだろ? 俺は明日までにこいつをあげなきゃならねぇんだ」
速水はビールをぐいと飲み、ふうと息をついてから京助を見た。
「あの夜、飲み会の、お前のあとをつけた。てっきり俺は、お前が例のきれいなガキんとこ行くんじゃないかと思ってたから、何だ、名探偵のアパートじゃないかって思って引き上げたよ。あの時はな」
速水の妙な言い回しに京助は眉をひそめた。
「だから何だってんだ?」
「名探偵とお前ができてるなんざ、誰が思うよ? いつからだ?」
京助は舌打ちした。
「あのやろう、俺にはしゃべったら終わりにするとか何とか言いながら、まさかお前に話したのか?」
「徹底的に嫌って軽蔑して下さってるんだ、名探偵が俺になんか話すわけないだろう? 桐島のことで頭にきて、前にあのガキが出てきたプロダクションにいったら、そこへこないだの刑事がやってきて、千雪くん、来てくれとかって連れ去ったわけだ」
「何だそりゃ? あのトンチキ頭のデカやろう!」
苛ついて京助は渋谷を罵った。
「問題はそこじゃないだろう?」
京助は不愉快極まりないという顔の速水を見て、フン、と鼻で笑う。
「ああ、わかったらもう俺らの邪魔はするな。何かあるたびに、千雪のヤツ、別れる切れるで、携帯は切るしもう会わないとくる。ったく、冗談じゃねぇ、もうとっととアメリカへ帰れよ」
「そうじゃないだろ? この先どうするつもりだ?」
「今度は、たかが探偵小説書きに、お前は騙されてるんだってか?」
フンっと京助は鼻で笑う。
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