真夜中の恋人

chatetlune

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真夜中の恋人 35

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「当たり前や。小野万里子なんかと俺がどうかなるわけないやろ?」
「そうやない。わかった。しゃあないな、お前のごっつい恋人の分も用意しとくわ」
「え、ごっついて、お前………」
 何か言おうとした時には既に切れていた。
 完全に三田村の中では、京助はそういうポジションでインプットされたようだ。
 顔を上げると京助がエレベーターの前で千雪を睨みつけている。
 これで逃げ出したりしたら、京助は周りの目もお構いなく連れ戻しにかかるだろうとは、思いあがりでも何でもなく、容易に想像できた。
 ケージの中は二人だけだった。
「何でわざわざこんな高いホテルに来るんや」
「俺は別にラブホでも何でもよかったが、お前が嫌がるだろうと思ってな」
 その切り返しに千雪はよけいムッとする。
 ドアを開けると横浜港を見渡す夜景が広がっていた。
 溜息をつきたくなるような贅をつくしたスイートルームである。
「せやから何でこないな部屋取るんや」
 ふと、金で釣ってやると言わんばかりの速水の言い草を思い出して吐き気がしそうになった。
「このクラスじゃ気に入らないってなら、もうちょい上の部屋に替えてもらうか?」
 上着を脱いでソファの背に引っ掛けると、京助は腰を降ろしてニヤリと笑う。
「誰がそないなこと言うた」
「突っ立ってねぇで座れよ」
 京助はくわえた煙草に火をつけながらソファをぽんぽんと叩く。
 ぼんやりリビングの入り口で立っていた千雪は、京助の横に座った。
「いいじゃねぇかよ、たまには息抜きしたって。俺の部屋じゃ嫌だって言うし、お前の部屋じゃ、隣近所に気ぃ使うしよ」
「どこが気ぃつこてるて?」
 千雪の部屋でも我が物顔でやりたい放題、とても京助が気をつかっているとは思えない。
「お前と俺が一緒の部屋にいるなんざ、誰にもわかりゃしねぇよ。俺とのことが後ろめたいってんなら、いくらでもカムフラージュしてやるさ」
 くわえ煙草の男がガキのように拗ねた口調で言い放つ。
「お前とのこと後ろめたいなんて誰が言うた?」
 声を昂ぶらせて千雪は京助を振り返った。
「男との関係なんざ人に知られたくはないさな。ましてや同級生やら身内やらなんかにな。真夜中の恋人なんてフザケた呼び名で俺との仲を邪推されたりしちゃ冗談じゃねえからな」
 フンとせせら笑い、益々不貞腐れた言い方をする京助に、千雪はムカついて立ち上がる。
「俺が頭にきたんは、お前のご学友が人のことお前の金に釣られた遊び相手みたいに、人を卑しいものみたいに言うたからや! ひょっとしてお前もご同類か?」
「俺もまあ、下司に見られたもんだな」
 京助はソファにふんぞり返って苦々しい顔で煙草の煙を燻らせる。
「おまけにいくら遊び相手かて、友達のベッドのぞいて値踏みするみたいにジロジロ見よってからに!」
「そんな輩にお前の正体知れてどうしてくれるってか?」
 少し眉を上げて、京助は茶化した。
「お前の遊び相手が男の俺やいうことが気に入らんと、俺のことつけまわして、アホなちょっかいかけてきたんは、お前のご友人の方やんか!」
「お前、俺の遊び相手だったのか?」
 京助はうっすらと笑みを浮かべているが、目にはかすかに怒気が含まれているのを千雪も見て取った。
「くだらん揚げ足取るなや! 文子さんにも、お前に今つき合うてる彼女いてるかて、聞かれたから、いてないて言うたった」
 千雪は京助を睨み付けながら言った。
「ほう? いつの話だ?」
「飲み会の夜や。文子さんはやっぱお前のこと好きみたいやし、より戻したったらええんや。第一、遊び相手の俺になんか、女とつき合うのに言い訳なんかする必要はない。てより、お前もいっそゴールインしたらどや? 確か、文子さんてええとこのご令嬢いう話やし、お前とは家柄も釣り合うてるんちゃう? 俺、いくらでもスピーチしたるで? これまで、えろう、世話になったしな。そしたらタラシやとかゴシップ記事にされたりもないやろ」
 反論もせず、京助はただ無闇と煙草をふかしている。
 スピーチくらいできる。
 今ならまだ。
 苦しいのんはいやや。
 研二の結婚式やったら、多分、ようせなんだ。
 京都では甲斐性ないから、なし崩しにずるずると、京助とまた元の木阿弥になってしもたけど。
 千雪は自嘲し、京助とのことも本気で終わりにしよう、そう言い聞かせた。
 途端、胸の奥に鋭い痛みが走る。
 何や………
 心筋梗塞にはまだ早いんちゃうか?
「このままずるずると、おかしな関係続けていったかて、お互い何の得にもならん」
「言いたいことはそれだけか?」
 妙に落ち着いた言葉で、京助は言った。
 その時チャイムが鳴った。
 煙草を灰皿に押し付けると、京助はドアに向かった。
 やがて冷やしたワインやつまみが載ったワゴンを押して戻ってきた。
 ワインクーラーに入った二本の赤ワインのうち一本を開けると、京助は二つのグラスに注いでその一つを口に持っていった。
「お前も座って飲めよ。わりと美味いぜ?」
 皿に盛り付けられているのは、トマトやチーズなどが載ったカナッペ、黒オリーブの塩漬けやピクルス、キュウリや海草のマリネなど、どれも千雪が食べられるものばかりだ。
「最後の晩餐ってやつにしたいんだろ? お前は。だったら少しくらい余裕で楽しんだらどうだ?」
 京助に軽く投げかけられた言葉は、千雪の心を瞬時に凍りつかせた。
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