36 / 42
真夜中の恋人 36
しおりを挟む
千雪がそう望んだはずの成り行きだった。
それでせいせいする、はずだった。
面倒な感情のモヤモヤも消えてなくなる、はずだった。
ところが今、頭が真っ白になって、心だけでなく思考も停止してしまった。
ソファに腰を降ろし、ぎこちなく動く手がグラスを掴む。
指令と行動が逆になったかのように、千雪は自分で自分を見ていた。
「美味いな」
これは誰が言っているんだろう。
「風呂、入ってこいよ。ここ、風呂も夜景がすげぇきれいに見えるんだぜ?」
「フン、前はどんな女をここにつれてきたんや」
「まあな、喜んではいたが、このくらい当然ってな顔してたぜ?」
不意に、手元が狂ったように、千雪はテーブルのグラスを倒しそうになった。
何や? 一体どないしたんや? 俺、おかしい………
千雪は立ち上がる。
「酔うてしまわんうちに、風呂、入ってくるわ」
「ああ、そっちのドア」
千雪は言われた方へ歩いた。
ドアを開けると、ガラス張りの風呂越しに、港の夜景が飛び込んできた。
ここからはベイブリッジもくっきりと闇に浮かんで見える。
大きな風呂に湯をためながら、千雪は着ているものを脱ぎ捨てた。
シンクの鏡に映る自分の顔を眺めながら、思わず両手で頬を叩く。
「何、やってんね、俺………」
湯が溜まるまで、シャワーブースで汗を流す。
降り注ぐ湯でバシャバシャと顔を洗うのだが、まだ何やら思考が夢の中を歩いているような妙な感覚が拭えない。
湯に足を入れて身体を沈め、風呂の淵に凭れかかるようにしてぼんやり窓の外に目をやった。
軽い記憶喪失のように、さっきから頭の中が真っ白のままだ。
やから、何て言うた? 京助は…………
少しずつ、頭の中のもやが晴れていく。
最後の晩餐ってやつにしたいんだろ? お前は。
そう、言ったんや………
それはあまりにもさり気なく京助の口から出た言葉で、意外過ぎて聞き違いかと思ったほどだ。
散々、千雪が終わりにしようと言っていたわけだから、それに対して京助が肯定したところで、何もおかしいことはないのだ。
それなのに千雪自身は、京助の口から肯定の言葉が出てくることを予定していなかった。
常に全面的にごり押しに近いやり方で千雪を連れまわし、世話を焼き、そして有無を言わせず抱いた。
俺はかなりメンドくさい男だからな。おまけに執念深いストーカーだ。
俺に見込まれたのが運のつきとでも思っておけ。
臆面もなく傲岸不遜に言ってのける京助から、こうもあっさりと最後の引導を渡されるとは、思っていなかった。
いや、引導渡したんは俺か。
ああ、せや、ほんまのほんまに、これで、終わり言うこっちゃ………
千雪は風呂の淵に両腕を載せ、その上に顎を乗せた。
好きになり過ぎる前でよかったし………
今ならまたダチでいられるやろ。
これ以上、好きになってたら、また、つろなる。
別れるとき、つろなる。
卒業した時はそんなこと思いもよらんかった。
当然、そのうちに会えるて……
けど、あの時、金沢へバイクで行った時、そんなんもうないんやて
わかっとったんや、あいつ、研二は。
俺の気持ちを。
せやから、離れてった。
考えてもみ、もし仮に、俺ら好き合うたとして、いくらLGBT何たらがどうやとかで生存権を主張でけるようになったいうても、まだ古い認識の世間ではそんなん通用せえへんわ。
少なくとも、やさかのおっちゃんらを悲しませるようなことはでけん。
男の俺とどうなるいうんや。
先はわかっとったことなんや。
それでも、あんなつらいのんはもういやや……
京助みたいなタラシ、今のうちに別れといて正解や。
のめり込んでから、別れるとか、ごめんや………
気づくと夜景の明かりがぼんやりぼやけている。
え………
はたと頬に触れると濡れているのがわかった。
知らず知らずのうちに泣いていたことを知って、千雪は慌てて手の甲で拭う。
目を閉じるといつの間にか意識は遠くへと去り、次第に眠りに引き込まれていった。
それでせいせいする、はずだった。
面倒な感情のモヤモヤも消えてなくなる、はずだった。
ところが今、頭が真っ白になって、心だけでなく思考も停止してしまった。
ソファに腰を降ろし、ぎこちなく動く手がグラスを掴む。
指令と行動が逆になったかのように、千雪は自分で自分を見ていた。
「美味いな」
これは誰が言っているんだろう。
「風呂、入ってこいよ。ここ、風呂も夜景がすげぇきれいに見えるんだぜ?」
「フン、前はどんな女をここにつれてきたんや」
「まあな、喜んではいたが、このくらい当然ってな顔してたぜ?」
不意に、手元が狂ったように、千雪はテーブルのグラスを倒しそうになった。
何や? 一体どないしたんや? 俺、おかしい………
千雪は立ち上がる。
「酔うてしまわんうちに、風呂、入ってくるわ」
「ああ、そっちのドア」
千雪は言われた方へ歩いた。
ドアを開けると、ガラス張りの風呂越しに、港の夜景が飛び込んできた。
ここからはベイブリッジもくっきりと闇に浮かんで見える。
大きな風呂に湯をためながら、千雪は着ているものを脱ぎ捨てた。
シンクの鏡に映る自分の顔を眺めながら、思わず両手で頬を叩く。
「何、やってんね、俺………」
湯が溜まるまで、シャワーブースで汗を流す。
降り注ぐ湯でバシャバシャと顔を洗うのだが、まだ何やら思考が夢の中を歩いているような妙な感覚が拭えない。
湯に足を入れて身体を沈め、風呂の淵に凭れかかるようにしてぼんやり窓の外に目をやった。
軽い記憶喪失のように、さっきから頭の中が真っ白のままだ。
やから、何て言うた? 京助は…………
少しずつ、頭の中のもやが晴れていく。
最後の晩餐ってやつにしたいんだろ? お前は。
そう、言ったんや………
それはあまりにもさり気なく京助の口から出た言葉で、意外過ぎて聞き違いかと思ったほどだ。
散々、千雪が終わりにしようと言っていたわけだから、それに対して京助が肯定したところで、何もおかしいことはないのだ。
それなのに千雪自身は、京助の口から肯定の言葉が出てくることを予定していなかった。
常に全面的にごり押しに近いやり方で千雪を連れまわし、世話を焼き、そして有無を言わせず抱いた。
俺はかなりメンドくさい男だからな。おまけに執念深いストーカーだ。
俺に見込まれたのが運のつきとでも思っておけ。
臆面もなく傲岸不遜に言ってのける京助から、こうもあっさりと最後の引導を渡されるとは、思っていなかった。
いや、引導渡したんは俺か。
ああ、せや、ほんまのほんまに、これで、終わり言うこっちゃ………
千雪は風呂の淵に両腕を載せ、その上に顎を乗せた。
好きになり過ぎる前でよかったし………
今ならまたダチでいられるやろ。
これ以上、好きになってたら、また、つろなる。
別れるとき、つろなる。
卒業した時はそんなこと思いもよらんかった。
当然、そのうちに会えるて……
けど、あの時、金沢へバイクで行った時、そんなんもうないんやて
わかっとったんや、あいつ、研二は。
俺の気持ちを。
せやから、離れてった。
考えてもみ、もし仮に、俺ら好き合うたとして、いくらLGBT何たらがどうやとかで生存権を主張でけるようになったいうても、まだ古い認識の世間ではそんなん通用せえへんわ。
少なくとも、やさかのおっちゃんらを悲しませるようなことはでけん。
男の俺とどうなるいうんや。
先はわかっとったことなんや。
それでも、あんなつらいのんはもういやや……
京助みたいなタラシ、今のうちに別れといて正解や。
のめり込んでから、別れるとか、ごめんや………
気づくと夜景の明かりがぼんやりぼやけている。
え………
はたと頬に触れると濡れているのがわかった。
知らず知らずのうちに泣いていたことを知って、千雪は慌てて手の甲で拭う。
目を閉じるといつの間にか意識は遠くへと去り、次第に眠りに引き込まれていった。
10
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる