真夜中の恋人

chatetlune

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真夜中の恋人 36

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 千雪がそう望んだはずの成り行きだった。
 それでせいせいする、はずだった。
 面倒な感情のモヤモヤも消えてなくなる、はずだった。
 ところが今、頭が真っ白になって、心だけでなく思考も停止してしまった。
 ソファに腰を降ろし、ぎこちなく動く手がグラスを掴む。
 指令と行動が逆になったかのように、千雪は自分で自分を見ていた。
「美味いな」
 これは誰が言っているんだろう。
「風呂、入ってこいよ。ここ、風呂も夜景がすげぇきれいに見えるんだぜ?」
「フン、前はどんな女をここにつれてきたんや」
「まあな、喜んではいたが、このくらい当然ってな顔してたぜ?」
 不意に、手元が狂ったように、千雪はテーブルのグラスを倒しそうになった。
 何や? 一体どないしたんや? 俺、おかしい………
 千雪は立ち上がる。
「酔うてしまわんうちに、風呂、入ってくるわ」
「ああ、そっちのドア」
 千雪は言われた方へ歩いた。
 ドアを開けると、ガラス張りの風呂越しに、港の夜景が飛び込んできた。
 ここからはベイブリッジもくっきりと闇に浮かんで見える。
 大きな風呂に湯をためながら、千雪は着ているものを脱ぎ捨てた。
 シンクの鏡に映る自分の顔を眺めながら、思わず両手で頬を叩く。
「何、やってんね、俺………」
 湯が溜まるまで、シャワーブースで汗を流す。
 降り注ぐ湯でバシャバシャと顔を洗うのだが、まだ何やら思考が夢の中を歩いているような妙な感覚が拭えない。
 湯に足を入れて身体を沈め、風呂の淵に凭れかかるようにしてぼんやり窓の外に目をやった。
 軽い記憶喪失のように、さっきから頭の中が真っ白のままだ。
 やから、何て言うた? 京助は…………
 少しずつ、頭の中のもやが晴れていく。
 
 最後の晩餐ってやつにしたいんだろ? お前は。
 
 そう、言ったんや………
 それはあまりにもさり気なく京助の口から出た言葉で、意外過ぎて聞き違いかと思ったほどだ。
 散々、千雪が終わりにしようと言っていたわけだから、それに対して京助が肯定したところで、何もおかしいことはないのだ。
 それなのに千雪自身は、京助の口から肯定の言葉が出てくることを予定していなかった。
 常に全面的にごり押しに近いやり方で千雪を連れまわし、世話を焼き、そして有無を言わせず抱いた。
 
 俺はかなりメンドくさい男だからな。おまけに執念深いストーカーだ。
 俺に見込まれたのが運のつきとでも思っておけ。
 
 臆面もなく傲岸不遜に言ってのける京助から、こうもあっさりと最後の引導を渡されるとは、思っていなかった。
 いや、引導渡したんは俺か。
 ああ、せや、ほんまのほんまに、これで、終わり言うこっちゃ………
 千雪は風呂の淵に両腕を載せ、その上に顎を乗せた。
 好きになり過ぎる前でよかったし………
 今ならまたダチでいられるやろ。
 これ以上、好きになってたら、また、つろなる。
 別れるとき、つろなる。
 卒業した時はそんなこと思いもよらんかった。
 当然、そのうちに会えるて……
 けど、あの時、金沢へバイクで行った時、そんなんもうないんやて
 わかっとったんや、あいつ、研二は。
 俺の気持ちを。
 せやから、離れてった。
 考えてもみ、もし仮に、俺ら好き合うたとして、いくらLGBT何たらがどうやとかで生存権を主張でけるようになったいうても、まだ古い認識の世間ではそんなん通用せえへんわ。
 少なくとも、やさかのおっちゃんらを悲しませるようなことはでけん。
 男の俺とどうなるいうんや。
 先はわかっとったことなんや。
 それでも、あんなつらいのんはもういやや……
 京助みたいなタラシ、今のうちに別れといて正解や。
 のめり込んでから、別れるとか、ごめんや………
 気づくと夜景の明かりがぼんやりぼやけている。
 え………
 はたと頬に触れると濡れているのがわかった。
 知らず知らずのうちに泣いていたことを知って、千雪は慌てて手の甲で拭う。
 目を閉じるといつの間にか意識は遠くへと去り、次第に眠りに引き込まれていった。
 
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