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真夜中の恋人 37
しおりを挟むAct 9
夜景は窓一面、静かに広がっていた。
煌く光の渦が少しずつゆっくりと形を変えていく。
上等のワインもひとりでがぶ飲みしたって美味くはないな。
グラスを持ったまま京助は窓の外から視線を戻す。
カレンだったか、理香だったか、いつ誰とこのホテルに来たのかなど忘れてしまった。
美沙は極端にセレブというくくりの連中がやることに気後れしていたようだったから、連れて来たことはない。
いずれ遊びと割り切った相手とのラブアフェアで、ただ、相手の女が、ステキ、ステキ、と眼前の夜の光景にいたく感激していたことだけは覚えている。
相手が喜んでくれれば、楽しく夜を過ごせるはずなのだが。
ロマンチックなところもあるのね、京助も。
そんな台詞を吐いたのは誰だったろうか。
いや別にそれはどうでもいい。
何となくこの夜景を思い出して、ひょっとしたら千雪も喜んでくれはしないかと。
そしたら少しでも千雪の機嫌がよくなりはしないかと。
無駄だったようだな。
女じゃないんだ。
それに心を通わせたい相手なら、どんな風景もロマンチックにもなるだろうさ。
ちっと舌打ちして、煙草をくわえて火をつける。
近頃は煙草を吸う人間にとってどこもかしこも住みにくくなっているし、吸い過ぎだと千雪にも言われて本数も減らしていたのだが、ここのところイライラと忙しさでついくわえていた。
「くそっ!!」
京助はさほど吸わないうちに煙草を灰皿でもみ消した。
それにしても俺からしかけてうまくいった試しはないな。
多分、重いんだろう。
自分でもよくわかっている。
こんなヤツにまとわりつかれたらウザいだけだ。
独占欲が強くて、傲慢で、俺に気があるとかいう女は、本当の俺を知らないんだろ。
何気なく腕時計を見た京助は、千雪の風呂がやけに長いな、と思った。
「あいつ……」
次にはバスルームに飛び込んでいた。
「千雪!」
案の定、風呂につかったまま、ぐったりと目を閉じている。
手すりに腕を引っ掛けているせいでかろうじて沈んではいない。
京助は慌てて千雪をバスタブから引っ張り出し、バスローブを掴んで千雪の身体を包むと、とりあえずソファまで運んだ。
「おい、千雪!! 千雪っ!!」
冷蔵庫から出したミネラルウォーターをグラスに注いで持ってくると、京助は千雪の頬を軽く叩いた。
「……う……あ、あれ、京助……」
京助の腕に頭を支えられて、千雪は目を開けた。
「あれじゃねぇだろ、何やってんだ、お前は!!」
答える前に千雪は目の前にあるグラスの水をゴクゴクと飲んで思い切り息を吐く。
「……その、夜景がきれいやな……て、湯につかって気持ちええな、思て、ちょっと目ぇ閉じたら、つい寝てもたみたいで……」
京助は呆れて、はあ、と息を吐いたすぐ、怒鳴りつけた。
「何が、ついだ! ばかやろう!」
すぐ間近で怒鳴られて、千雪は思わず首をちぢこませる。
「鼓膜が破れてまうがな……」
最後まで口にしないうちに千雪の身体は抱きしめられていた。
「脅かすんじゃねぇ! バカやろう!」
京助にしては心なしか力のない声で、しかしぎゅっと千雪を抱きしめるその腕には力があった。
大事そうにしっかりと抱きしめる京助の心がそのまま沁み込んでくるようだ。
「……京助……もう、平気やし……そう、バカ、バカ、言いなや」
千雪はおちゃらかした口調でそう言ったが、京助はしばらくじっと千雪を抱きしめたまま動かなかった。
京助は千雪を抱えようとした時何かを見た気がして、それを今思い出したのだ。
多分見間違いではない、目を閉じた千雪の目じりに涙があったことを。
負けず嫌いで勝気で頑固できつい性格の裏に寂しがりで怖がりな千雪が隠れていることをここ数年のつきあいでわかっていたはずだ。
たった一人の肉親である父親が亡くなり、京助の前では気丈にしていたくせに、通夜に駆けつけた研二にすがって泣いていた千雪を見たのではなかったか。
千雪に会いにきた江美子が残した手紙を見て、結婚するのだと知った時、酔いに任せて泣いたのは、江美子だけでなく、おそらく傍にいて欲しかった研二が知らないうちに結婚してしまったことを、もう自分の傍にはいてくれないのだということをあらためて思い知ったからではないのか。
千雪は傷ついてきたのだろう。
そうやって大切な人間が去っていく度に。
あの妙な変装は千雪なりの鎧なのだ。
お前なんかいなくたって、一人で生きていける。
精一杯の鎧を纏い、そうやって一人で虚勢を張って生きているのだ。
「バカやろう!」
俺が本気でお前を離すわけがないだろう!
京助はもう一度千雪を抱きしめなおす。
そんな風に愛おし気に抱きしめられ、千雪は言葉が出てこない。
京助の心臓の鼓動が直に伝わってくる。
「俺は、どこへもいかない」
「…………え……」
「信じなくてもいいが、俺はずっとお前の傍にいる」
優しいのだろう。
いやそれが研二の千雪への優しさだったのだ。
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