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真夜中の恋人 34
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「俺だ」
そういえば、京助が今夜来るとか言っていたな、とドアを開けると、「メシ、食ったか?」と京助は聞いてくる。
「これからやけど」
「食いに行くぞ。着替えろよ」
相変わらず命令口調で、京助は見下ろした。
「めんどいな……」
「俺もまだなんだよ」
仕方なく千雪はジャージを脱いで、椅子にかけてあったジーンズを履き、Tシャツの上にジャケットを羽織る。
アパートの門の前には築二十年ほどの古アパートには不似合いな黒のポルシェが停めてあった。
京助は大学の近くに車を置いた方が使い勝手がいいと、わざわざ近くに駐車場を借りている。
車を出す前に、携帯で店に予約を入れると、すぐにエンジンをかけた。
「どこ行くんや?」
首都高を三軒茶屋で降りて世田谷通りに入ったあたりで、千雪は訪ねた。
「うるさくねぇとこなら、いいだろ?」
車はそのまま住宅街へと入り、やがて樹木の間に大きな門構えが見えたと思うと、古風な造りの洋風建築に灯りが灯っている。
車をパーキングにいれて中に入ると、すぐに奥の個室に案内された。
「ほんまに静かやな」
窓からはライトアップされた庭園が見える。
「流行りの隠れ家的な店ってやつだ。もっとも、取材受けたりしてると隠れ家でもなくなってくるがな」
和風フレンチといった料理が、凝った和食器に盛り付けされて出てきた。
コースはちょっと重いと思ったが、量的にさほど多くなかったせいか、千雪も充分食べられた。
レポートも終わったらしい京助は機嫌がよく、千雪は事件が片付いた話などをした。
「お前のレポートは終わったのか?」
「まあ、明日で終わるやろ」
車だからとノンアルコールワインにした京助に、千雪も合わせて酒はやめた。
「腹ごなしにちょっと走るか」
京助は環八に出ると第三京浜に入り、スピードを上げた。
「あいつ、三田村だったか、何の用で来たんだ?」
「桐島のリサイタル、来週末やから行こうて。今、桐島とつき合うてんのや、あいつ」
「ふーん」
一応は納得したものの、昼に千雪にちょっかいというより、もろキスでもしそうなようすだったのは、何なんだと京助はまだ気にかかっている。
だが、そんな話をちょっとしただけでそう会話もなく、やがて横浜の夜景が現れると、千雪は食事をしながらふと思った嫌な感じがまた舞い戻った。
ここも前に女と来たんやな。
洒落たレストランで食事をしたあと、横浜へのドライブ。
定番のデートコースを辿るような感じで、千雪は何となく胸の奥にわだかまっているもやもやを消化しきれずに、窓の外を眺めていた。
ところが京助が急にハンドルを切り、目の前から夜景が消えた。
車を停めたところは地下駐車場で、先に降りた京助は、降りようともせずシートベルトも外さない千雪を見て、外からドアを開けた。
「降りろよ」
「何で? 俺はこんなとこ用はない」
京助は勝手にシートベルトを外し、千雪を車から引っ張り出した。
「絵に描いたようなデートコースの相手は女の方がええんちゃう?」
京助はそんな皮肉にも答えようともせず、千雪の腕を掴んだまま、エレベータに乗り込み、フロントデスクのある二階のボタンを押す。
「ええ加減、離せよ」
ムスッとしたまま千雪は京助の手を振りほどく。
間もなくドアが開いて千雪は京助の後ろから降りたが、ここから電車で帰るのもうざったいし、タクシーを使ってまで帰る気力もない。
京助がフロントでサインしているうち、所在無くラウンジのソファに腰を降ろして間もなく、ポケットで携帯が鳴った。
京助か佐久間以外滅多に携帯に電話などかからない千雪は、誰だろうと不審に思いながら携帯を出すと、表示されている「俺の大事な三田村」などというふざけた文字を見て、「あのやろう! 勝手にこんなん入れよって」と思わず口にする。
「何や、このふざけた名前は! 第一、いつの間に!」
千雪は電話の向こうの三田村に声高に文句を言う。
「まあまあ、今どこや? 家に電話したらいてないし」
「横浜や」
「横浜? 何しに?」
「何の用や?」
事実を告げるつもりもなく、千雪は問いかけをさらりとかわして尋ねた。
「桐島のチケット、何人用意する? 会場行って、名前言うてもらえば入れるようにしとくし。速水さんとかも用意しとくか?」
「アホ、いるか、少なくとも俺と一緒にすんな」
事情は伝わったとはいえ、とにかく速水とは近づきたくはない。
「ほな、お前の美人な従姉の小夜子さんは?」
ピアノの演奏会なら小夜子も気分転換にいいかもしれないと、最近会っていない従姉の憂いを帯びた笑顔を思い出す。
中学の頃、京都の家に遊びにきた小夜子とたまたま門の前で出会って以来、小夜子の美しさをほとんど崇拝していた三田村だが、未だにそれは変わらないらしい。
小夜子は健気に仕事に打ち込んでいるようだが、いつぞや原の家に行った時は、まだ猛を失った傷は癒えていないという気がした。
というより、癒えることなどないのだろう。
あまり外に出たがらないというようなことを、伯父が言っていた。
しきりと千雪に一緒に住もうというのも、寂しさを紛らわしたいからかもしれない。
「ああ、そやな、これから話してみるけど一応、取っておいてくれるか?」
「わかった。で、お前のハニーの分はどうする?」
「はあ?」
「演奏会言うたら、可愛い恋人と一緒言うんが相場やろ? ひょっとして小野万里子とか?」
「冗談は休み休み言え」
するとしばし間があった。
「フーン、そうか、やっぱ」
ぼそりと三田村が言った。
そういえば、京助が今夜来るとか言っていたな、とドアを開けると、「メシ、食ったか?」と京助は聞いてくる。
「これからやけど」
「食いに行くぞ。着替えろよ」
相変わらず命令口調で、京助は見下ろした。
「めんどいな……」
「俺もまだなんだよ」
仕方なく千雪はジャージを脱いで、椅子にかけてあったジーンズを履き、Tシャツの上にジャケットを羽織る。
アパートの門の前には築二十年ほどの古アパートには不似合いな黒のポルシェが停めてあった。
京助は大学の近くに車を置いた方が使い勝手がいいと、わざわざ近くに駐車場を借りている。
車を出す前に、携帯で店に予約を入れると、すぐにエンジンをかけた。
「どこ行くんや?」
首都高を三軒茶屋で降りて世田谷通りに入ったあたりで、千雪は訪ねた。
「うるさくねぇとこなら、いいだろ?」
車はそのまま住宅街へと入り、やがて樹木の間に大きな門構えが見えたと思うと、古風な造りの洋風建築に灯りが灯っている。
車をパーキングにいれて中に入ると、すぐに奥の個室に案内された。
「ほんまに静かやな」
窓からはライトアップされた庭園が見える。
「流行りの隠れ家的な店ってやつだ。もっとも、取材受けたりしてると隠れ家でもなくなってくるがな」
和風フレンチといった料理が、凝った和食器に盛り付けされて出てきた。
コースはちょっと重いと思ったが、量的にさほど多くなかったせいか、千雪も充分食べられた。
レポートも終わったらしい京助は機嫌がよく、千雪は事件が片付いた話などをした。
「お前のレポートは終わったのか?」
「まあ、明日で終わるやろ」
車だからとノンアルコールワインにした京助に、千雪も合わせて酒はやめた。
「腹ごなしにちょっと走るか」
京助は環八に出ると第三京浜に入り、スピードを上げた。
「あいつ、三田村だったか、何の用で来たんだ?」
「桐島のリサイタル、来週末やから行こうて。今、桐島とつき合うてんのや、あいつ」
「ふーん」
一応は納得したものの、昼に千雪にちょっかいというより、もろキスでもしそうなようすだったのは、何なんだと京助はまだ気にかかっている。
だが、そんな話をちょっとしただけでそう会話もなく、やがて横浜の夜景が現れると、千雪は食事をしながらふと思った嫌な感じがまた舞い戻った。
ここも前に女と来たんやな。
洒落たレストランで食事をしたあと、横浜へのドライブ。
定番のデートコースを辿るような感じで、千雪は何となく胸の奥にわだかまっているもやもやを消化しきれずに、窓の外を眺めていた。
ところが京助が急にハンドルを切り、目の前から夜景が消えた。
車を停めたところは地下駐車場で、先に降りた京助は、降りようともせずシートベルトも外さない千雪を見て、外からドアを開けた。
「降りろよ」
「何で? 俺はこんなとこ用はない」
京助は勝手にシートベルトを外し、千雪を車から引っ張り出した。
「絵に描いたようなデートコースの相手は女の方がええんちゃう?」
京助はそんな皮肉にも答えようともせず、千雪の腕を掴んだまま、エレベータに乗り込み、フロントデスクのある二階のボタンを押す。
「ええ加減、離せよ」
ムスッとしたまま千雪は京助の手を振りほどく。
間もなくドアが開いて千雪は京助の後ろから降りたが、ここから電車で帰るのもうざったいし、タクシーを使ってまで帰る気力もない。
京助がフロントでサインしているうち、所在無くラウンジのソファに腰を降ろして間もなく、ポケットで携帯が鳴った。
京助か佐久間以外滅多に携帯に電話などかからない千雪は、誰だろうと不審に思いながら携帯を出すと、表示されている「俺の大事な三田村」などというふざけた文字を見て、「あのやろう! 勝手にこんなん入れよって」と思わず口にする。
「何や、このふざけた名前は! 第一、いつの間に!」
千雪は電話の向こうの三田村に声高に文句を言う。
「まあまあ、今どこや? 家に電話したらいてないし」
「横浜や」
「横浜? 何しに?」
「何の用や?」
事実を告げるつもりもなく、千雪は問いかけをさらりとかわして尋ねた。
「桐島のチケット、何人用意する? 会場行って、名前言うてもらえば入れるようにしとくし。速水さんとかも用意しとくか?」
「アホ、いるか、少なくとも俺と一緒にすんな」
事情は伝わったとはいえ、とにかく速水とは近づきたくはない。
「ほな、お前の美人な従姉の小夜子さんは?」
ピアノの演奏会なら小夜子も気分転換にいいかもしれないと、最近会っていない従姉の憂いを帯びた笑顔を思い出す。
中学の頃、京都の家に遊びにきた小夜子とたまたま門の前で出会って以来、小夜子の美しさをほとんど崇拝していた三田村だが、未だにそれは変わらないらしい。
小夜子は健気に仕事に打ち込んでいるようだが、いつぞや原の家に行った時は、まだ猛を失った傷は癒えていないという気がした。
というより、癒えることなどないのだろう。
あまり外に出たがらないというようなことを、伯父が言っていた。
しきりと千雪に一緒に住もうというのも、寂しさを紛らわしたいからかもしれない。
「ああ、そやな、これから話してみるけど一応、取っておいてくれるか?」
「わかった。で、お前のハニーの分はどうする?」
「はあ?」
「演奏会言うたら、可愛い恋人と一緒言うんが相場やろ? ひょっとして小野万里子とか?」
「冗談は休み休み言え」
するとしばし間があった。
「フーン、そうか、やっぱ」
ぼそりと三田村が言った。
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