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真夜中の恋人 42
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「ここお前んちやんか」
「俺んちじゃない、俺の部屋があるマンション」
「屁理屈言うな。車、実家に返しに行くて言うてなかったか?」
小夜子を迎えに行くために、ツーシーターの京助の車でなく、ゆったりとしたセダンを実家まで借りに行ったのだ。
「ああ、そのうちな。それより、ポトフ作ったんだ、美味いぞ」
演奏会の前に小夜子と三人でサンドイッチなどを軽くつまんだだけだったので、帰りはお茶を一緒にどうかと誘ったが、疲れたからという小夜子を家に送り届けたのだが。
結局のところ、千雪はポトフにつられてキッチンの横のテーブルにいた。
「食べたら帰るからな」
京助が笑う。
「速水なんか来やしねぇよ。それに鍵も取り替えた」
しばらく二人は向かい合って座り、そう言葉もなくポトフとワインに集中した。
ポトフは確かに美味かったし、何だか久しぶりな、まったりと穏やかな夜だ。
そのまま朝までまったりと過ごせればなどと思った千雪であるが、ベッドで優しいキスをくれたものの、京助がそれで収まるはずもなかった。
「お前、せっかくええ音楽聴いた夜くらい、余韻を楽しみながら静かに眠ろうとか思わん?」
「いい音楽聴いた余韻をこうやって楽しむんじゃねぇか、第一、一週間ぶりだぜ?」
さっさと千雪のシャツを脱がしにかかった京助に、俄かに抵抗を試みるものの結局徒労に終わり、千雪が意識を手放したのは明け方近くなってからだった。
最近大学ではもう速水もさほど千雪に突っかかってくることもなく、昼も千雪は一緒になることはほとんどなかった。
二人が帰国して一ヵ月が経ち、そろそろアメリカに戻る時期が近づいてきたある日、たまたまカフェテリアで四人が一緒になった。
「そういや、原夏緒の展覧会、来年の春あたり、白金台の九条美術館がOKくれたみたいだぜ?」
何気ない口調で京助が言った。
「え?」
千雪は思わず聞き返した。
「ほんと? じゃ、詳しい日程が決まったら教えて。帰ってこなきゃ」
文子は素直に喜んでいる。
「九条美術館なら、いいんじゃないか? あの建物、古いがなかなかの建造物だし」
うんうんと、速水も頷く。
千雪も海外の画家の展覧会で九条美術館には行ったことがあるし、もちろんそこでの展覧会ならば申し分はないのだが。
「ちょ、待て、そんな話初めて聞いたで?」
「そうだったか? だから兄貴が言ってただろ? 原夏緒の絵を持っている九条の当主が美術館の館長なんだ、名ばかりだがな。兄貴から話つけてもらったら大乗り気でさ。無論、スポンサーも東洋グループで話つけたみたいだぜ?」
いつの間にそんなことになっていたのか、話はえらく大ごとになっている。
「せやから俺、何も聞いてないで」
「お前は別に何もしなくていいだろ。近くなったら絵を運ぶ手配するくらいで。三田村が小夜子さんとかと話して、着々と手はずは整いつつあるってとこだ」
「やから、お前も三田村も一言俺に相談くらいせぇよ!」
「だから言ってるだろ、今」
千雪は溜息をつき、夜にでも三田村に一言言ってやらなくてはと眉を寄せる。
すべからくこれだ。
今更、千雪が口を挟むような段階ではなくなっている。
「そういえば、小夜子さん、ご主人を亡くされたこと、私、存じ上げなくて、こないだはひとりではしゃいでしまって」
文子がすまなそうに口を挟んだ。
「ああ、もう二年にもなるし、小夜ねぇも立ち直りつつあるんやけど。それこそ、猛さんが亡うなって間もないのに、あちこちから縁談が持ち込まれて、小夜ねえ憤慨しとりましたわ」
それを聞いた時、千雪も腹が立って仕方がなかった。
「あたりまえだ。人の気持ちも考えねぇようなもん、突っ返してやりゃいいんだ」
京助が怒りも顕に言い放つ。
「それが取引先とかやと断るにも厄介みたいで。今も結構、話あるらしいし」
いつぞや寄った時、原の伯父も声高に怒っていた。
「でも無理ないわよねぇ、財界の消息通なら誰でも知ってるわ」
「彼女のこと?」
溜息交じりに文子が言うのに、京助が聞き返す。
「だって老舗のご令嬢で、あの美貌だもの、当然よ」
「へえ。そういやあ、兄貴も彼女のこと知ってたな」
興味がなさそうな返事を返す京助を速水が笑う。
「そういうやつだよ、お前は」
やがて速水と文子はアメリカへ戻っていった。
いざ二人がいなくなると、京助だけでなく、千雪も少しだけ面白みが欠けたような気分にはなったのだが。
「そういや、速水のヤツ、来年、うちの心理学教室に正式にくるらしいぜ」
「ウソやろ? 文子さんやのうて?」
京助の発言に思わず千雪は聞き返した。
「文子は向こうに残るみたいだ」
それを聞くと千雪は何やら先が思いやられる気がする。
気がつくといつの間にかセミの合唱が高鳴り、今年も猛暑になりそうな気配が近づいていた。
「俺んちじゃない、俺の部屋があるマンション」
「屁理屈言うな。車、実家に返しに行くて言うてなかったか?」
小夜子を迎えに行くために、ツーシーターの京助の車でなく、ゆったりとしたセダンを実家まで借りに行ったのだ。
「ああ、そのうちな。それより、ポトフ作ったんだ、美味いぞ」
演奏会の前に小夜子と三人でサンドイッチなどを軽くつまんだだけだったので、帰りはお茶を一緒にどうかと誘ったが、疲れたからという小夜子を家に送り届けたのだが。
結局のところ、千雪はポトフにつられてキッチンの横のテーブルにいた。
「食べたら帰るからな」
京助が笑う。
「速水なんか来やしねぇよ。それに鍵も取り替えた」
しばらく二人は向かい合って座り、そう言葉もなくポトフとワインに集中した。
ポトフは確かに美味かったし、何だか久しぶりな、まったりと穏やかな夜だ。
そのまま朝までまったりと過ごせればなどと思った千雪であるが、ベッドで優しいキスをくれたものの、京助がそれで収まるはずもなかった。
「お前、せっかくええ音楽聴いた夜くらい、余韻を楽しみながら静かに眠ろうとか思わん?」
「いい音楽聴いた余韻をこうやって楽しむんじゃねぇか、第一、一週間ぶりだぜ?」
さっさと千雪のシャツを脱がしにかかった京助に、俄かに抵抗を試みるものの結局徒労に終わり、千雪が意識を手放したのは明け方近くなってからだった。
最近大学ではもう速水もさほど千雪に突っかかってくることもなく、昼も千雪は一緒になることはほとんどなかった。
二人が帰国して一ヵ月が経ち、そろそろアメリカに戻る時期が近づいてきたある日、たまたまカフェテリアで四人が一緒になった。
「そういや、原夏緒の展覧会、来年の春あたり、白金台の九条美術館がOKくれたみたいだぜ?」
何気ない口調で京助が言った。
「え?」
千雪は思わず聞き返した。
「ほんと? じゃ、詳しい日程が決まったら教えて。帰ってこなきゃ」
文子は素直に喜んでいる。
「九条美術館なら、いいんじゃないか? あの建物、古いがなかなかの建造物だし」
うんうんと、速水も頷く。
千雪も海外の画家の展覧会で九条美術館には行ったことがあるし、もちろんそこでの展覧会ならば申し分はないのだが。
「ちょ、待て、そんな話初めて聞いたで?」
「そうだったか? だから兄貴が言ってただろ? 原夏緒の絵を持っている九条の当主が美術館の館長なんだ、名ばかりだがな。兄貴から話つけてもらったら大乗り気でさ。無論、スポンサーも東洋グループで話つけたみたいだぜ?」
いつの間にそんなことになっていたのか、話はえらく大ごとになっている。
「せやから俺、何も聞いてないで」
「お前は別に何もしなくていいだろ。近くなったら絵を運ぶ手配するくらいで。三田村が小夜子さんとかと話して、着々と手はずは整いつつあるってとこだ」
「やから、お前も三田村も一言俺に相談くらいせぇよ!」
「だから言ってるだろ、今」
千雪は溜息をつき、夜にでも三田村に一言言ってやらなくてはと眉を寄せる。
すべからくこれだ。
今更、千雪が口を挟むような段階ではなくなっている。
「そういえば、小夜子さん、ご主人を亡くされたこと、私、存じ上げなくて、こないだはひとりではしゃいでしまって」
文子がすまなそうに口を挟んだ。
「ああ、もう二年にもなるし、小夜ねぇも立ち直りつつあるんやけど。それこそ、猛さんが亡うなって間もないのに、あちこちから縁談が持ち込まれて、小夜ねえ憤慨しとりましたわ」
それを聞いた時、千雪も腹が立って仕方がなかった。
「あたりまえだ。人の気持ちも考えねぇようなもん、突っ返してやりゃいいんだ」
京助が怒りも顕に言い放つ。
「それが取引先とかやと断るにも厄介みたいで。今も結構、話あるらしいし」
いつぞや寄った時、原の伯父も声高に怒っていた。
「でも無理ないわよねぇ、財界の消息通なら誰でも知ってるわ」
「彼女のこと?」
溜息交じりに文子が言うのに、京助が聞き返す。
「だって老舗のご令嬢で、あの美貌だもの、当然よ」
「へえ。そういやあ、兄貴も彼女のこと知ってたな」
興味がなさそうな返事を返す京助を速水が笑う。
「そういうやつだよ、お前は」
やがて速水と文子はアメリカへ戻っていった。
いざ二人がいなくなると、京助だけでなく、千雪も少しだけ面白みが欠けたような気分にはなったのだが。
「そういや、速水のヤツ、来年、うちの心理学教室に正式にくるらしいぜ」
「ウソやろ? 文子さんやのうて?」
京助の発言に思わず千雪は聞き返した。
「文子は向こうに残るみたいだ」
それを聞くと千雪は何やら先が思いやられる気がする。
気がつくといつの間にかセミの合唱が高鳴り、今年も猛暑になりそうな気配が近づいていた。
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