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秋の陽 2
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前の事務所の社長と泥沼不倫で事務所を辞めた万里子は、SNSやマスコミに叩かれて一時仕事も干され、まだ鈴木さんが入る前だったので、受付の電話さえ平造が取っていた頃のオフィスで、事務所員のように電話番などをしていたりした。
工藤がまだキー局のプロデューサーだった頃、万里子を起用したこともあり、知らない間柄ではなかったが、会社が船出したばかりでスポンサーや制作関係者の間を駆けずり回った上に万里子のマネジメントまでと、工藤はそれこそ今よりもっと大車輪のように動いていた。
やがて工藤の大学の同期であり会社の顧問弁護士でもある小田の紹介で入社した菊池が万里子のマネジメントを引き受け、さらに同じ頃鈴木さんが入ってくれたため、平造のオフィス業務は終了し、管理をしている工藤の別荘がある軽井沢に帰った。
その後局時代の悪友下柳の勧めでさらに志村義人を事務所で預かることになった。
ただし、志村と同じ劇団にいた小杉が志村のマネジメントを引き受けるということで同時に入社したので、工藤の負担がさほど増えたわけではないが、制作関係が忙しくなり、工藤は飽和状態だった。
その頃の万里子は徐々に仕事も増え、順調に人気も取り戻し始めていた。
あまりに忙しそうな工藤を見ていた万里子は、個人事務所の設立を提案した。
二人は話し合い、今後も仕事で協力していくことを前提にマネージャーの菊池とともに万里子は独立し、工藤の手元を離れた。
それから間もなく工藤が小林千雪の小説『花のふる日は』を映画化することになり、志村と万里子の出演が決まった。
以来万里子は主に映画を中心に活躍してきた。
今年も話題作に出演していたはずだ。
「さっきクランクアップだったんだ。これ、よかったらここに飾って」
万里子は抱えていた大きな花束を鈴木さんに渡した。
「あらまあ、ステキだこと!」
「撮影、終わったんですか? お疲れ様です」
良太も立ち上がって歓迎した。
「ここのプリン、美味しいのよ」
万里子は手に提げていたパティシェリーの紙袋を良太に差し出した。
「うわ、ありがとうございます万里子さん! 今お茶いれます」
鈴木さんは新しい花瓶をキッチンの棚から出して、万里子から受け取った花を鼻歌混じりで活けて大テーブルに飾った。
「珈琲入りましたよ」
良太は珈琲を入れて早速プリンと一緒にテーブルに置いた。
「いい香り」
窓際の大テーブルに座っていた万里子は、良太が出した珈琲を美味しそうに口にした。
「良太ちゃんて野球やってたんだよね?」
向かいに座ってプリンを堪能していた良太は、万里子を見た。
「ええ、ガキの頃からずっと大学までやってましたけど」
すると万里子はフフフと笑う。
「今度の映画でね、あたしセーラー服着たんだよ、高校生のシーンで。恥ずかしかったけど、少しだし、ほら、画面は加工されるから」
「絶対見たいです」
良太は断言した。
「そう、あたしが野球部のマネージャで、彼が野球部のピッチャーなのよ」
「ほんとですか? 俺もピッチャーだったんですよ」
「だったわね。きっと可愛かったでしょ、良太ちゃん」
さっき鈴木さんに言われたようなことをまた言われ、良太はまたハハハと空笑いする。
「あ、そういえば」
急に万里子が何かを思い出したように、声をあげた。
「ちょっと昔のことを思い出したのよ。あの時もロケで撮影してたんだけど」
「何ですか?」
良太はスプーンを持ったままキョトンとした顔で尋ねた。
「そう、もう十年くらい前になるわねぇ、工藤さんに誘われて千雪さん原作の『花のふる日は』に出たのね。確かあれは、横須賀だったか横浜だったか川崎だったか、とにかく神奈川のどこかだったはずなんだけど」
「へえ、『花のふる日は』って、千雪さんの映画の第一弾でしたよね?」
良太は映画の中の非常に美しかった桜のシーンを思い浮かべた。
「そうそう。工藤さんに急に原作者に会わせるって言われて、このオフィスに来たら、千雪さんがいて、あたし、初めはてっきり俳優さんかモデルさんだと思ったんだ。そしたら原作者だって言うでしょ? もうびっくりよ」
万里子は明るく笑う。
「ですよね~、あれは詐欺だ」
良太もうんうんと頷く。
「あ、それでね、ロケしていた場所の傍に高校があってね、もう、放課後だったのね、野球部がすぐ近くで練習してて。今の映画、高校時代の野球少年の彼っていう映像が割と出てくるもんだから、思い出したんだけど、ちょうどフェンスの近くに工藤さんが立ってて、撮影を睨み付けてたの」
「そうそう、あの人、睨んでなくても睨んでる顔してますもんね」
したり顔で良太は言った。
「その時ボールがフェンスの破れたところから飛んできて、工藤さんの近くに転がったのよ。すぐに野球部員の子たちが走ってきて、工藤さんに、すみません、って声をかけるんだけど、工藤さん、撮影のクルーさんをどやしつけてて、聞こえてないのよ。私、ちょうど休憩してたから、ボール取ってあげようと思って近づいたら」
工藤がまだキー局のプロデューサーだった頃、万里子を起用したこともあり、知らない間柄ではなかったが、会社が船出したばかりでスポンサーや制作関係者の間を駆けずり回った上に万里子のマネジメントまでと、工藤はそれこそ今よりもっと大車輪のように動いていた。
やがて工藤の大学の同期であり会社の顧問弁護士でもある小田の紹介で入社した菊池が万里子のマネジメントを引き受け、さらに同じ頃鈴木さんが入ってくれたため、平造のオフィス業務は終了し、管理をしている工藤の別荘がある軽井沢に帰った。
その後局時代の悪友下柳の勧めでさらに志村義人を事務所で預かることになった。
ただし、志村と同じ劇団にいた小杉が志村のマネジメントを引き受けるということで同時に入社したので、工藤の負担がさほど増えたわけではないが、制作関係が忙しくなり、工藤は飽和状態だった。
その頃の万里子は徐々に仕事も増え、順調に人気も取り戻し始めていた。
あまりに忙しそうな工藤を見ていた万里子は、個人事務所の設立を提案した。
二人は話し合い、今後も仕事で協力していくことを前提にマネージャーの菊池とともに万里子は独立し、工藤の手元を離れた。
それから間もなく工藤が小林千雪の小説『花のふる日は』を映画化することになり、志村と万里子の出演が決まった。
以来万里子は主に映画を中心に活躍してきた。
今年も話題作に出演していたはずだ。
「さっきクランクアップだったんだ。これ、よかったらここに飾って」
万里子は抱えていた大きな花束を鈴木さんに渡した。
「あらまあ、ステキだこと!」
「撮影、終わったんですか? お疲れ様です」
良太も立ち上がって歓迎した。
「ここのプリン、美味しいのよ」
万里子は手に提げていたパティシェリーの紙袋を良太に差し出した。
「うわ、ありがとうございます万里子さん! 今お茶いれます」
鈴木さんは新しい花瓶をキッチンの棚から出して、万里子から受け取った花を鼻歌混じりで活けて大テーブルに飾った。
「珈琲入りましたよ」
良太は珈琲を入れて早速プリンと一緒にテーブルに置いた。
「いい香り」
窓際の大テーブルに座っていた万里子は、良太が出した珈琲を美味しそうに口にした。
「良太ちゃんて野球やってたんだよね?」
向かいに座ってプリンを堪能していた良太は、万里子を見た。
「ええ、ガキの頃からずっと大学までやってましたけど」
すると万里子はフフフと笑う。
「今度の映画でね、あたしセーラー服着たんだよ、高校生のシーンで。恥ずかしかったけど、少しだし、ほら、画面は加工されるから」
「絶対見たいです」
良太は断言した。
「そう、あたしが野球部のマネージャで、彼が野球部のピッチャーなのよ」
「ほんとですか? 俺もピッチャーだったんですよ」
「だったわね。きっと可愛かったでしょ、良太ちゃん」
さっき鈴木さんに言われたようなことをまた言われ、良太はまたハハハと空笑いする。
「あ、そういえば」
急に万里子が何かを思い出したように、声をあげた。
「ちょっと昔のことを思い出したのよ。あの時もロケで撮影してたんだけど」
「何ですか?」
良太はスプーンを持ったままキョトンとした顔で尋ねた。
「そう、もう十年くらい前になるわねぇ、工藤さんに誘われて千雪さん原作の『花のふる日は』に出たのね。確かあれは、横須賀だったか横浜だったか川崎だったか、とにかく神奈川のどこかだったはずなんだけど」
「へえ、『花のふる日は』って、千雪さんの映画の第一弾でしたよね?」
良太は映画の中の非常に美しかった桜のシーンを思い浮かべた。
「そうそう。工藤さんに急に原作者に会わせるって言われて、このオフィスに来たら、千雪さんがいて、あたし、初めはてっきり俳優さんかモデルさんだと思ったんだ。そしたら原作者だって言うでしょ? もうびっくりよ」
万里子は明るく笑う。
「ですよね~、あれは詐欺だ」
良太もうんうんと頷く。
「あ、それでね、ロケしていた場所の傍に高校があってね、もう、放課後だったのね、野球部がすぐ近くで練習してて。今の映画、高校時代の野球少年の彼っていう映像が割と出てくるもんだから、思い出したんだけど、ちょうどフェンスの近くに工藤さんが立ってて、撮影を睨み付けてたの」
「そうそう、あの人、睨んでなくても睨んでる顔してますもんね」
したり顔で良太は言った。
「その時ボールがフェンスの破れたところから飛んできて、工藤さんの近くに転がったのよ。すぐに野球部員の子たちが走ってきて、工藤さんに、すみません、って声をかけるんだけど、工藤さん、撮影のクルーさんをどやしつけてて、聞こえてないのよ。私、ちょうど休憩してたから、ボール取ってあげようと思って近づいたら」
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