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秋の陽 3
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へえ、と万里子の話を聞いていた良太だが、何だかそのシーンが頭に浮かぶようだった。
「野球少年の一人が、すみません、ボール取ってください、って大きな声で叫んだのよ。やっと工藤さん気が付いて、振り向いて足元のボールを投げてやったんだけどね」
よほどその時のことがおかしいらしくまた万里子は笑う。
「そしたら、ボールを受け取った野球少年が、帽子を取って、ありがとうございました、って言ったあとに、一緒にいた子に、なんか、すっげー鬼みてぇな顔で睨んでたぜ、あのオッサン、って。もう私おかしくて笑っちゃって、まだ覚えてる」
良太は万里子の話を聞いているうちに、妙な感覚に襲われた。
「工藤さんもしっかり聞こえてたみたいで、余計に眉間に皺寄せちゃって。まあねえ、十五や十六の子たちからすれば、アラサーとかでもオッサンなんだと思うけど、あの頃の工藤さん、メチャもてだったのにね~」
アハハと笑う万里子に、良太も笑って見せるが、妙な感覚はさらに強くなる。
えええと、何で、俺、こんなに鮮明に、工藤の顔が目に浮かぶんだ?
「……そのロケって、川崎とかじゃあなかったですよね?」
良太はちょっと万里子に確認してみた。
「うーん、それがよく覚えてないのよね、回想シーンで、あ、でも映画を見ればわかるかもだけど、ちょっと恥ずかしくてあの頃の自分の演技とか見られないの」
高校生って可愛いわよね~などと鈴木さんと笑い合っている万里子は、今年三十四歳、青山プロダクションの嘱託カメラマン井上と結婚して、一層演技にも美貌にも磨きがかかったという評判もある。
演技というより自然体のナチュラル感が年齢を問わず好感を与えているようだ。
「十年前………」
一方、妙な感覚から抜け出せない良太は、一人呟いた。
って、俺、野球、当然、やってたよな。
いや、まさかね~。
そんな、都合のいい、ってか、偶然、ってか………
「ハハハ………まさかね………」
良太は窓に向かって首を横に振った。
「透明人間と話してるのか?」
唐突に後ろから低いドスの聞いた声がした。
「わっ!」
後ろを振り返った良太はつい喚いた。
「社長、いつの間に帰ってきたんです? お疲れ様です」
工藤が帰ってきたのも気づかず、良太はああだこうだと思いを巡らせていたのだ。
フン、と鼻で笑い、工藤は奥の自分のデスクに向かう。
「あら、お疲れ様、工藤さん」
キッチンにいた鈴木さんと万里子が出てきた。
「来てたのか、万里子」
鈴木さんがすかさずお茶を持ってきて工藤のデスクの上に置いた。
「お疲れ様です」
「ありがとう」
工藤はブリーフケースを開いてタブレットを取り出した。
「そうだ、ねえ、工藤さん、ほら、千雪さんの最初の映画、あの時、ロケ行ったでしょう? 横浜だっけ? 横須賀? 何か、高校の野球部の傍の」
「川崎だ」
「川崎!?」
万里子の質問に、即答する工藤に呼応するように良太が声を上げた。
「マジ?…え?」
「何をきょどってるんだ? 良太」
一人でまた首を振る良太に、すかさず工藤が突っ込みを入れる。
「え、あ、え、いや、別に………何でも」
何で?
良太は自分のデスクに戻り、パソコンのモニターを睨み付けた。
頭の中はかなりざわついていた。
というより、脳裏に浮かんでいた男の顔が鮮明になり、勢いよくその時のシーンが蘇った。
高校二年生の時のよく晴れた秋の放課後のことだ。
地区大会を控えてその日も練習をしていた。
良太の大暴投でちょうどネットの破れ目からボールが外に飛び出してしまった。
運悪くすぐ近くでロケをしていた一団の方へ転がっていった。
良太とキャッチャーの肇は慌てて走り寄って、ボールの傍に立つ男に声をかけたのだが。
「こええええ、鬼みたいに睨んでんだぜ? あのオッサン!」
ようやくボールを返してくれたものの、男に思い切り睨まれた良太はつい声高になった。
「おい、聞こえるぞ、良太」
肇は良太を窘めながらロケ現場を振り返ったので、良太も思わず振り返ると、まだそのオッサンがこちを睨んでいた。
キーボードの上の手が止まる。
ついつい口元がへの字になってしまう。
ってか何?
まるで運命のなんちゃらとか?
ウッソだろお?
ニアミス!?
良太は眉を顰めながら苦笑する。
「今度は変顔の練習か? 夕方には戻る」
また出かけるらしい工藤は怪訝な顔で傍を歩きしな良太に声をかけた。
「あ、あ、いってらっしゃい」
「工藤さん、相変わらず忙しいわねえ」
仕事が終わった解放感からか万里子はのんびりと口にした。
「川崎だったんだ、あれ」
万里子はまたさっきの話題に戻る。
「何か、でも、いいよねぇ、高校生とかに戻りたいなあ」
万里子がため息交じりに言った。
「万里子さん、高校生の時からドラマに出てらしたわね」
鈴木さんが言った。
「そうなんだ。一年の時だけよ、高校生活満喫できたの、二年からこの世界に入っちゃったから。今でも思うのよ、あの時、スカウトの人に断ってたら、また違う人生だったんだとか。そしたら、ごく普通に高校生やって、大学も行って、普通にOLとかになって、普通に結婚してたなって」
「そうね、誰にでも岐路ってあるかもしれないわね」
鈴木さんもしみじみとほほ笑んだ。
「野球少年の一人が、すみません、ボール取ってください、って大きな声で叫んだのよ。やっと工藤さん気が付いて、振り向いて足元のボールを投げてやったんだけどね」
よほどその時のことがおかしいらしくまた万里子は笑う。
「そしたら、ボールを受け取った野球少年が、帽子を取って、ありがとうございました、って言ったあとに、一緒にいた子に、なんか、すっげー鬼みてぇな顔で睨んでたぜ、あのオッサン、って。もう私おかしくて笑っちゃって、まだ覚えてる」
良太は万里子の話を聞いているうちに、妙な感覚に襲われた。
「工藤さんもしっかり聞こえてたみたいで、余計に眉間に皺寄せちゃって。まあねえ、十五や十六の子たちからすれば、アラサーとかでもオッサンなんだと思うけど、あの頃の工藤さん、メチャもてだったのにね~」
アハハと笑う万里子に、良太も笑って見せるが、妙な感覚はさらに強くなる。
えええと、何で、俺、こんなに鮮明に、工藤の顔が目に浮かぶんだ?
「……そのロケって、川崎とかじゃあなかったですよね?」
良太はちょっと万里子に確認してみた。
「うーん、それがよく覚えてないのよね、回想シーンで、あ、でも映画を見ればわかるかもだけど、ちょっと恥ずかしくてあの頃の自分の演技とか見られないの」
高校生って可愛いわよね~などと鈴木さんと笑い合っている万里子は、今年三十四歳、青山プロダクションの嘱託カメラマン井上と結婚して、一層演技にも美貌にも磨きがかかったという評判もある。
演技というより自然体のナチュラル感が年齢を問わず好感を与えているようだ。
「十年前………」
一方、妙な感覚から抜け出せない良太は、一人呟いた。
って、俺、野球、当然、やってたよな。
いや、まさかね~。
そんな、都合のいい、ってか、偶然、ってか………
「ハハハ………まさかね………」
良太は窓に向かって首を横に振った。
「透明人間と話してるのか?」
唐突に後ろから低いドスの聞いた声がした。
「わっ!」
後ろを振り返った良太はつい喚いた。
「社長、いつの間に帰ってきたんです? お疲れ様です」
工藤が帰ってきたのも気づかず、良太はああだこうだと思いを巡らせていたのだ。
フン、と鼻で笑い、工藤は奥の自分のデスクに向かう。
「あら、お疲れ様、工藤さん」
キッチンにいた鈴木さんと万里子が出てきた。
「来てたのか、万里子」
鈴木さんがすかさずお茶を持ってきて工藤のデスクの上に置いた。
「お疲れ様です」
「ありがとう」
工藤はブリーフケースを開いてタブレットを取り出した。
「そうだ、ねえ、工藤さん、ほら、千雪さんの最初の映画、あの時、ロケ行ったでしょう? 横浜だっけ? 横須賀? 何か、高校の野球部の傍の」
「川崎だ」
「川崎!?」
万里子の質問に、即答する工藤に呼応するように良太が声を上げた。
「マジ?…え?」
「何をきょどってるんだ? 良太」
一人でまた首を振る良太に、すかさず工藤が突っ込みを入れる。
「え、あ、え、いや、別に………何でも」
何で?
良太は自分のデスクに戻り、パソコンのモニターを睨み付けた。
頭の中はかなりざわついていた。
というより、脳裏に浮かんでいた男の顔が鮮明になり、勢いよくその時のシーンが蘇った。
高校二年生の時のよく晴れた秋の放課後のことだ。
地区大会を控えてその日も練習をしていた。
良太の大暴投でちょうどネットの破れ目からボールが外に飛び出してしまった。
運悪くすぐ近くでロケをしていた一団の方へ転がっていった。
良太とキャッチャーの肇は慌てて走り寄って、ボールの傍に立つ男に声をかけたのだが。
「こええええ、鬼みたいに睨んでんだぜ? あのオッサン!」
ようやくボールを返してくれたものの、男に思い切り睨まれた良太はつい声高になった。
「おい、聞こえるぞ、良太」
肇は良太を窘めながらロケ現場を振り返ったので、良太も思わず振り返ると、まだそのオッサンがこちを睨んでいた。
キーボードの上の手が止まる。
ついつい口元がへの字になってしまう。
ってか何?
まるで運命のなんちゃらとか?
ウッソだろお?
ニアミス!?
良太は眉を顰めながら苦笑する。
「今度は変顔の練習か? 夕方には戻る」
また出かけるらしい工藤は怪訝な顔で傍を歩きしな良太に声をかけた。
「あ、あ、いってらっしゃい」
「工藤さん、相変わらず忙しいわねえ」
仕事が終わった解放感からか万里子はのんびりと口にした。
「川崎だったんだ、あれ」
万里子はまたさっきの話題に戻る。
「何か、でも、いいよねぇ、高校生とかに戻りたいなあ」
万里子がため息交じりに言った。
「万里子さん、高校生の時からドラマに出てらしたわね」
鈴木さんが言った。
「そうなんだ。一年の時だけよ、高校生活満喫できたの、二年からこの世界に入っちゃったから。今でも思うのよ、あの時、スカウトの人に断ってたら、また違う人生だったんだとか。そしたら、ごく普通に高校生やって、大学も行って、普通にOLとかになって、普通に結婚してたなって」
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鈴木さんもしみじみとほほ笑んだ。
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