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秋の陽 5
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「何なら、俺も今夜は暇だぞ」
ニヤニヤと良太の後ろから声がかかる。
「やあだもう、工藤さんの苦み走った顔見ながらディナーとか、ないわー。あ、でも、じゃあ、工藤さんに請求書回すから、秋山さん、どうせ一人でしょ? ご飯行こ?」
アスカが毒を吐いて立ち上がった。
「しょうがないですね。それじゃ、お先に失礼します」
秋山は工藤と良太に言うと、アスカを伴ってオフィスを出た。
「せっかく工藤さん暇なのに、良太のお邪魔虫にはなりたくないわよ」
階段を降りながら、アスカはボソリと秋山に行った。
「ま、そうですね。で、どこ行きます?」
「そうねぇ、最近、ちょっと評判のイタリアンにしようよ」
「お寿司かお肉じゃないんですか?」
「気が変わったの」
そんなやり取りは良太にはもう聞こえなかったが、秋山とアスカは一見似合いの恋人同士のようにずっと一緒にいる。
二人ともそういう雰囲気ってないんだろうか?
ついつい老婆心ながら、そんなことを考えてしまう。
まあ、でも、それ言ったら、佐々木さんと直ちゃんなんか、絶対恋人同士にしか見えないもんな。
良太は美貌のクリエイターとそのアシスタントの顔を思い浮かべる。
実際は家族のようなものみたいだけど。
俺と工藤なんか、もろ社長とその部下以外ないしな。
「じゃあ、良太、メシ、行くか」
フンとほくそ笑んで二人を見送った工藤だが、アスカの余計なお世話なところは見抜いている。
「はい。どこ行きます?!」
待ってました、とばかりに良太は振り返った。
「何が食いたい?」
「え、うーん、麻布住吉とか?」
西麻布にある割烹料理の店である。
「肉がっつりとかじゃなくていいのか?」
「あそこの肉もしゃぶしゃぶですんげ美味かったじゃないですか」
「フン、ま、いいさ」
工藤は苦笑する。
実際、ゆっくり酒が飲みたい気分だったので、フレンチだのイタリアンだの肉がっつりだのは遠慮したかった。
良太もそこのところはわかっているのだろうが、良太は何でも美味そうに食べるので、そこはあまり気にしていない。
「ちょっと俺、ニャンコらにご飯やってきます」
スキップしそうな足取りで良太は自分の部屋へ向かった。
鈴木さんをはじめとして社員たちはもうあの事件のことにはもう触れたくもないのだろう。
が、時折、平穏無事って何よりね、などと呟いている鈴木さんを見ると、工藤自身も心の内では確かに、と頷いていた。
勾留されている間には、世の中を冷ややかに見降ろしていたかつてのギスギスしていた自分に戻りかけた。
だが、戻り切らなかったのは、社員たちが懸命に自分のために動いてくれていると小田から聞いたことがあった。
それに何かにつけて、気を張っていても心のうちでは悔し涙を流している違いない良太を思うと、結局世の中を捨てられなかったのだ。
フン、良太のお陰ってか?
口に出したりはしないが、そんなことを思う。
麻布住吉に電話を入れると、快く二人の席を取ってくれた。
タクシーで店に向かうと、いつもあまり笑わない大将が、工藤の顔を見ると、いらっしゃい、と少し笑みを浮かべた。
戻り鰹の向付、秋鮭のかぶら蒸し、焼き松茸、和牛のしゃぶしゃぶと、向かいで健啖ぶりを発揮している良太を見ながら酒を傾ける工藤は、案外、秋の夜らしい献立で良太の選択はよかったじゃないかと思う。
大抵、最後のデザートは良太にやるのだが、栗きんとんというシロモノに少し心惹かれた。
子供の頃、曾祖母が作ってくれた栗きんとんは絶妙だった。
煮た栗を裏ごしし、茶巾で絞るように形を整える。
一緒に出された抹茶はまだ子供で苦手だったが、あの栗きんとんは、どんな菓子職人の菓子にも劣らない気がした。
工藤が知る数少ない家庭の味だった。
いつものように、栗きんとんの乗った皿を良太の方へ押しやったものの、一口くれ、と黒もじで割った。
「珍しい、栗きんとん、好きなんだ?」
良太がほんとに珍し気に工藤を見た。
「たまにな」
押しつけがましくない甘みはプロの味だ。
「うまあ」
良太はほんとにとろけそうな顔でパクっと食べてしまう。
「ガキの頃、俺を育てたひいばあさんが秋になると、庭に落ちた栗で作ってくれたのさ」
「すんげ、こんな上品なもの作れるんだ? うちの母親なんか、プリンとかケーキくらいは作ってくれたけど、こんなのぜってぇ無理!」
あっという間に平らげてお茶を飲む良太を工藤はフンと鼻で笑う。
「まったくお前はしあわせなやつだな」
「何だよ、それ」
眉を顰める良太の百面相は可愛いかも知れない。
などと思ってしまい、工藤はまた自嘲した。
比較的ゆっくりしてから店を出ると、空には下弦の月が浮かんでいた。
満ちるには遠いが、今夜は空気が澄んでいるのか光が強い。
ニヤニヤと良太の後ろから声がかかる。
「やあだもう、工藤さんの苦み走った顔見ながらディナーとか、ないわー。あ、でも、じゃあ、工藤さんに請求書回すから、秋山さん、どうせ一人でしょ? ご飯行こ?」
アスカが毒を吐いて立ち上がった。
「しょうがないですね。それじゃ、お先に失礼します」
秋山は工藤と良太に言うと、アスカを伴ってオフィスを出た。
「せっかく工藤さん暇なのに、良太のお邪魔虫にはなりたくないわよ」
階段を降りながら、アスカはボソリと秋山に行った。
「ま、そうですね。で、どこ行きます?」
「そうねぇ、最近、ちょっと評判のイタリアンにしようよ」
「お寿司かお肉じゃないんですか?」
「気が変わったの」
そんなやり取りは良太にはもう聞こえなかったが、秋山とアスカは一見似合いの恋人同士のようにずっと一緒にいる。
二人ともそういう雰囲気ってないんだろうか?
ついつい老婆心ながら、そんなことを考えてしまう。
まあ、でも、それ言ったら、佐々木さんと直ちゃんなんか、絶対恋人同士にしか見えないもんな。
良太は美貌のクリエイターとそのアシスタントの顔を思い浮かべる。
実際は家族のようなものみたいだけど。
俺と工藤なんか、もろ社長とその部下以外ないしな。
「じゃあ、良太、メシ、行くか」
フンとほくそ笑んで二人を見送った工藤だが、アスカの余計なお世話なところは見抜いている。
「はい。どこ行きます?!」
待ってました、とばかりに良太は振り返った。
「何が食いたい?」
「え、うーん、麻布住吉とか?」
西麻布にある割烹料理の店である。
「肉がっつりとかじゃなくていいのか?」
「あそこの肉もしゃぶしゃぶですんげ美味かったじゃないですか」
「フン、ま、いいさ」
工藤は苦笑する。
実際、ゆっくり酒が飲みたい気分だったので、フレンチだのイタリアンだの肉がっつりだのは遠慮したかった。
良太もそこのところはわかっているのだろうが、良太は何でも美味そうに食べるので、そこはあまり気にしていない。
「ちょっと俺、ニャンコらにご飯やってきます」
スキップしそうな足取りで良太は自分の部屋へ向かった。
鈴木さんをはじめとして社員たちはもうあの事件のことにはもう触れたくもないのだろう。
が、時折、平穏無事って何よりね、などと呟いている鈴木さんを見ると、工藤自身も心の内では確かに、と頷いていた。
勾留されている間には、世の中を冷ややかに見降ろしていたかつてのギスギスしていた自分に戻りかけた。
だが、戻り切らなかったのは、社員たちが懸命に自分のために動いてくれていると小田から聞いたことがあった。
それに何かにつけて、気を張っていても心のうちでは悔し涙を流している違いない良太を思うと、結局世の中を捨てられなかったのだ。
フン、良太のお陰ってか?
口に出したりはしないが、そんなことを思う。
麻布住吉に電話を入れると、快く二人の席を取ってくれた。
タクシーで店に向かうと、いつもあまり笑わない大将が、工藤の顔を見ると、いらっしゃい、と少し笑みを浮かべた。
戻り鰹の向付、秋鮭のかぶら蒸し、焼き松茸、和牛のしゃぶしゃぶと、向かいで健啖ぶりを発揮している良太を見ながら酒を傾ける工藤は、案外、秋の夜らしい献立で良太の選択はよかったじゃないかと思う。
大抵、最後のデザートは良太にやるのだが、栗きんとんというシロモノに少し心惹かれた。
子供の頃、曾祖母が作ってくれた栗きんとんは絶妙だった。
煮た栗を裏ごしし、茶巾で絞るように形を整える。
一緒に出された抹茶はまだ子供で苦手だったが、あの栗きんとんは、どんな菓子職人の菓子にも劣らない気がした。
工藤が知る数少ない家庭の味だった。
いつものように、栗きんとんの乗った皿を良太の方へ押しやったものの、一口くれ、と黒もじで割った。
「珍しい、栗きんとん、好きなんだ?」
良太がほんとに珍し気に工藤を見た。
「たまにな」
押しつけがましくない甘みはプロの味だ。
「うまあ」
良太はほんとにとろけそうな顔でパクっと食べてしまう。
「ガキの頃、俺を育てたひいばあさんが秋になると、庭に落ちた栗で作ってくれたのさ」
「すんげ、こんな上品なもの作れるんだ? うちの母親なんか、プリンとかケーキくらいは作ってくれたけど、こんなのぜってぇ無理!」
あっという間に平らげてお茶を飲む良太を工藤はフンと鼻で笑う。
「まったくお前はしあわせなやつだな」
「何だよ、それ」
眉を顰める良太の百面相は可愛いかも知れない。
などと思ってしまい、工藤はまた自嘲した。
比較的ゆっくりしてから店を出ると、空には下弦の月が浮かんでいた。
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