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たまにはクリスマスを 4
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綾小路家の隠れ家的料亭、時にはレストランにもなる『泉水』は周りを塀で囲まれた一見して古い大きな屋敷だった。
その夜のディナーは、フレンチをベースにしたオーナーシェフ泉水の創作料理だが、小夜子や千雪に合わせて量はそこそこ、プロバンス風のホタテや牛肉の煮込みが実に美味い。
デザートはクリスマスバージョンで小さなブッシュドノエルにフローマージュブランのタルトがイチゴやベリーで彩られている。
もちろん、客は二人だけだ。
「今年もクリスマスはないの?」
「ないなあ」
フェラガモの黒いニットドレスに、プチダイヤのネックレスとシンプルな装いも小夜子に良く似合っている。
「あ、チビさんたちや大に俺と京助からプレゼント送っといたで? 二十四日には着く思う」
「ありがとう。みんな喜ぶと思うけど、一緒にクリスマスを過ごしたのって、あなたたちがニューヨークに留学してた時、パリまで来てくれた、その時だけよ?」
「あーあ、そんなこともあったなあ」
あの頃はほんとのんびりクリスマス休暇を満喫していた。
「あれやな、俺らがクリスマスを過ごすには、またどっか行くしかないんちがう? 年末は事件や事故が増えて、京助らもてんてこ舞いらしいし」
しれっと口にする千雪を見て、小夜子は一つ溜息をつく。
「しょうがないわねえ」
「その代わり、年明けたら初釜も顔出すし、京都には三が日明けたら行こ思てる。それにスキー合宿に京助なんか力入れとるしな。今年は一月の終わり頃から二月にかけてまとめて休暇取るし」
「そうね、でも年末、ムリして身体壊したりだけはしないでね」
「ああ、わかっとるて」
だが、毎年のスケジュールを、いきなり京助は変えろという。
週末、どこか行くつもりやろか。
一応、金曜の夜までに多部に文句を言われないように原稿をあげようと、部屋に戻った千雪は愛犬のシルビーを散歩に連れていってから、パソコンに向かった。
毛布をはぎ取られて起こされたのは、金曜の夕方のことだ。
多部に追いかけられないようにと、なんとか原稿を送ったのは午後二時頃だった。
それから千雪は泥のように眠り込んでいた。
「どうせ何も用意してねえんだろ」
京助は勝手知ったるで、千雪のキャリーケースに衣類や下着やたったか詰込み、着替えのセーターとパンツを放ってよこした。
「何や……もう徹夜続きでやっと寝られたん昼過ぎやで」
欠伸をしながら、千雪は文句を言った。
「車の中で寝ていけばいい。たったか着替えろ」
京助はシルビーの車用の必需品、毛布やハーネス、水やご飯用の器、などなどをひとまとめにして大き目のトートバッグに入れると、シルビーを散歩に連れ出した。
「戻るまでに用意しとけよ」
その背中を睨み付けながら、「フン、命令しよってからに!」と千雪は喚く。
京助も忙しいところを無理やり時間を作ったのだろう、法医学教室にもシフトはあるようだが、事件や事故は予定が立たないため何かにつけて呼び出されるから、意味を成していない。
それだけ富永教授も京助を頼りにしているようだ。
とりあえずトイレに立った千雪だが、頭がまだ薄らぼんやりしていて身体が覚めない。
シャワーを浴びて、バスローブでウロウロしているところへ、京助とシルビーが戻ってきた。
京助はシルビーに水を飲ませると、冷蔵庫からサンドイッチを取り出した。
「向こうに着いてから飯にするが、どうせ、小腹が空いてるんだろ」
そこのところも千雪よりよくわかっていて、京助はいつ食べてもいいようにとサンドイッチを多めに作っておいた。
コーヒーを淹れて、ダイニングテーブルに座った千雪の向かいに京助も腰を下ろした。
「車で行くんか? ってか、どこ?」
千雪は肝心要のことを問う。
「白馬」
京助は単語だけを口にした。
「白馬あ?」
「軽井沢のでかい屋敷に二人とか、寒すぎるだろ」
「まあ………」
「それに、俺らがあそこにいることが筒抜けになるからな、うちに」
千雪もそれは何となく嫌だった。
おそらく管理人から綾小路の執事藤原に連絡が行くのは目に見えている。
そうすると小夜子や紫紀にも筒抜けになるわけで。
「大体、今頃、東洋商事の連中が使ったりしてるだろ。早いとこ予約でもしておかなけりゃ、この週末使うのは無理だ。知らない連中と一緒ってのもごめんだしな」
軽井沢にある大きな別荘は、綾小路家の所有だが、東洋グループの社員なら予約制で利用できる。
食事以外無料だから、クリスマスや夏休みなどシーズンは争奪戦だ。
綾小路家のイベントは既に前年度に決定するので、それにぶつからなければいいのだ。
部屋もリノベーションを施して、使い勝手がよく、しかも大風呂は温泉ときている。
企業の福利厚生制度にしては大盤振る舞いだ。
あの年代物の大きな屋敷はまだ探検しきれていないところがあるし、千雪は嫌いではないが、京助の言うように、ホテルならまだしも知らない人間と一緒に過ごすのはごめんこうむりたい。
その夜のディナーは、フレンチをベースにしたオーナーシェフ泉水の創作料理だが、小夜子や千雪に合わせて量はそこそこ、プロバンス風のホタテや牛肉の煮込みが実に美味い。
デザートはクリスマスバージョンで小さなブッシュドノエルにフローマージュブランのタルトがイチゴやベリーで彩られている。
もちろん、客は二人だけだ。
「今年もクリスマスはないの?」
「ないなあ」
フェラガモの黒いニットドレスに、プチダイヤのネックレスとシンプルな装いも小夜子に良く似合っている。
「あ、チビさんたちや大に俺と京助からプレゼント送っといたで? 二十四日には着く思う」
「ありがとう。みんな喜ぶと思うけど、一緒にクリスマスを過ごしたのって、あなたたちがニューヨークに留学してた時、パリまで来てくれた、その時だけよ?」
「あーあ、そんなこともあったなあ」
あの頃はほんとのんびりクリスマス休暇を満喫していた。
「あれやな、俺らがクリスマスを過ごすには、またどっか行くしかないんちがう? 年末は事件や事故が増えて、京助らもてんてこ舞いらしいし」
しれっと口にする千雪を見て、小夜子は一つ溜息をつく。
「しょうがないわねえ」
「その代わり、年明けたら初釜も顔出すし、京都には三が日明けたら行こ思てる。それにスキー合宿に京助なんか力入れとるしな。今年は一月の終わり頃から二月にかけてまとめて休暇取るし」
「そうね、でも年末、ムリして身体壊したりだけはしないでね」
「ああ、わかっとるて」
だが、毎年のスケジュールを、いきなり京助は変えろという。
週末、どこか行くつもりやろか。
一応、金曜の夜までに多部に文句を言われないように原稿をあげようと、部屋に戻った千雪は愛犬のシルビーを散歩に連れていってから、パソコンに向かった。
毛布をはぎ取られて起こされたのは、金曜の夕方のことだ。
多部に追いかけられないようにと、なんとか原稿を送ったのは午後二時頃だった。
それから千雪は泥のように眠り込んでいた。
「どうせ何も用意してねえんだろ」
京助は勝手知ったるで、千雪のキャリーケースに衣類や下着やたったか詰込み、着替えのセーターとパンツを放ってよこした。
「何や……もう徹夜続きでやっと寝られたん昼過ぎやで」
欠伸をしながら、千雪は文句を言った。
「車の中で寝ていけばいい。たったか着替えろ」
京助はシルビーの車用の必需品、毛布やハーネス、水やご飯用の器、などなどをひとまとめにして大き目のトートバッグに入れると、シルビーを散歩に連れ出した。
「戻るまでに用意しとけよ」
その背中を睨み付けながら、「フン、命令しよってからに!」と千雪は喚く。
京助も忙しいところを無理やり時間を作ったのだろう、法医学教室にもシフトはあるようだが、事件や事故は予定が立たないため何かにつけて呼び出されるから、意味を成していない。
それだけ富永教授も京助を頼りにしているようだ。
とりあえずトイレに立った千雪だが、頭がまだ薄らぼんやりしていて身体が覚めない。
シャワーを浴びて、バスローブでウロウロしているところへ、京助とシルビーが戻ってきた。
京助はシルビーに水を飲ませると、冷蔵庫からサンドイッチを取り出した。
「向こうに着いてから飯にするが、どうせ、小腹が空いてるんだろ」
そこのところも千雪よりよくわかっていて、京助はいつ食べてもいいようにとサンドイッチを多めに作っておいた。
コーヒーを淹れて、ダイニングテーブルに座った千雪の向かいに京助も腰を下ろした。
「車で行くんか? ってか、どこ?」
千雪は肝心要のことを問う。
「白馬」
京助は単語だけを口にした。
「白馬あ?」
「軽井沢のでかい屋敷に二人とか、寒すぎるだろ」
「まあ………」
「それに、俺らがあそこにいることが筒抜けになるからな、うちに」
千雪もそれは何となく嫌だった。
おそらく管理人から綾小路の執事藤原に連絡が行くのは目に見えている。
そうすると小夜子や紫紀にも筒抜けになるわけで。
「大体、今頃、東洋商事の連中が使ったりしてるだろ。早いとこ予約でもしておかなけりゃ、この週末使うのは無理だ。知らない連中と一緒ってのもごめんだしな」
軽井沢にある大きな別荘は、綾小路家の所有だが、東洋グループの社員なら予約制で利用できる。
食事以外無料だから、クリスマスや夏休みなどシーズンは争奪戦だ。
綾小路家のイベントは既に前年度に決定するので、それにぶつからなければいいのだ。
部屋もリノベーションを施して、使い勝手がよく、しかも大風呂は温泉ときている。
企業の福利厚生制度にしては大盤振る舞いだ。
あの年代物の大きな屋敷はまだ探検しきれていないところがあるし、千雪は嫌いではないが、京助の言うように、ホテルならまだしも知らない人間と一緒に過ごすのはごめんこうむりたい。
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