プラスチック・ファンタジア ~デザインナイフで作る異界のダンジョン~

蕪菁

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第四幕【日常を始めるために】

4-6【初めてのニッパー】

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 さて、俺が異世界事情と向き合うことになって一週間が経った。

 最初の時こそあらゆる情報が俺に目掛け一斉に襲い掛かってきたものだが、以降は何だかんだ平和なものだ。

 フィーちゃんは生活基盤を整えるためのバイトに勤しんでいるし、リーンシェッテは相変わらずタケルとして神主さんの所で世話になっている。

 世界の狭間に迷宮を作るという重大な使命を帯びている割には、平凡な日常といっても差支えない。


 とはいえボーっとしているわけではない。まず俺はアットライフを含めた模型店に足を運ぶ頻度が増えた。

 今後フィーちゃんからの要求にできるだけ応えられるよう道具や材料の品定めをしている感じだ。

 道具は元々あるものでも十分かもしれないが、材料についてはこれまで触ったことのないものを試す機会もあるだろう。




 そんなこんなで、俺はアットライフの塗料が置かれている棚を物色しつつ、店内の様子を覗く。

 今日は某有名メーカーの新商品発売日。

 開店直後から多くの人が店内に押し寄せ、カウンターでは神主さん、そしてもう一人の女性店員がフィーちゃんを挟むように並んで対応している。


「はいはい。ちょうど頂きましたよっと」


 手際よくレジ打ちを済ませていく神主さん。

 こういう時はちゃんと仕事するんだよな、何だかんだ。


「次のお客様どうぞー」


 そして対応していた客を見送る間もなく、次の客の応対を始める女性店員。

 白いTシャツと店員に支給される藍色のデニムエプロンというラフな格好をしているが、彼女こそ神主さんが彩ちゃんと呼ぶ山の上の神社の巫女さんだ。

 美人というよりはかっこいい系の容姿が特徴で、俺が見るときはいつも長い黒髪を上の方で団子にしてまとめている。

 一度だけ神事の時に髪を下ろした巫女装束の姿を見たことがあるが、普段の様相とのギャップが結構すごかったな。


 まあ、それでも彩さんとは常連程度の付き合いしかない。

 店のこと以外で話す機会もないし、どういう人なのかは正直分からない。

 店長の道楽から始めた店の手伝いをしてくれているんだから、きっといい人なのだろう。


「い、いらっしゃいませー」


 そんな仕事を順調にこなす二人を見つつ、二人と同じエプロンをまとったフィーちゃんも頑張って客の応対を進める。

 バイトを始めて一週間の彼女の手際は、さすがに長年やっている二人にはかなわない。

 それでも丁寧にミスなくこなす姿は神主さんからも好評だ。わざわざ俺に報告するくらいには。


 そんなレジ周りの様子を眺めていたところ、不意にフィーちゃんの表情が曇ったのを察する。

 彼女は手元に置いてある商品を見つめた後、どこか申し訳なさげに目の前の客へと視線を移した。


「お客様、こちらの商品はおひとりさまに付き一つと限定されていまして」


 ああ、そういう……。

 昨今のプラモデル需要の高さから、新商品が一人一つってのはもはや珍しくない制限だ。

 しかしそういったことを気にしない客というのも当然いるわけで。

 フィーちゃんが困った様子を見せたのも、初めてこういった状況に鉢合わせてしまったためだろう。


 だが応対する客はよりによって中年のガタイがいい男。

 一見すると特徴のないどこにでもいるタイプだが、日頃の行いが容姿からは窺えないことなどよくある話だ。


「もう一つは外で待ってる連れの分なんで」
「申し訳ございません。そのような場合でもご購入される方に直接お会計を済ませていただくことになっています」
「いいから早くしてよ。急いでるんだから」


 丁寧に話をするフィーちゃんに対し、客の男はどこか威圧的な様子で聞く耳を持たない。

 きっと相手が子供だからと高を括っているのだろう。

 隣には神主さんや彩さんがいるというのによくやるなぁ。


 しかしフィーちゃんは二人に頼るようなことはせず、あくまで接客としての態度を崩さない。

 よく見ると二人に対し大丈夫だと目くばせをしているような仕草も見える。

 そして自分より大柄な相手でも、臆する様子を一切見せていない。


「お急ぎでしたら、お客様の分のお会計を済ませた後にお連れの方を呼んで頂ければ」
「路駐でこっちに来られないんだわ。だから早く渡してよ」


 先ほどまで平静を装っていた男も、一切譲る様子のないフィーちゃんを前に苛立ちを見せ始めた。

 つま先でカウンターを小突くような仕草を見せているところからも憤っていることがよく分かる。

 だがそれは後ろで並ぶ客も同様だ。

 無言の圧力を男の方に向け、それを察しているのか男の方もしきりに背後を横目で気にしている。


 これ以上粘ってもフィーちゃんが折れる気配はないし、何より一触即発になりかねない。

 いい加減それを察したのだろう。最後はフィーちゃんを一瞥し、男は商品を買わずに店を後にしていった。

 その後は次の客に労われながら、フィーちゃんは普段の接客を再開する。


(しっかりしてるんだなぁ)


 まだまだ手際は二人に及ばないが、それでも生来の真面目さが成せる業なのか。

 たった一週間なのに、だいぶこの店の店員としての姿が板についてきたようだ。


 そんなフィーちゃんの姿に感心しつつ、俺は再び目の前の棚と向き合う。

 レジの混雑はしばらく続きそうだし、俺は列から離れた場所の商品をしばらく眺めていることにする。

 そして塗料から工具の陳列棚に移ったとき、ふとパンチングボードに掛けられているニッパーの数々に目が留まる。


 この辺に陳列しているのはエントリーモデルや初心者向き、雑に使ってもいいくらいの安価なものがメインだ。

 俺はそのうちの一つ、柄にピンク色のカバーが付いた小さな手でも扱いやすいものを手に取る。


(……いざとなれば俺が使えばいいか)


 俺は手にしていた小さな買い物かごにそれを入れ、今度はプラモデルが陳列された方の棚へと向かった。




 その日の夜。

 晩飯を済ませた俺は、座卓に置いたノートPCと向き合っていた。

 フィーちゃんにとって初めての新商品発売日を乗り越えたからか、珍しく疲労困憊こんぱいといった様子でカーペットの上に横たわっている。


「今日は大変だったね。厄介な客の相手もしてたみたいだし」
「厄介なんてそんな……でも、はい」


 俺の方へ体を向け、苦笑を浮かべるフィーちゃん。

 座布団をたたんで枕代わりにするその姿は、年相応の子供っぽくて微笑ましいものだ。


「昔はもっと気軽に買えたモンなんだけどね……あ、そうだ」


 俺は今朝買ったもののことを思い出し、傍らに置いたアットライフの袋へ手を伸ばす。

 俺の様子に興味を示したのか、フィーちゃんはゆっくりと体を起こして俺の様子を見る。

 袋の中には俺が使うための塗料や工具。後は何となく手にしたピンク色のニッパー。

 そして、見慣れた三十センチ程の長方形の箱を取り出し、それにニッパーを乗せてフィーちゃんの目の前に置いた。


 白くて丸みを帯びた本体が特徴的なロボットが描かれた箱絵が特徴的なプラモデルの箱。

 卓上に置かれたそれらを、フィーちゃんは首をかしげて眺めていた。


「康介様、これは?」


 プライベートのため、今まで通り康介様と呼ぶフィーちゃん。

 返事を待つ彼女のきょとんとした顔が、俺の方に向けられる。


「うん。それフィーちゃんにと思って」
「私にですか? えっと……」


 俺の一言に、フィーちゃんは戸惑う様子を見せる。

 そりゃあ突然プラモデルとニッパーを渡されたわけだから当然だ。

 それに日頃頑張ってるフィーちゃんのために買うものとしても不適切だとは思う。


 だが、当然それだけのつもりで初心者向きのプラモとニッパーを買ったわけではない。


「今はまだ準備中だけど、今後は俺が本格的に迷宮を作ることになるだろ?」
「は、はい。ですがこれは……あっ」


 自分の言葉で何かを察したか。

 はっとした表情を俺に向け、フィーちゃんはニッパーが入るパッケージを手に取った。


「模型製作なんて初めてだろうけど、バイトの仕事もすぐに覚えられるんだしさ」


 両手に持つ新品のニッパーを食い入るように見つめるフィーちゃん。

 その姿を眺めながら、俺はプラモの箱を手に取った。


「まずはこれで使い方覚えて、一緒に作れたらいいなって思ったんだけど。どうかな?」
「康介様……でも私、あまり手先が器用な方では」
「もちろん使い方は教えるし、これなら初めてでも簡単に作れるから大丈夫だよ」


 依頼を受けた側が一緒に作ろうと誘うのはどうかと思う。

 でも俺が作る迷宮は、フィーちゃんの勇者に対する思いを形にするようなもの。

 どういったものを作るのかはこれから一緒に考えていくことだが、せっかくなら手を動かす作業も一緒にやりたいと思ってしまったのだ。


「私にも出来るでしょうか?」


 上目遣いに俺を見つめるフィーちゃん。

 不安交じりのその言葉に対し、俺は自信を持って返すことが出来る。


「大丈夫、そのために俺がいるんだし」


 わずかな沈黙。

 フィーちゃんは再びニッパーへと視線を落とし、何かに思いを馳せるような表情を見せる。

 そして小さく息を吐いた後、今度は顔を上げて真っ直ぐ俺の方を見た。


「本当は全て自分で作る……と、考えていたんですけどね」


 「不器用ですから」と口にしつつ、恥ずかしそうに笑うフィーちゃん。


「本当にこういうのは上手くなくて、呆れられちゃうかもしれませんけど」
「うん」


 ニッパーを握るフィーちゃんの手に力がこもる。

 視線は俺の顔を見つめ続け、そしてゆっくりと頭を下げる。


「私、康介様のお手伝いができるよう頑張りますっ」


 凛とした、よく通る声が部屋に響く。

 そこまで畏まってくるとは思っていなかったおかげで、俺は少し面食らってしまう。

 だがすぐにそんな様子がおかしく思えて、ほんの少しだけ笑ってしまった。


 そんな俺の様子が不思議だったのか、顔を上げたフィーちゃんが首をかしげるのだった。


 こうして俺が異世界事情と向き合うことになって一週間。

 模型で迷宮を作るという非現実的な依頼は、生活の中で少しずつ現実味を帯びていく。
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