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光斗の災難 1
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◇◇◇
数日後、職場で倉庫整理を手伝っていたら、事務の女子社員から呼ばれた。
「凪野君、あなたに電話かかってるわ。スマホにかけても全然つながらないって。緊急みたいよ」
「え?」
女子社員が近づいてきて、こっそりと教えてくれる。
「何か、警察みたい」
「えっ?」
何事かと事務所に引き返し、急いで受話器を取った。
相手は彼女の言うとおり警官で、光斗が大学近くの駅でトラブルに見舞われてしまったので、迎えにきて欲しいというものだった。
「すいません、早退させてください」
会社に断りを入れてから、駅に向かう。警官の話では、ホームに立っていた光斗が、誰かから背中を押されて線路に落ちそうになってしまったということらしかった。さいわい一緒にいた友人がとっさに助けてくれたので事なきをえたのだが、犯人は逃走、光斗はショックで動けなくなり駅の休憩室で休んでいるという。
駅に着くと駅員に声をかけて、光斗のところに連れていってもらった。
狭い休憩室の簡易ベッドに、弟は横たわっていた。無事な姿を見て思わず駆けよる。
「光斗っ」
「陽斗……」
泣きそうな顔で警官から事情聴取を受けていた光斗が、兄を見て安堵の表情を浮かべた。
「弟は、大丈夫ですか」
ベッドの横に立つ警官にたずねると「怪我はありませんでした」と言われる。
「よかった。なんともなくて。犯人は? 顔は見たのか」
「それが、混んでて全然見えなくて。すぐに逃げられて」
「そいつは、お前を狙って押したのか? 偶然じゃなくて」
「よくわからないけど、偶然あたったんじゃないと思う」
陽斗の脳裏に、この前、家の外で光斗に間違われて暴漢に襲われた出来事がよみがえった。そのことを警官に伝えると、話を聞いた後に提案される。
「じゃあ、被害届を出しますか? もしかしたら偶然あたっただけで、襲われたというのは弟さんの思い違いかもしれませんが」
警官の物腰は丁寧だった。けれど、ただ規則に従いきいているだけという気もした。オメガがらみの事件は、大抵そういう風に扱われるからだ。
だから陽斗も、数日前に暴漢に抱きつかれたとき警察に通報しなかった。『フェロモンをまき散らす方も悪い』『どうせお前もしたかったんだろ』『だらしない下半身を持つ人種』そんな偏見が、世間には満ちている。
「お願いします」
それでも今回の件は放っておけない。光斗の発情期は二日前に終わっている。なのに襲われたということは、この前の事件と同一犯という可能性がある。陽斗は身分証と印鑑を携帯していたから、そのまま警察署に光斗と共に移動した。
警察署の個室で警察官に事情聴取をされるときに、数日前、家の前で抱きついてきた痴漢の写真も見せる。ブレて顔の形はハッキリしていなかったが、一応それも証拠として差し出し被害届を書いた。
数時間かけて届けを出した後、警察署を後にする。ふたりともその頃にはぐったりと疲れていた。外はもう暗かったので家路を急ぐ。
「一緒にいて、助けてくれた友人は?」
「抜けられないバイトがあるからって、先に帰ったんだ」
「そうか。じゃあ今度お礼をしなきゃだな」
「うん。そうだね……」
ふたりで身をよせあって我が家に向かう。こんなときの心細さは、何にも例えがたい。互いにオメガで身よりもないから片方に何かあったとき、頼りになるのはもう片方だけだ。
「陽斗、ごめん」
「え? なにが」
「オレがこんなんで、いつも迷惑ばっかりかけて」
「何いってんだよ」
光斗がシュンとした様子でうなだれる。
「昔っから、陽斗には助けてもらってばっかりだね……」
悲しげに俯く姿に、陽斗は初めて光斗が発情期を迎えた日のことを思い出した。
数日後、職場で倉庫整理を手伝っていたら、事務の女子社員から呼ばれた。
「凪野君、あなたに電話かかってるわ。スマホにかけても全然つながらないって。緊急みたいよ」
「え?」
女子社員が近づいてきて、こっそりと教えてくれる。
「何か、警察みたい」
「えっ?」
何事かと事務所に引き返し、急いで受話器を取った。
相手は彼女の言うとおり警官で、光斗が大学近くの駅でトラブルに見舞われてしまったので、迎えにきて欲しいというものだった。
「すいません、早退させてください」
会社に断りを入れてから、駅に向かう。警官の話では、ホームに立っていた光斗が、誰かから背中を押されて線路に落ちそうになってしまったということらしかった。さいわい一緒にいた友人がとっさに助けてくれたので事なきをえたのだが、犯人は逃走、光斗はショックで動けなくなり駅の休憩室で休んでいるという。
駅に着くと駅員に声をかけて、光斗のところに連れていってもらった。
狭い休憩室の簡易ベッドに、弟は横たわっていた。無事な姿を見て思わず駆けよる。
「光斗っ」
「陽斗……」
泣きそうな顔で警官から事情聴取を受けていた光斗が、兄を見て安堵の表情を浮かべた。
「弟は、大丈夫ですか」
ベッドの横に立つ警官にたずねると「怪我はありませんでした」と言われる。
「よかった。なんともなくて。犯人は? 顔は見たのか」
「それが、混んでて全然見えなくて。すぐに逃げられて」
「そいつは、お前を狙って押したのか? 偶然じゃなくて」
「よくわからないけど、偶然あたったんじゃないと思う」
陽斗の脳裏に、この前、家の外で光斗に間違われて暴漢に襲われた出来事がよみがえった。そのことを警官に伝えると、話を聞いた後に提案される。
「じゃあ、被害届を出しますか? もしかしたら偶然あたっただけで、襲われたというのは弟さんの思い違いかもしれませんが」
警官の物腰は丁寧だった。けれど、ただ規則に従いきいているだけという気もした。オメガがらみの事件は、大抵そういう風に扱われるからだ。
だから陽斗も、数日前に暴漢に抱きつかれたとき警察に通報しなかった。『フェロモンをまき散らす方も悪い』『どうせお前もしたかったんだろ』『だらしない下半身を持つ人種』そんな偏見が、世間には満ちている。
「お願いします」
それでも今回の件は放っておけない。光斗の発情期は二日前に終わっている。なのに襲われたということは、この前の事件と同一犯という可能性がある。陽斗は身分証と印鑑を携帯していたから、そのまま警察署に光斗と共に移動した。
警察署の個室で警察官に事情聴取をされるときに、数日前、家の前で抱きついてきた痴漢の写真も見せる。ブレて顔の形はハッキリしていなかったが、一応それも証拠として差し出し被害届を書いた。
数時間かけて届けを出した後、警察署を後にする。ふたりともその頃にはぐったりと疲れていた。外はもう暗かったので家路を急ぐ。
「一緒にいて、助けてくれた友人は?」
「抜けられないバイトがあるからって、先に帰ったんだ」
「そうか。じゃあ今度お礼をしなきゃだな」
「うん。そうだね……」
ふたりで身をよせあって我が家に向かう。こんなときの心細さは、何にも例えがたい。互いにオメガで身よりもないから片方に何かあったとき、頼りになるのはもう片方だけだ。
「陽斗、ごめん」
「え? なにが」
「オレがこんなんで、いつも迷惑ばっかりかけて」
「何いってんだよ」
光斗がシュンとした様子でうなだれる。
「昔っから、陽斗には助けてもらってばっかりだね……」
悲しげに俯く姿に、陽斗は初めて光斗が発情期を迎えた日のことを思い出した。
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