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真夜中のおうちごはん 4
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クローゼットはあけ放たれていて、中には高級そうなスーツが何着も吊されていたが、その下にはプラスチック製の簡易タンスがあるのみだ。
高梨はこの部屋の他に書斎を持っているようだから、ここには寝にくるだけなのだろう。しかしそれにしても私物があまりにも少ないことに驚かされる。流行のミニマムな暮らしをしているのかと考えたが、そんなお洒落感はまったくなく、印象はただただ殺風景だ。
陽斗はベッドに近づき、眠る相手を見おろした。ぐっすりと寝入っている高梨は、穏やかな表情をしている。
この人はずっと、こんな寒々しい部屋で寝てきたのかな、と思うと胸に不思議な感傷がわく。豪華なホテルを経営するCEOで、最初に見せてもらったスイートルームは、素晴らしい飾りつけがなされていたのに、本人はこんな何もない場所で、毎日眠っていたなんて。
『父と僕は、主従の関係でしかなかった。愛された記憶はない。だから、家族愛とか兄弟愛とか、そういったものは見当がつかないんだ』
スイートルームですごしたとき、たしか彼はそう言った。自分のことを、命令する主人がいないと、路頭に迷うロボットのようだとも。
陽斗が夕食を作って待っていたときは、何と言って喜んだか。
『自分の家じゃないみたいだ。家族みたいな人がいる』
人形のように怜悧な顔を嬉しさで一杯にして笑っていた。
それを思い返せば、胸にやるせなさがこみあげる。
「……高梨さん」
床に膝をつき、枕元に手をおいた。白金色の長い睫がピクリともしないのを、長い時間飽きずに眺めてすごす。
彫刻のような面立ちは完璧すぎて、青白い月明かりのもとではまるで大理石の芸術品のようだ。けれどこの人の中にはたしかにたくさんの感情があるのだろう。
「俺のこと、好きなの?」
小さくささやいて、答えがなくとも、どんな風にこの人が言ってくれるのか明確に想像がついてクスリと微笑む。そうしてシーツに突っ伏した。
――発情したい。
心の底からそう感じる。
フェロモンを出したい。自分の身体を変えたい。この人のものになりたい。
こんなにも強く発情を望んだのは、生まれて初めてかもしれない。
どうして毎晩のように高梨が相手をしてくれるのに変化がないのか。なぜいつまでも頑なに過去の呪縛に囚われているのか。光斗は発情しているのに。
母親が陽斗と光斗のためを思って、発情の怖さを教えてくれていたことは理解している。死ぬまで懸命にふたりを育ててくれたことも覚えている。だから母を恨んではいない。母は母なりに、兄弟を愛してくれていたのだ。
変われないのは自分のせい。自分の中の何かが、まだ発情を拒んでいるのだ。その原因がわからなくて、だから今苦しんでいる。
手を握りしめ、鬱屈した感情をこらえていると、やがて髪にふわりと何かを感じた。
瞳をあげれば、目を覚ました高梨が陽斗の頭に手をのせている。ゆったり撫でられて、涙がこぼれそうになった。
「どうしたの?」
夜空の月にも劣らぬ輝きの銀砡がふたつ、こちらに向けられていた。髪も肌も同じように、ほのかな銀色に縁取られている。
「……何でもないです」
陽斗は乱暴に眦を拭って立ちあがった。情けない姿を見られたくなかった。
「高梨さん、職場で倒れちゃったんですよ。鷺沼さんがここまで運んでくれたんだから」
涙をごまかすように、話題を相手に移す。
「……ああ、そっか」
高梨は前髪をかきあげた。そうして、ベッドからゆっくりと上半身をおこした。
高梨はこの部屋の他に書斎を持っているようだから、ここには寝にくるだけなのだろう。しかしそれにしても私物があまりにも少ないことに驚かされる。流行のミニマムな暮らしをしているのかと考えたが、そんなお洒落感はまったくなく、印象はただただ殺風景だ。
陽斗はベッドに近づき、眠る相手を見おろした。ぐっすりと寝入っている高梨は、穏やかな表情をしている。
この人はずっと、こんな寒々しい部屋で寝てきたのかな、と思うと胸に不思議な感傷がわく。豪華なホテルを経営するCEOで、最初に見せてもらったスイートルームは、素晴らしい飾りつけがなされていたのに、本人はこんな何もない場所で、毎日眠っていたなんて。
『父と僕は、主従の関係でしかなかった。愛された記憶はない。だから、家族愛とか兄弟愛とか、そういったものは見当がつかないんだ』
スイートルームですごしたとき、たしか彼はそう言った。自分のことを、命令する主人がいないと、路頭に迷うロボットのようだとも。
陽斗が夕食を作って待っていたときは、何と言って喜んだか。
『自分の家じゃないみたいだ。家族みたいな人がいる』
人形のように怜悧な顔を嬉しさで一杯にして笑っていた。
それを思い返せば、胸にやるせなさがこみあげる。
「……高梨さん」
床に膝をつき、枕元に手をおいた。白金色の長い睫がピクリともしないのを、長い時間飽きずに眺めてすごす。
彫刻のような面立ちは完璧すぎて、青白い月明かりのもとではまるで大理石の芸術品のようだ。けれどこの人の中にはたしかにたくさんの感情があるのだろう。
「俺のこと、好きなの?」
小さくささやいて、答えがなくとも、どんな風にこの人が言ってくれるのか明確に想像がついてクスリと微笑む。そうしてシーツに突っ伏した。
――発情したい。
心の底からそう感じる。
フェロモンを出したい。自分の身体を変えたい。この人のものになりたい。
こんなにも強く発情を望んだのは、生まれて初めてかもしれない。
どうして毎晩のように高梨が相手をしてくれるのに変化がないのか。なぜいつまでも頑なに過去の呪縛に囚われているのか。光斗は発情しているのに。
母親が陽斗と光斗のためを思って、発情の怖さを教えてくれていたことは理解している。死ぬまで懸命にふたりを育ててくれたことも覚えている。だから母を恨んではいない。母は母なりに、兄弟を愛してくれていたのだ。
変われないのは自分のせい。自分の中の何かが、まだ発情を拒んでいるのだ。その原因がわからなくて、だから今苦しんでいる。
手を握りしめ、鬱屈した感情をこらえていると、やがて髪にふわりと何かを感じた。
瞳をあげれば、目を覚ました高梨が陽斗の頭に手をのせている。ゆったり撫でられて、涙がこぼれそうになった。
「どうしたの?」
夜空の月にも劣らぬ輝きの銀砡がふたつ、こちらに向けられていた。髪も肌も同じように、ほのかな銀色に縁取られている。
「……何でもないです」
陽斗は乱暴に眦を拭って立ちあがった。情けない姿を見られたくなかった。
「高梨さん、職場で倒れちゃったんですよ。鷺沼さんがここまで運んでくれたんだから」
涙をごまかすように、話題を相手に移す。
「……ああ、そっか」
高梨は前髪をかきあげた。そうして、ベッドからゆっくりと上半身をおこした。
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