海ぼうずさんは俺を愛でたいらしい

キルキ

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本編

32 ただ会いに来ただけ 異形編

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はるか昔、海の上で船に乗る一人の英国乗組員を見ていた。物腰柔らかな雰囲気の男だ。彼の顔は落ち着いた表情で、時折微笑んで周りを見回していた。

彼のしぐさには、上品さと礼儀正しさが感じられた。彼の声は、穏やかで優しい響きを持っていた。英国訛りがあるものの、正確な英語で話す彼の話術には、誰もが魅了された。

そんな彼は船上中、嵐に見舞われて船から落ちてしまった。彼を助けたのは気まぐれだ。近くの島に適当に流しておくだけのつもりだったが、彼はしっかりこちらを視認し、ありがとうと言った。

その後、彼は仲間に救出されたらしい。彼はこちらのことを他言しなかった。不可解な姿の化け物の姿をはっきり見ていたはずなのに、ただ運が良かったんだと笑っていた。

なぜわざわざそんなことを思い出したか。彼の姿かたち、話し方を真似するためだ。誰からも好かれ、聡明だと評された彼を真似すれば、大抵の人間を説き伏せられるのではと思ったのだ。

少し細身のスリムな体型。髪はややウェーブがかかったブラウンカラー。軽やかに動くような印象が出る。ハッキリとしたブルーグレーの目は、柔和で親しみやすい。

街を歩くと周囲から視線を感じた。完璧な擬態をしているから、どこもおかしいところはないと確信できる。おそらくこの国には珍しい顔立ちと目の色のせいだろう。

「こんにちは」

あの子の父親だと名乗ったその人物に話しかける。男はこちらを振り返り、数秒呆けたあと、気を取り直すように向き直ってきた。

上から足先までじっくり観察する。あの子の血縁者だと思えないくらい、全然似ていない。人間の遺伝子というのは不思議だ。じろじろ見ていると男が居心地悪そうにした。あの子の名前を口に出すと、男は彼の父親だと言った。

「あの……どちら様で」
「僕は裕也くんとお付き合いしてる者です。彼にはお世話になっています。彼の代理でここに来ました」

あの英国紳士の挨拶の仕方を思い出しながら、ぴしりと佇む。喋り方、言葉の選び方、声の高さ。こんなものだろう。柔らかい笑みを浮かべると、相手はあからさまに気を緩めた。

「そ、そうなのか……お兄さん、なんの仕事してるんだ?あいつの恋人なら、身内のよしみで少し金を貸して……」
「いえ、僕はあなたに何も施しをしたくありません」
「……だ、だが!あいつの彼氏なんだろう!恋人の身内を助けるべきじゃないのか!」
「はい、僕は彼の恋人です。彼は僕の生きる意味そのものなので。だけど裕也くんとあなたは何の関係も無いでしょう」

男は諦めきれないらしく、まだ食い下がってくる。今まであってきた人間の中でも、一際愚かな男だ。怖がりなあの子のためを想って我慢しているが、本当だったら海に引きずり込んで嬲り殺してやりたいところである。

「ところであなたは誰ですか?」
「ああ!?お前、そんなことも知らずここに来たのかよ。父親だ、父親!」
「おかしいですね。僕が彼の父親のはずですが」

男は訝しげに眉をひそめる。

「俺とあいつには血縁関係があるんだ。お前がなんと言おうが、俺が父親だ」
「血縁関係とは?」

同じ血が流れていることだ、と男は丁寧に説明した。外国人だから、単語の意味がわかってないのだろうと思ったらしい。それを聞いて、英国紳士が笑みをこぼす。

「ああ、それなら。彼の体には、僕と同じ体液が流れていますよ」
「……は?」
「ふふ」

彼に与え続けた自らの体液は、日に日に彼の体を侵食している。染まりつつあるのにそれを自覚せず、無防備に身を委ねてくるその姿を見るたびに、征服感に浸っていた。むしろこの男の血は既に塗り替えてしまっているかもしれない。

同じものが流れているのは自分もそうなのだが、と頭を傾ける。

「彼が僕を救ったときから、僕は彼のもので彼は僕のものなんです。それで?あなたは誰なんですか?」

笑みを深めると、相手の口角が引きつった。話の通じない相手が来た、と思われていることに英国紳士は気づかない。笑顔のまま、懐を探りだした。

「実はなのですが、僕はあなたを知っています。随分とやらかしてるみたいですね」

英国紳士の胸元から出てきたのは、幾枚もの写真と書類。男はそれを覗き見て、目を見開かせる。

「窃盗、ドラッグ仲介人、強制売春……やるとこまでやってますね。あなた、裕也に売春させようとしたでしょう。今日、黙って裕也の家に客を呼んでいること、僕知ってるんですよ?」

まあもう手は打っていますが。

淡々と述べられたそれは、こんな街の往来で言う内容ではない。普通の手段では到底入手できない自らの悪事の証拠を提示されて、男の背中に冷たい汗が流れる。厄介な相手と関わってしまったということに、今更ながら気づいた。

一刻も早くこいつから離れなければいけない。もうすでに警察に通報されていることも考えて、今後の逃げ道を探さないと。

「っくそ、わかった、もうあいつには関わらないから、警察だけは止めてくれ!」
「…………」

英国紳士が何も言わなくなったのを見て、男は舌打ちする。柔和な男と見せかけて、中身は狡猾な狐だ。まんまと見た目に騙された。

悪態をついて、男がその場から走り出す。男を追いかけるように揺らめいた英国紳士の影が崩れ落ち、液体のように宙をうねった。








職場に出勤する裕也の顔には、いつもと同じものが浮かんでいた。そのことに安堵した安元は、ようやく肩から力を抜く。父親に怯える彼の姿は可愛そうで、胸が苦しいほどだった。もうあんな表情のあの子は見たくない。

裕也が自分の机に荷物を置く。鞄から一本のペットボトルを出したのを確認すると、彼がそこから離れるのを待った。暫くして手洗いに部屋を出たあの子を見て、安元は机に近づいた。

「お前の言うことを聞くのは癪だが、あの子の為なら話は別だ。言う通りあの日はずっとあの子の家に張り付いておいた。誰も来る様子がなかったから、お前の計画は成功に終わったんだろう。だから、何をやったのかそろそろ俺に教えろ」

机の上に置かれたペットボトルに小声で話しかける。部屋には2、3人しか居ないが、念のためだ。

「……ヤー」
「ヤーじゃねえ。お前が人間の姿になればとぺらぺら喋れるってこと、こっちはわかってんだぞ。さっさと変化して吐け」
「イタイイタイ!ユーヤ!」
「馬鹿止めろ、大声を出すな!」

触ってもないのにイタイと騒ぎ始めた海ぼうずに焦って声を荒げる。坊主の声は普通の人間には聞こえないから、こいつもやりたい放題してるのだろう。

ぐちぐち問い詰めても、同じ答えしか返されない。なんとなくわかるのは、今回の件に坊主が本気で腹を立てているということだ。

繰り返される答えにげんなりする。警察に捕まったという裕也の父は、精神が壊されるくらい何かに怯えていたらしい。

ただ会いに行っただけ、と坊主は言うが、それはあまりにも無理のある話だった。
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