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続 その後の話
36 水族館の海月①
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とある平日の夜。就寝しようとしていたら、一つの電話がかかってきた。
「裕也、水族館に行きましょ!」
「なに、急に」
父親の事件以来の母さんの連絡に何事かと思って出てみれば、開口一番そう言われた。父親のこと何かあったのかと緊張して電話を取ったため、あまりにのんきな母さんの声に冷たい返事をしてしまう。
びっくりしたじゃんか。無駄に焦らされたことへの八つ当たりである。
話を詳しく聞くと、知り合いの人に水族館の入場券を2枚分譲ってもらったらしい。だからってどうして俺を誘うのか。友人でも、今いい感じの男性がいるんだったらその人とでも一緒に行けばいいじゃないか。そう言ったのだが、母さんは親子二人で水族館に行きたいのだと譲らなかった。
前々からわかってはいたが、母さんは俺と親子ごっこをしたいらしかった。まるで、親子ができなかった時間分を取り戻すように。
でも俺は今大人になってるし、昔のことはいろいろと仕方がなかったんだと割り切っている。俺と母さんの間には、親子をすることへの熱量の差があった。
「ねえ、いいじゃない?久しぶりに親子水入らずでお出かけしたいのよ」
はあ、と気の抜けた声が出る。
……幼い頃の俺だったらどれだけ救いのある言葉だっただろうと、胸がちくりとする。あの頃の俺に聞かせてやりたいくらいだ。
そんな薄暗い気持ちがあったものの、母さんの誘いに断る理由も特になかったため、次の土曜日に水族館に行くことが決まった。もちろん水族館には、クラゲさんにもついてきてもらう。
水族館に行くのはいつぶりだろう。たぶん、小学校で遠足に行ったときぶりだ。親と一緒に行ったことは、多分なかったはず。
「裕也、こっちよ!!」
待ち合わせ場所に行くと、母さんが俺の方を見て手を振っていた。本当に今日を楽しみにしていたようで、まだ水族館に着いてもないのに年甲斐もなくはしゃぐ母親に苦笑いする。
いつもの如くペットボトルに入ってるクラゲさんを横目で見ると、鞄の隙間から顔をのぞかせている彼は母さんの顔をしげしげと見上げていた。
俺以外の人を見てるなんて珍しいなーと思っていたら、金の目はすぐに俺の方に向いた。けっきょく俺が気になるんだね。
館内に足を踏み入れると、幻想的な光景が広がっていた。美しい水槽には、色とりどりの魚たちが自由に泳ぎ回っている。
薄暗い館内を歩きながらクラゲさんの様子をこっそり伺うと、ばっちり目があった。水槽を泳いでいる魚など目もくれていない。水族館なら、少しは興味を示すかなあと思っていたのだが、彼は俺の顔を見るのに忙しそうだった。うん、かわいい。彼が水族館を楽しめなさそうなことは残念だけど。
母さんと並んで水槽を渡り歩く。途中、クラゲがたくさん泳いでいる大きな水槽に足を止めた。
柔らかな照明に照らされた水槽の中で、優雅に泳ぐクラゲ。繊細そうな透明な体を持ち、光に透かされながら、ゆっくりと舞っている。
柔らかい体からは、細い触手が無数に伸びている。触手はゆらゆらと揺れ動き、透明な体の中には、キラキラとした色彩の斑点が見えた。
「きれー……」
こう見ると、クラゲさんとは全然別の生き物だ。まあ、当たり前だけど。
その神秘的な姿に見惚れていると、クラゲさんが唸り声をあげだした。ど、どうしたの。
「きれいね~クラゲって。そういえば、知ってる?マンボウの主食ってクラゲなんですって。自分が素早く動けないから、ゆっくり泳いでるクラゲしか食べれないみたい」
「なあに、それ。じゃあ、クラゲを食べたくて食べてるんじゃないってこと?」
「そうそう」
それは、なんというか……。確かにマンボウってゆっくり泳いでいるけど。
マンボウに啄められ、少しずつ体が歪んでいくクラゲを想像して、思わず目の前の水槽から目を離した。想像するだけで痛々しい。
クラゲ見てるときにする話じゃなくない?クラゲがどこに住んでるんだとか、何を食べて生きてるのかとかそういうのが知りたいんだけど。せめてマンボウ見てるときに話そうよ、それ……。
次は、巨大トンネルのエリアについた。透明なガラスの中を歩いていくと、上を魚たちがゆったりと泳いでいたり、群れを作って美しい模様を作り出していたり。まるで海の中に潜っているかのような感覚に包まれる。
母さんの後ろをついていきながら、水槽を眺めては物思いに耽る。
もしも海の中で息ができたら、本物の海中でクラゲさんとこういうのが見られるのだろうか。本気で頼んだらなんとかしてくれるような感じはあるけど。クラゲさんの身体の中にいたら何とかなるんじゃないか?空気とか、ちゃんと確保してもらえたら。
クラゲさんは海に引きずり込もうとした前科がある。
もしもあの時大人しくついていったら、こんな場所に連れてってもらえたのかな。
そう呟いたら、クラゲさんに首を振られた。今見ているこれはあくまでも人間が作り出したものであり、本当の海というのは真っ暗でそもそも景色がよく見えないし、こんなにたくさんのきれいな魚達は居ないらしい。
夢のないことを言われてしまった。それが現実か。
「裕也、水族館に行きましょ!」
「なに、急に」
父親の事件以来の母さんの連絡に何事かと思って出てみれば、開口一番そう言われた。父親のこと何かあったのかと緊張して電話を取ったため、あまりにのんきな母さんの声に冷たい返事をしてしまう。
びっくりしたじゃんか。無駄に焦らされたことへの八つ当たりである。
話を詳しく聞くと、知り合いの人に水族館の入場券を2枚分譲ってもらったらしい。だからってどうして俺を誘うのか。友人でも、今いい感じの男性がいるんだったらその人とでも一緒に行けばいいじゃないか。そう言ったのだが、母さんは親子二人で水族館に行きたいのだと譲らなかった。
前々からわかってはいたが、母さんは俺と親子ごっこをしたいらしかった。まるで、親子ができなかった時間分を取り戻すように。
でも俺は今大人になってるし、昔のことはいろいろと仕方がなかったんだと割り切っている。俺と母さんの間には、親子をすることへの熱量の差があった。
「ねえ、いいじゃない?久しぶりに親子水入らずでお出かけしたいのよ」
はあ、と気の抜けた声が出る。
……幼い頃の俺だったらどれだけ救いのある言葉だっただろうと、胸がちくりとする。あの頃の俺に聞かせてやりたいくらいだ。
そんな薄暗い気持ちがあったものの、母さんの誘いに断る理由も特になかったため、次の土曜日に水族館に行くことが決まった。もちろん水族館には、クラゲさんにもついてきてもらう。
水族館に行くのはいつぶりだろう。たぶん、小学校で遠足に行ったときぶりだ。親と一緒に行ったことは、多分なかったはず。
「裕也、こっちよ!!」
待ち合わせ場所に行くと、母さんが俺の方を見て手を振っていた。本当に今日を楽しみにしていたようで、まだ水族館に着いてもないのに年甲斐もなくはしゃぐ母親に苦笑いする。
いつもの如くペットボトルに入ってるクラゲさんを横目で見ると、鞄の隙間から顔をのぞかせている彼は母さんの顔をしげしげと見上げていた。
俺以外の人を見てるなんて珍しいなーと思っていたら、金の目はすぐに俺の方に向いた。けっきょく俺が気になるんだね。
館内に足を踏み入れると、幻想的な光景が広がっていた。美しい水槽には、色とりどりの魚たちが自由に泳ぎ回っている。
薄暗い館内を歩きながらクラゲさんの様子をこっそり伺うと、ばっちり目があった。水槽を泳いでいる魚など目もくれていない。水族館なら、少しは興味を示すかなあと思っていたのだが、彼は俺の顔を見るのに忙しそうだった。うん、かわいい。彼が水族館を楽しめなさそうなことは残念だけど。
母さんと並んで水槽を渡り歩く。途中、クラゲがたくさん泳いでいる大きな水槽に足を止めた。
柔らかな照明に照らされた水槽の中で、優雅に泳ぐクラゲ。繊細そうな透明な体を持ち、光に透かされながら、ゆっくりと舞っている。
柔らかい体からは、細い触手が無数に伸びている。触手はゆらゆらと揺れ動き、透明な体の中には、キラキラとした色彩の斑点が見えた。
「きれー……」
こう見ると、クラゲさんとは全然別の生き物だ。まあ、当たり前だけど。
その神秘的な姿に見惚れていると、クラゲさんが唸り声をあげだした。ど、どうしたの。
「きれいね~クラゲって。そういえば、知ってる?マンボウの主食ってクラゲなんですって。自分が素早く動けないから、ゆっくり泳いでるクラゲしか食べれないみたい」
「なあに、それ。じゃあ、クラゲを食べたくて食べてるんじゃないってこと?」
「そうそう」
それは、なんというか……。確かにマンボウってゆっくり泳いでいるけど。
マンボウに啄められ、少しずつ体が歪んでいくクラゲを想像して、思わず目の前の水槽から目を離した。想像するだけで痛々しい。
クラゲ見てるときにする話じゃなくない?クラゲがどこに住んでるんだとか、何を食べて生きてるのかとかそういうのが知りたいんだけど。せめてマンボウ見てるときに話そうよ、それ……。
次は、巨大トンネルのエリアについた。透明なガラスの中を歩いていくと、上を魚たちがゆったりと泳いでいたり、群れを作って美しい模様を作り出していたり。まるで海の中に潜っているかのような感覚に包まれる。
母さんの後ろをついていきながら、水槽を眺めては物思いに耽る。
もしも海の中で息ができたら、本物の海中でクラゲさんとこういうのが見られるのだろうか。本気で頼んだらなんとかしてくれるような感じはあるけど。クラゲさんの身体の中にいたら何とかなるんじゃないか?空気とか、ちゃんと確保してもらえたら。
クラゲさんは海に引きずり込もうとした前科がある。
もしもあの時大人しくついていったら、こんな場所に連れてってもらえたのかな。
そう呟いたら、クラゲさんに首を振られた。今見ているこれはあくまでも人間が作り出したものであり、本当の海というのは真っ暗でそもそも景色がよく見えないし、こんなにたくさんのきれいな魚達は居ないらしい。
夢のないことを言われてしまった。それが現実か。
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