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Story2-awakening- 生贄の男
Ⅳ
しおりを挟む広森くんは、謎が多い。
普段は社内の雑用や、支社長の愛犬ラッキーの世話を笑顔でこなし、夜や休日には頻繁に呼び出されては、王支社長とともに、劉社長の会食や催し、母国官僚との懇親会に同席している、らしい。
「彼にしか出来ない」と、誰もが口を揃えて言うが、彼がなぜ選ばれ、接待の場で、どんなことをしているのかを知る者は、俺の周りにはいない。
それらの評価はあくまで、王支社長の電話での会話や、最近さらに上機嫌な劉社長からの手土産などで、なんとなく漏れ伝わってくる情報でしかない。
第三者から伝え聞くからこそ、きっと事実なのだろうと皆が察しているに過ぎないのだ。
そもそも大手メーカーの劉社長と、過去これほどに懇意な関係であったことはないのだから、広森くんの評価が上がるのは当然だ。
しかし、本来の広森くんの仕事の範疇ではないのは明らかで、伴侶でも、役員でも、ましてや自社の社員でさえない派遣としての域は、もうとっくに超えている。
だが、多大な貢献にも関わらず、何故か立場は今も派遣のまま。
彼なしで劉社長とを繋ぐことは難しいのではないかとさえ思うのに、王支社長は広森くんを「たかが日本人」と冷たくあしらい、頑なに雑用係のまま働かせ続けている。
その意図を、皆が計り兼ねていた。
しかも、気づいているのは俺だけだと思うが、広森くんは、実は多言語を理解しているバイリンガルじゃないか、という節がある。
翻訳を頼むためにデスクに置いてある英語表記やハングル記載の資料や、本社の伝達事項書を眺めていることがあるからだ。
本人に聞いてみたが、広森くんは笑いながら「まさか!高卒ですよ?俺。日本語しか喋れませんよ」とはっきり否定した。
ならば、会食の場で、彼はどうやってコミュニケーションを交わしているのだろう。
ここ数日でなんとなく痩せた広森くんだが、相変わらず、社内で愛想を振りまきながら仕事をしている。
いつもの平穏な昼下がり。
しかし、目の前まで、嵐は迫っていた。
「はい、秘書課の李です。お世話になっております。……………………えっ、はい!はいっ!すぐに確認いたします!」
受付の取り次いだ電話に対応する、斜め向かいに座る先輩の顔がみるみる青くなっていくのが見えた。
……………………一体、何があった?
「……張、●●の配送担当者の方からお前宛に電話が繋がっている。
先日、劉社長本人からのお電話で、医療法人大手●●が運営する5箇所の総合病院に、それぞれ医薬品を納品する日取りを、お前を通して伝えたと仰っておられるそうだが、お前、聞いているか!」
「ええ、1週間ほど前に。すぐに流通管理部にメールで連絡を………」
書類作成中の画面に目を遣りながら応える俺に、先輩は苛立つ声を上げた。
「先方へ連絡がいっていないそうだ!伝達にミスはなかったか?電話で確認はしたのか!?
納品日は明日午前中だと仰っている。先方へは私から、早急に確認中の旨伝える。今から間に合わせられるか配送管理部に、すぐ確認をとれ!責任者にも報告を!」
「まさか、そんなはずは!」
……メールが届いていない?!なんてそんな……、電話での確認は……、果たして、しただろうか
「早くしろ!!」
「はっ、はいっ!!」
怒鳴り声に急かされ、慌てて電話に手を伸ばしながら、こちらを厳しい目で睨む先輩に身を竦ませた。
……………………まさか。まさか、俺の酷く幼稚な伝達ミスが会社を揺るがす問題となり、それをカバーするために、何の罪もない広森くんが、駆り出されることになるなんて思わなかった。
そして、彼が、王支社長の企みのもとで、これまでいかに屈辱的な目に遭い、尊厳を踏み躙られてきたかを、まざまざと知ることになる。
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