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エウリーカ
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しおりを挟む「ありがとう。急に、ごめんね」
しばらくして、申し訳なさそうな顔をしたヴィクトルが部屋に戻ってきた。
汚れたものは全て流した様で多少小綺麗になってはいるけど、やっぱり私の知っている彼とは程遠い。
「で、何しに来たの?」
「うん、ちょっと。エウリーカの顔を見に」
「私?私の顔を見て、どうすんの?」
「どうって……元気にやってるかなって」
「は?元気かだって?この通り、超元気ですけど。で!?」
ヴィクトルがいなくなってからずっとずっと考えてきた罵詈雑言達がぐるぐる胸の中で回っている。それを掴もうと必死に手を伸ばしているのに、するりと逃げてしまって、全然言葉として出てきてくれない。
言いたいことが言えなくて、イライラする。
欲しい言葉をくれなくて、イライラする。
「元気ないのは、アンタじゃん。何、してんのよ……。こんなに、やつれて。バッカみたい」
ヴィクトルは小さい頃から細かった。
私の方が年上だから当然といえば当然なんだけど、男のくせに女の私よりも小さくて、軟弱で。チャンバラも腕相撲もかけっこも、いつも私が勝っていた。性格も内向的で、よく言えば穏やか、はっきり言うと臆病で。
あの頃のヴィクトルは私にとって、守るべき存在だった。
いつからか。多分、騎士養成学校に入ってからだと思う。ぐんぐん身長が伸びて。筋肉もついて。
チャンバラも腕相撲もかけっこも、だんだんと私が負けることが増えていき、すぐに全く敵わなくなった。
ヴィクトルは男で、私は女だから。
そんな当然のことをこの時になってようやく理解し、絶望した。
そんな当然のことが悔しくて悔しくてたまらなかった。
ヴィクトルは守るべき存在なのに、逆に守られるなんて。
ヴィクトルにそっと手をのばす。腕に触れた瞬間、ヴィクトルの身体が小さく跳ねた。
筋肉質で男らしいこの腕に嫉妬していた。私もこうだったらって、何度も思った。
でも今は、ただただ悲しい。細くなった筋肉と骨が浮き出た傷跡だらけの腕をそっと撫でる。
会わなかった数年間、ヴィクトルの身に起こったことを想像すると、胸が締め付けられて苦しくなる。
「……だから言ったじゃん。死ぬよって」
「うん。何度も死ぬかと思った」
「ジラルド様を裏切るからよ。恩知らず、罰当たり」
「うん。自分でもそう思う」
「じゃあ、何で」
何でかなんて、本当は知ってる。知っているのに、問わずにはいられない。
僕がやらないといけないから、だ。
「僕がやらないと、いけなかったから」
ほら、ね。
「でも、だめだったじゃん」
「うん。だめだった。全然だめだった」
「あんたがしたことは革命なんて大層なもんじゃない。ただの離反。しかも呆気なく失敗してるし」
「そうだね」
ヴィクトルが眉を下げて小さく笑う。
そこには後悔や未練も、悲しみも怒りも嘆きもない。背負っていたもの全て剥がれ落ちたような。まっさらな笑み。
昔、まだ村で暮らしていた時の、臆病で優しかったヴィクトルと同じ。
ああ……ああ。やっぱり、ヴィクトルは。
「……っ、格好良く反旗を翻したのにあっさり鎮圧されて。王国軍はほぼ無傷、革命軍は壊滅状態。後は首謀者の一人であるあんたを捉えて、処刑して、それで終わりだよ」
細くなったヴィクトルの腕にぎゅっと力を籠める。
ばか。本当にばっかみたい。こんなにボロボロになって、命の恩人を裏切ってまで。一矢報いることもできない。茶番にすらならないなんて。
「だから言ったのに。こんなことして、何になるのかって」
だから止めたのに。何回も何回も。言葉で、力づくで、止めたのに。
こんなことして、ただ犬死にするだけなのに。意味なんて、何もないのに。
力を籠めた手に、そっとヴィクトルの手が添えられる。
カサついて、傷だらけで、筋張っているその手は、それでも私のそれよりも大きくて力強い。
「例え、革命が為されなくても、反旗を翻すということに意味があるんだ。僕たちの主張を、言葉だけでなく行動に移すことに、意味があったんだ。例え、その結果皆死んだとしても。僕が死んだとしても。僕らが死ぬことには、意味があるんだ」
「今の王朝に対する不平不満を抱えている人が多いことなんて私だって知ってる。市民だけじゃない、貴族の中にもいっぱいいることだって。だから近い未来、どこかの誰かが、あんたと同じような事してたんだよ。あんたらみたいな弱小勢力がするよりも、もっと成功率は高かったはずなんだよ」
「それでも、僕がやらなくちゃいけなかったんだ」
「だから!!何であんたがしなくちゃいけないの!?」
そんなもの、ヴィクトル以外のどっかの誰か勝手にすればいい!
堪え切れず出た大きな声は、小さい部屋の中に反響してから吸い込まれて消えていった。
村がなくなって、王都に来て、学校に通うようになって。いつからか、ヴィクトルの顔付きが変わった。
村にいた時はいつも困ったように眉尻を下げていたのに、真っ直ぐに前を、私には見えないずっと先を揺るぎない瞳で見つめるようになった。
今まさに死がすぐそこまで迫っているというのに、そこだけは変わっていない。
とてもとても、悲しいことに。
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