【R18】二人は元恋人、現セフレ

遙くるみ

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かすみ

恋愛脳な女

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 入社当時は、こんな会社絶対に辞めてやるって毎日思ってた。  

 なのに、四年経った今も変わらず、私は同じ会社に勤めている。



「おはようございます。今日この後なんですけど」

「おはよ。わかってる、ちょっと待ってて。準備したらすぐ向かうから」

「はい。じゃあ、先輩の席も取っときますね」

「うん、ありがと」

 入社当時は大嫌いで大嫌いで仕方なかった先輩とも、今では言葉にしなくても互いに通じる程、コミュニケーションが取れている。実際に私達はいいコンビだと課長のお墨付きをもらうほどで、今私と先輩はこの課内でなくてはならない存在だと言われている。まあ、凄いのは先輩であって私はそれに便乗してるに過ぎないのだけど。

 悠馬と別れたら、生きていけないと思ってた。

 だけど、そんなことはもちろんなくて、私は別れた後も(それこそ次の日から)普通に起きて、食べて、仕事して、遊んで、寝て、息をして。そうやって普通に暮らしている。

「あ、資料!昨日追加で用意しようと思ってプリントし忘れた!」

「先輩、これをご覧ください」

 急に思い出して踵を返そうとした先輩に、抱えていたそれをすっと差し出す。

「……これっ!!!」

「私、できる子でしょ?」

「できる!さすが!私が教育しただけある!」

「それ、私じゃなくて自分を褒めてますよね?」

「私とあんたを褒めてるの。とにかく、ありがとう。あ、もう時間ね。行こう」

「はい!」

 ううん。仕事に関してだけ言えば、付き合っていた時より格段に上手くいくようになった。別れてからと言うもの、先輩を含めた周囲の厳しかった私への風当たりは和らいで、明らかに仕事がしやすくなった。それに伴って、仕事に対してもやり甲斐を感じるようになっていった。

 悠馬の言っていたことは、概ね当たっていた。
 私にばっかきつく当たる、大嫌いだった先輩。でも、先輩は必要以上に私に辛辣に当たっていた訳じゃなかった。わかりやすく言うと、仕事のできないやる気のない私に対して、他の子よりも厳しく指導していただけだった。なのにその当時の私はそんなことわかるはずもなくて、先輩は私のことが嫌いだから、気に食わないから私に対して嫌がらせをしているのだと本気で思っていた。

『頭の中大好きな彼氏でいっぱいで仕事をおろそかにする恋愛脳、私嫌いなんだよねー』

 やっぱり少しは先輩の私情もやっぱり含まれていたかもしれない。先輩と仲良くなってサシ飲みした時、唐突にそうカミングアウトされたっけ。
 それでも、それをあからさまに私にぶつけてくるような人ではない。先輩は仕事にプライドを持っていて、私情を挟まない人だって、私はもう知っているから。今はもう嫌いどころか、可愛くて格好いい先輩のことが大好きだし尊敬してる。

 別れて、悠馬がいなくなって、ぽっかりと空いた所を仕事で埋めただけ。そしたらみんなの私に対する見方が変わっただけ。
 先輩は私を評価してくれるけど、初めがダメすぎたから物凄く仕事が出来るように見えるだけで、結局今も人並みにしか出来ていない。人並みにできるようになっただけマシ、と言われればその通りなんだけど。ダメな子ほどっていうアレだ。先輩は完全に私のことを買い被ってる。

 悠馬と別れて、一歩引いて物事を見れるようになったと思う。主に、自分に対して。
 今までどれだけ悠馬を中心に行動していたか。悠馬を好きな自分のことしか考えていなかったか。自分の言動を振り返ると、恥ずかしすぎて穴に入りたくなる。

 結果的に、悠馬と別れたことは悠馬だけでなく私にとっても良かったのかもしれない。ううん、確実に良かったんだ。
 やっぱり、悠馬の言うことはいつだって正しい。

 悠馬は私と付き合ってても、いつも冷静に、一歩引いて、客観的に二人を捉えることができていた。私はそんな悠馬の態度を受け入れるどころか、私のことが好きじゃないからだと責めることしかしてなかった。本気でそう思っていた。

 ああ、やっぱり穴に入りたい。周りが見えなくなって愚かな判断しかできなかった過去の恋愛脳な自分を消し去りたい。

 ※ ※

「とか言う私も、恋愛脳なんだけどね」

 仕事終わり、駅すぐ近くにあるシアトル系コーヒーショップに二人で入り、仕事半分プライベート半分の雑談タイム。唐突に先輩が暴露した。

「……先輩がですか?」

「そう。意外?」

 仕事にプライドを持ち背中を真っ直ぐ伸ばしてオフィスを闊歩する先輩の姿と恋愛脳とか、全くもって結びつかない。私がコクコク頷くと、先輩が歯を見せて笑った。

「昔、恋愛脳のせいで斜め上なことしちゃってさ。漫画によく出てくる当て馬そのもの。読者にしたらお前なんて眼中にねーよ、ってバレバレなのにイケるかもって信じ込んでヒーローとくっつくために間に無理やり割り込んで、ヒロインに嫌がらせしちゃうやつ。で、結局二人をくっつけるためのきっかけにしかならないの。はあ、今思い返しても馬鹿すぎて笑っちゃう」

「それは……本当なら痛過ぎますね。ちなみに、どんなことを?」

「そんなもん教える訳ないでしょ。私の人生最大の黒歴史よ。でも、その黒歴史があったから今の私が出来上がったんだけどね。あんな愚行は二度とするまいと固く決めてるわ」

「だから、付き合わないんですか?」

 先輩が少しだけ眉を上げて、憂いを帯びた笑みを浮かべる。

 先輩には仲のいい同郷の男性社員がいる。確か営業部の、人懐っこい笑顔をする人。先輩に構ってほしくて全然違うフロアなのにしょっちゅう顔を見せに来てはストレートに先輩への好意を口にするその人を、先輩はいつもばっさりと切り捨てている。その辛辣すぎる対応は見ているこっちの方が胸が痛むくらいなんだけど、そこには気を許した相手だからこそ、信頼しているからこそ見せられる素の先輩がいるような気がした。態度には一ミリも表れていないけれど、心の中では多分……ずっと、そう思っていた。
 そんなこと口にしたら先輩に怒られそうだから今の今まで言ったことはなかったけれど。

 先輩が不貞腐れたように口を尖らせ、視線を外す。

「カタチが変わるのって、怖いのよ」

 そう言う先輩の表情は、いつもの毅然としたものではなく、完全に恋する乙女のそれだった。

 先輩の言ってること、すごくわかる。
 気持ちが同じでも、カタチが変わればその気持ちもまた変化していく。気持ちが変わって、そうするとカタチも変わって。どんどん変わって、全く別のモノになる。
 だったら、今のカタチのままでいい。今より良くなるか悪くなるかわからないなら、このままがいい。多分、先輩はそう言ってるんだ。

「でも、先輩なら大丈夫だと思いますけど」

 私と悠馬は、駄目だった。
 私の恋愛脳のせいで。
 
 結局、悠馬が好きになった私は悠馬に好かれるためにつくった私で、悠馬が嫌いになった私は元々の、ありのままの私だったんだから。

「ていうか、恋愛脳の先輩とか。なんですかそれ、超可愛いじゃないですか。そんな先輩見せられたらどんな男もイチコロだと思いますけど」

「あんたね、それで玉砕したって言ってるでしょが。黒歴史なの、もうあんなの嫌なの」

「でも、女子アナみたいに可愛い外見のくせに誰よりも仕事にストイックで格好いい先輩が恋に振り回されておバカになっちゃうのとか。想像するだけで萌え」

「やめてよ!もう!あんただって身をもって経験したでしょ。恋愛脳がはまったら良いことないって」

 先輩と私は違う。でも、それを私が言っても多分伝わらないし頑なに否定されるのは目に見えてるから、これ以上言うのはやめる。でも、絶対にあの人は先輩の本質的な部分を好きだと思うんだ。だから、ありのままの先輩で飛び込んでも、先輩が心配している様な結果には絶対にならないと思うんだ。 

 先輩と私は、違う。

 過去の黒歴史と言えてる先輩と、それを過去形に未だできていない私とでは、全然違うんだ。



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