20 / 35
かすみ
曖昧かつ明確な境界線
しおりを挟む
「しない。今そういう気分じゃないし」
甘さを含んで分かりやすく誘ったのに、ばっさりと断られた。固まる私を残して悠馬が無慈悲に立ち上がる。
しないなら、私がここにいる意味ないじゃん。じゃあ何のために私を呼んだの?……って。飲み会の後にセックスしようと思って呼んだのに私が爆睡してたからできなかったんだっけ。悠馬に対して理不尽だと感じるのはお門違いで、ムカムカするのなんて以ての外で。むしろ悠馬の予定を私のせいで崩してしまって、謝るのは私の方?
でも、なんか。いつもみたいにカラッと笑ってサクッと言葉が出てこない。胸がチクチクする。
「かすみ、今日暇?」
「……え?」
「俺、行きたいとこあるんだよ。付き合ってくんねえ?」
今日の予定は、悠馬と会って終わりだ。その後は何にもない。だからと言って、悠馬に付き合う義理もない。私と悠馬はセフレなんだから。
なんて断ろうか言葉を選んでいると、悠馬に「よし、じゃあ決定な」と言われてしまった。
「え、まだいいよなんて言ってないー」
「でも、予定ないんだろ?じゃ、いいじゃん」
「でもー」
「昨日帰ってきたら速攻でかすみとまた風呂入って色々しようと思ってたのに、かすみ寝てるんだもんなー。声かけても、うーんとかしか言わないで全っ然起きねえの。しかも俺のベッド占領してどいてくれねーし」
「そっ!それは……ごめん。でも、悠馬さっき起こすの可哀想だからって言ってたじゃん!だったら無理やりにでも起こしてくれて良かったのに」
「うん。だからやりたかったけど、かすみ寝てるし。起こすの可哀想だし。俺も眠いから今日は寝て、明日やればいーやって」
明日……って、つまり今日?じゃあ、何で今しないの?
私の疑問が伝わったのか、悠馬がふっと顔を綻ばせる。
「今はしない。また、夜する。わかった?」
そんな、勝手な。
つまり、今日一日一緒にいて今夜も悠馬の家に泊まるということじゃん。私にだって予定があるのに(本当はないけど)、ただのセフレなのに一緒に外出とかする意味が分かんないし、そもそも着替え持ってきてないし、昨日と同じ服でどこかに出かけたくもない。
断り文句を言い連ねて帰ると断言してやりたいのに、負い目があって何も言えない。最初に悠馬の予定を駄目にしたのは私で、私の失態のせいで二人が会う目的をまだ果たしてないのだから。
しぶしぶ感を前面に押し出して「わかった」と言うと、悠馬は目尻をくしゃくしゃにして満足気に笑った。
◇
「で、行きたいとこって?」
仕方ないから昨日と同じ服で家を出る。
悠馬はグラフィックデザインの入った白のカットソーにブラックデニムという休日らしいラフな格好なのに、私はオフィスカジュアルとか、ちぐはぐすぎて笑っちゃう。すれ違うカップルは皆、服の系統が似てて二人でセットって感じがする。もちろん、休日の繁華街にも溶け込んでいる。
付き合ってた頃は私と悠馬もそう見えていたんだろうな。私が悠馬の服の方向性に寄せていってたから、当たり前なんだけど。そのことを思い出して思わず自嘲する。
「映画見たいんだ。先週公開された戦国時代が舞台のやつ。知ってる?」
もちろん知っている。CMでばんばん宣伝していて、面白そうだなって思ってたやつ。悠馬が好きそうだな、とも思ってた。でも、口には出さない。
「映画くらい一人で行ってくればいいのに」
「俺が一人で映画見に行くようなやつじゃないって、知ってるだろ?」
知ってるよ。でもそれは三年前の悠馬であって、今の悠馬のことは知らない。三年前と同じだと、私の知ってる悠馬と同じだと言われてるみたいで、ううん。悠馬はそんな深く考えずに言ってるだけなのに、勝手に深読みしそうになる自分が嫌い。最悪。ああ、だめだ。これ以上話を広げたくなくて、話題を変える。
「ちなみに何時から?」
「五時くらいだったかな」
「嘘でしょ?まだまだ時間あるじゃん。もう一本早い時間とかないの?」
「あるけど、それだともう始まる。適当に暇つぶそうぜ」
悠馬が勝ち誇ったように、にかっと笑う。なんか、してやられた感がすごい。映画が目的ならさっさと見て帰りたい。で、さくっとセックスして、今日のうちに帰りたい。
こんな風に、無駄な時間を悠馬と過ごしたくない。
駅ビルの最上階に映画館はある。なので時間まで下の階でぶらぶらすることになった。せっかくだから秋物の服でも買って、今着替えちゃおうかな。
よく行くセレクトショップで、適当に見繕う。
淡いブラウンのゆったりとしたカットソー、何色も揃えられた着回しがききそうなコットンニット。見ると全部欲しくなっちゃう。でも、今着るならこれかな。薄いスウェット生地のラグワンピース。腰の所で結んであるからシルエットがダボってしてないし、カジュアルなのに女性らしい。何よりこれなら買うのは一つで済む。
「それ、いいじゃん」
見てるだけで手にとっても身体に当ててもいないのに、悠馬には私がどれを見てたかバレてたらしい。
「かすみっぽい」
そう言われて、一気に買う気が失せた。私っぽいってことは、つまり悠馬の好みだということだ。
「やめんの?」
「うん。やっぱ、さっきのとこ行っていい?そこで安くて無難なやつ買ってくる」
今日一日着るだけならファストファッションで十分だ。これはデートじゃないんだし、私服に見えればそれでいい。
「私ちょっと行ってくるね。悠馬、本屋とかで暇潰してていいよ」
そうじゃん。デートじゃないんだから一緒に行動する理由もない。映画を一緒に見たいってだけで、それまでは別行動だって構わないじゃないか。
「上映時間が近くなったら落ち合おう?私、もうちょっと見たいとこあるから」
「おい、かすみ」
「じゃ、また後でね」
何か言いたげな悠馬を残して、振り返ることなくその場を離れる。エスカレーターに乗り、降りた所で一回息を吐き、また歩く。
なんかすごい、疲れた。
結局、セールで安くなっていたビッグシルエットのベージュのTシャツと、黒のストレッチパンツを買った。二つで五千円しない。さっきのワンピースの半額以下だ。
休日っぽい格好になればいいのだから、これで全然構わない。
胸の中で燻ってごにょごにょぐるぐるしてたものを、ふーっと吐き出す。口角をきゅっと上げて、心を切り替える。
「やほ、さっきぶり。あ、悠馬もなんか買ったの?」
映画館のロビーに行くと、悠馬がさっきのセレクトショップの紙袋を持っていた。メンズももちろん扱ってるから、あの後普通に自分用の買い物をしたのかもしれない。
「ああ、いいもんあったから」
「そっか、良かったね。じゃ、行こっか」
それで話は終わり。どんなやつ?とか、私の服はどう?とか。そんなやり取りはしない。
そういうのが、お互いに干渉し合わない気楽な関係だから。
※ ※
「あー!面白かった!内容は勿論だけど、キャストが豪華すぎ!ものっそいチョイ役に大御所持ってくるとか凄いよね!」
「友情出演ってかいてあったし、ギャラ貰ってないんじゃん?確か監督と仲良しだとか」
「そーなんだ!だからかー」
「かすみ、飯どーする?なんか食ってから帰ろ」
「あ、そうだね。適当なやつでいいよ」
映画は予想したよりずっと面白かった。見る前の何だかよくわかんない居心地の悪さを吹っ飛ばして、ルンルンになっちゃうくらいに。
駅ビルの外は街灯やネオンで眩ゆいくらいに輝いていて、夜なのにとても明るい。行き交う人も昼と同じくらい、いやそれ以上に賑わっている。とりあえず飲食店の多そうな通りに向かって歩く。候補を挙げて、これでもないあれも食べてみたいなどと話してると、前から学生だと思われる集団がこっちに向かってきた。
道を譲るように悠馬の後ろに下がる。いや、下がろうとしたら悠馬に肩を抱かれ、ぎゅっと引き寄せられた。
「ったく。この場合道を譲るのはあっちだろが。周りの迷惑考えずに広がって歩きやがって」
ワイワイガヤガヤ大きな声の集団が通りすぎて、自然と身体が離れる。バレないように、俯いたまま小さく息を吐くと、悠馬が身体の位置を入れ替えて私の左手を握った。
「え、え?」
「ほら、いこ」
ぐっと引かれ、それを拒む。
「こ、ういうのは困る」
「なんで?」
「なんでって。付き合ってもいないのに」
付き合ってないのに、付き合ってるみたいなことはできない。したくない。
私が拒絶すると悠馬は眉間に皺を寄せ、不機嫌さを露わにした。
「ヤッてんのに?」
そして自嘲と嘲笑がない交ぜになった複雑な笑みを浮かべ、素直にその手を離した。
そうだよ。セフレってそういうもんでしょ?そう意味を込めてにかっと笑うと、悠馬は呆れたように息を吐いた。
甘さを含んで分かりやすく誘ったのに、ばっさりと断られた。固まる私を残して悠馬が無慈悲に立ち上がる。
しないなら、私がここにいる意味ないじゃん。じゃあ何のために私を呼んだの?……って。飲み会の後にセックスしようと思って呼んだのに私が爆睡してたからできなかったんだっけ。悠馬に対して理不尽だと感じるのはお門違いで、ムカムカするのなんて以ての外で。むしろ悠馬の予定を私のせいで崩してしまって、謝るのは私の方?
でも、なんか。いつもみたいにカラッと笑ってサクッと言葉が出てこない。胸がチクチクする。
「かすみ、今日暇?」
「……え?」
「俺、行きたいとこあるんだよ。付き合ってくんねえ?」
今日の予定は、悠馬と会って終わりだ。その後は何にもない。だからと言って、悠馬に付き合う義理もない。私と悠馬はセフレなんだから。
なんて断ろうか言葉を選んでいると、悠馬に「よし、じゃあ決定な」と言われてしまった。
「え、まだいいよなんて言ってないー」
「でも、予定ないんだろ?じゃ、いいじゃん」
「でもー」
「昨日帰ってきたら速攻でかすみとまた風呂入って色々しようと思ってたのに、かすみ寝てるんだもんなー。声かけても、うーんとかしか言わないで全っ然起きねえの。しかも俺のベッド占領してどいてくれねーし」
「そっ!それは……ごめん。でも、悠馬さっき起こすの可哀想だからって言ってたじゃん!だったら無理やりにでも起こしてくれて良かったのに」
「うん。だからやりたかったけど、かすみ寝てるし。起こすの可哀想だし。俺も眠いから今日は寝て、明日やればいーやって」
明日……って、つまり今日?じゃあ、何で今しないの?
私の疑問が伝わったのか、悠馬がふっと顔を綻ばせる。
「今はしない。また、夜する。わかった?」
そんな、勝手な。
つまり、今日一日一緒にいて今夜も悠馬の家に泊まるということじゃん。私にだって予定があるのに(本当はないけど)、ただのセフレなのに一緒に外出とかする意味が分かんないし、そもそも着替え持ってきてないし、昨日と同じ服でどこかに出かけたくもない。
断り文句を言い連ねて帰ると断言してやりたいのに、負い目があって何も言えない。最初に悠馬の予定を駄目にしたのは私で、私の失態のせいで二人が会う目的をまだ果たしてないのだから。
しぶしぶ感を前面に押し出して「わかった」と言うと、悠馬は目尻をくしゃくしゃにして満足気に笑った。
◇
「で、行きたいとこって?」
仕方ないから昨日と同じ服で家を出る。
悠馬はグラフィックデザインの入った白のカットソーにブラックデニムという休日らしいラフな格好なのに、私はオフィスカジュアルとか、ちぐはぐすぎて笑っちゃう。すれ違うカップルは皆、服の系統が似てて二人でセットって感じがする。もちろん、休日の繁華街にも溶け込んでいる。
付き合ってた頃は私と悠馬もそう見えていたんだろうな。私が悠馬の服の方向性に寄せていってたから、当たり前なんだけど。そのことを思い出して思わず自嘲する。
「映画見たいんだ。先週公開された戦国時代が舞台のやつ。知ってる?」
もちろん知っている。CMでばんばん宣伝していて、面白そうだなって思ってたやつ。悠馬が好きそうだな、とも思ってた。でも、口には出さない。
「映画くらい一人で行ってくればいいのに」
「俺が一人で映画見に行くようなやつじゃないって、知ってるだろ?」
知ってるよ。でもそれは三年前の悠馬であって、今の悠馬のことは知らない。三年前と同じだと、私の知ってる悠馬と同じだと言われてるみたいで、ううん。悠馬はそんな深く考えずに言ってるだけなのに、勝手に深読みしそうになる自分が嫌い。最悪。ああ、だめだ。これ以上話を広げたくなくて、話題を変える。
「ちなみに何時から?」
「五時くらいだったかな」
「嘘でしょ?まだまだ時間あるじゃん。もう一本早い時間とかないの?」
「あるけど、それだともう始まる。適当に暇つぶそうぜ」
悠馬が勝ち誇ったように、にかっと笑う。なんか、してやられた感がすごい。映画が目的ならさっさと見て帰りたい。で、さくっとセックスして、今日のうちに帰りたい。
こんな風に、無駄な時間を悠馬と過ごしたくない。
駅ビルの最上階に映画館はある。なので時間まで下の階でぶらぶらすることになった。せっかくだから秋物の服でも買って、今着替えちゃおうかな。
よく行くセレクトショップで、適当に見繕う。
淡いブラウンのゆったりとしたカットソー、何色も揃えられた着回しがききそうなコットンニット。見ると全部欲しくなっちゃう。でも、今着るならこれかな。薄いスウェット生地のラグワンピース。腰の所で結んであるからシルエットがダボってしてないし、カジュアルなのに女性らしい。何よりこれなら買うのは一つで済む。
「それ、いいじゃん」
見てるだけで手にとっても身体に当ててもいないのに、悠馬には私がどれを見てたかバレてたらしい。
「かすみっぽい」
そう言われて、一気に買う気が失せた。私っぽいってことは、つまり悠馬の好みだということだ。
「やめんの?」
「うん。やっぱ、さっきのとこ行っていい?そこで安くて無難なやつ買ってくる」
今日一日着るだけならファストファッションで十分だ。これはデートじゃないんだし、私服に見えればそれでいい。
「私ちょっと行ってくるね。悠馬、本屋とかで暇潰してていいよ」
そうじゃん。デートじゃないんだから一緒に行動する理由もない。映画を一緒に見たいってだけで、それまでは別行動だって構わないじゃないか。
「上映時間が近くなったら落ち合おう?私、もうちょっと見たいとこあるから」
「おい、かすみ」
「じゃ、また後でね」
何か言いたげな悠馬を残して、振り返ることなくその場を離れる。エスカレーターに乗り、降りた所で一回息を吐き、また歩く。
なんかすごい、疲れた。
結局、セールで安くなっていたビッグシルエットのベージュのTシャツと、黒のストレッチパンツを買った。二つで五千円しない。さっきのワンピースの半額以下だ。
休日っぽい格好になればいいのだから、これで全然構わない。
胸の中で燻ってごにょごにょぐるぐるしてたものを、ふーっと吐き出す。口角をきゅっと上げて、心を切り替える。
「やほ、さっきぶり。あ、悠馬もなんか買ったの?」
映画館のロビーに行くと、悠馬がさっきのセレクトショップの紙袋を持っていた。メンズももちろん扱ってるから、あの後普通に自分用の買い物をしたのかもしれない。
「ああ、いいもんあったから」
「そっか、良かったね。じゃ、行こっか」
それで話は終わり。どんなやつ?とか、私の服はどう?とか。そんなやり取りはしない。
そういうのが、お互いに干渉し合わない気楽な関係だから。
※ ※
「あー!面白かった!内容は勿論だけど、キャストが豪華すぎ!ものっそいチョイ役に大御所持ってくるとか凄いよね!」
「友情出演ってかいてあったし、ギャラ貰ってないんじゃん?確か監督と仲良しだとか」
「そーなんだ!だからかー」
「かすみ、飯どーする?なんか食ってから帰ろ」
「あ、そうだね。適当なやつでいいよ」
映画は予想したよりずっと面白かった。見る前の何だかよくわかんない居心地の悪さを吹っ飛ばして、ルンルンになっちゃうくらいに。
駅ビルの外は街灯やネオンで眩ゆいくらいに輝いていて、夜なのにとても明るい。行き交う人も昼と同じくらい、いやそれ以上に賑わっている。とりあえず飲食店の多そうな通りに向かって歩く。候補を挙げて、これでもないあれも食べてみたいなどと話してると、前から学生だと思われる集団がこっちに向かってきた。
道を譲るように悠馬の後ろに下がる。いや、下がろうとしたら悠馬に肩を抱かれ、ぎゅっと引き寄せられた。
「ったく。この場合道を譲るのはあっちだろが。周りの迷惑考えずに広がって歩きやがって」
ワイワイガヤガヤ大きな声の集団が通りすぎて、自然と身体が離れる。バレないように、俯いたまま小さく息を吐くと、悠馬が身体の位置を入れ替えて私の左手を握った。
「え、え?」
「ほら、いこ」
ぐっと引かれ、それを拒む。
「こ、ういうのは困る」
「なんで?」
「なんでって。付き合ってもいないのに」
付き合ってないのに、付き合ってるみたいなことはできない。したくない。
私が拒絶すると悠馬は眉間に皺を寄せ、不機嫌さを露わにした。
「ヤッてんのに?」
そして自嘲と嘲笑がない交ぜになった複雑な笑みを浮かべ、素直にその手を離した。
そうだよ。セフレってそういうもんでしょ?そう意味を込めてにかっと笑うと、悠馬は呆れたように息を吐いた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
192
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる