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かすみ
自分の手で終わらせる
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『あんたさあ。また、恋愛脳ぶり返してんじゃないの?入社当時とおんなじ顔してる』
鏡の中の自分に、恐る恐る目を向ける。
分かんない。昔、自分がどんな顔をしてたかなんて。今同じ顔をしてると言われても、全然ピンと来ない。
一つ言えることがあるとすれば、目の前に映る女は酷く不細工だということ。
青白く、肌に張りがなく、表情が抜け落ちている。異性はもちろん同性も惹きつけるような人間的な魅力は皆無で、先輩に具合が悪いと勘違いされるのも納得だった。
いつから私はこんな顔をしていたのだろう。いつから先輩は、そういう風に私を見ていたのだろう。昔の私も、今の私と同じような不細工な顔をしていたのだろうか。
最初は上手くやれていた。可もなく不可もない、程よい距離感で良好な関係を築けていた。いつか来る別れの日まで、特に変わることなく続いていくのだと思っていた。続けていけると思ってた。
なのに、悠馬があんなことを言うから。
『じゃあ、かすみが付き合ってくれよ』
『かすみのことが好きだかー』
あの日から、何かがおかしくなっていった。私の心の中が、さわさわと不穏に揺らぎ、雲行きを怪しくしていった。
どうしようもない焦燥感に駆られて、居ても立っても居られなくなる。胸が騒ついて、衝動を抑えられなくなる。
どうしよう、どうしよう。先輩に愛想をつかされてしまったかもしれない。やっぱりこいつは変わっていないと、見切りをつけられてしまったかもしれない。
さっき、ちゃんと話を聞いていれば。
そんな悪足掻きのような後悔が頭に過り、そんな自分に心底嫌気が差す。
そうやってすぐなかったことにしようと考えるところが駄目なんだ。そうじゃない。そうじゃなくて。
後悔ではなくきちんと反省して、次にまた同じことを繰り返さないようにする。そうやって少しずつミスを減らし、少しずつ学んで、少しずつ成長していく。
仕事も、プライベートも同じだと、先輩にそう教えられた。大切なのは失敗しないことじゃなく、失敗した後の姿勢だって。
じゃあ、私はどうすればいい?同じことを繰り返さないために、何をすればーー?
そんなもの、答えはもうとっくに出ている。
過去の失敗はもう繰り返さない。答えはとっくに出ているのに、それをただ待っているだけじゃ駄目なんだ。自分から行動しないと、結局また後悔する。三年前に、痛い位そう学んだのは私でしょう!
顔を上げ、鏡の中の自分と視線を合わせる。震える口角をキュッと上げ、にかっと歯を見せる。
笑え、笑え!
そう、何回も叫び続けた。
※ ※
今日少しだけ寄ってもいいかとメッセージを送ると、すぐに既読がついて、いいよと返信が来た。
残業が多い悠馬にしては珍しく、ほぼ定時で帰れたらしい。一度家に帰ってから行こうと思ってたけど、泊まるわけではないのだからと、そのまま直接向かうことにした。
「珍しいな、平日に来るなんて」
「ごめん、急に。迷惑だった?」
「いや、全然。上がれよ」
悠馬に上がるように促され、「ここでいい」とそれを断る。
「悠馬にちょっと聞きたいことがあって」
「何?」
腕を組んだ悠馬が廊下の壁に肩を預け、少し高い位置から私を見下ろしてくる。その視線を真っ向から受け止め、笑う。
「彼女、いつできるの?」
「……は?」
「だから、毎週デートを重ねてる彼女とは、いつになったら付き合うのか、って聞いてるの」
明るめの声で、語尾は弾ませて。口角を上げて、歯を見せて、楽しそうに。鏡の前で見せた、あの笑みを。
「……ああ、何?気になる?」
悠馬は少ししてから、意地の悪い笑みを浮かべた。
その瞬間、ふっと力が抜けて、何か全部どうでもよく思えてきて。
ペリッと、胸の中で音がした。
……気になるから、聞いてるんじゃん。
そうやって、いつもいつも。私を試す様な言い方して、私を挑発するような顔して、私から何かを引き出そうとしてきて。
ペリペリ。
何でそんなに楽しそうなの。何がそんなに楽しいの。私はこんなに苦しんでるのに。上手くいかないのに。何でそう、余裕なの。
ペリペリ、ペリペリ。
ああ、だめだ。いつもみたいに、カラッと笑って軽くあしらえない。
鍍金が剥がれる音がする。音がどんどん大きくなって、昔の、恋愛脳の私が、私を支配する。
醜くって汚い色をした、悠馬が嫌った私が顔を出す。こんな自分を出したら悠馬にまた嫌われてしまうとわかっていても、
止められないーー
「ていうかさ、いい大人なんだから二、三回デートしたら普通もう付き合うでしょ。何?焦らされてんの?彼女、奥手なタイプなの?それとも、付き合うまでの過程を楽しんでるとか?ううん、違うか。本命の彼女だから、確実に付き合えるように慎重になってるんだ」
「……かすみはどうだと思う?」
ベリッ、バリバリ。
「あ、わかった。クリスマスにデートして、夜ディナーの時に告って、事前に予約しておいた高級ホテルで初セックスするんでしょ。もしかして、彼女にそうしたいってオネダリされた?ははっ、超夢見がちな乙女思考じゃん。ウケる。もしかして、処女だったりして……ああー!絶対そうだ。結婚する相手じゃなきゃ処女はあげられないって言われて、それでお預け食らってるんだ。うわー悠馬、かわいそう。だから、付き合う直前のギリギリまで私との関係を維持して、焦らされて溜まりまくった性欲を発散させてるんだ!納得納得!」
だめだとわかっているのに、一度それを吐き出してしまうともう、堰を切ったように次から次へと言葉が溢れてくる。
悠馬を傷つける為だけの下品で低俗で、容赦のない言葉が、後から後から止まらない。
「新しい彼女ができそうなのに何で私なんかと、って疑問だったんだけどさあ。なるほどねー。確かに、処女相手であんなプレイはできないよねー。あ、服とかも!彼女の為に買ったやつを貸してくれてたってこと!?彼女とセフレをシェアさせるとか、うわーないわー。それってかなり最低じゃない?無神経すぎるでしょ!まっ、私は全然気にしないけど、どうでもいいけど?彼女に私の存在がバレたら軽蔑されちゃうんじゃないの?」
悠馬の眉間にくっと皺が刻まれる。
心底、軽蔑した顔。ぞわっと背中が粟立ち、暴走した頭が少しだけ冷える。
「っと、脱線しちゃった。今言ったのは私の単なる予想であって、それが当たってようと全然違っていようと、そんなのどっちでもいいの。だからさ、いつ付き合うの?」
ーーいつ、私は用済みになるの?
笑え、笑えと声がする。楽しそうに、嬉しそうに、どうでも良さそうに。
大丈夫、笑えてる。いつも通り、ちゃんとできてる。
だから、早く言ってほしい。悠馬の答えを聞かせてほしい。
早く、私を、解放してほしいーー
不快感を露わにしていた悠馬が、何かを諦めたように大きな大きな息を吐く。緊迫した部屋の空気が、少しだけ和らいだ気がした。
「……もう、やめよう。こういうの」
予想していた言葉が、静かに部屋に響く。
「もうやめて、付き合うことにするわ」
これも、予想していた言葉。悠馬から引き出そうとしていた言葉。
全部、計画通り。
最後の方、ちょっとわき道にそれて焦ったけど、何とか軌道修正できて、想定内に持っていけた。緊張していた身体から、力が抜けていく。安堵から……安堵、から?
ああ、よかった。これで、終わらせることができる。これで、ようやく、吹っ切れる。ようやく前に進める。
前に進めるんだ!
後は、用意していた言葉を悠馬に伝えるだけ。それで、終わり。
「……なんか言えよ」
あれ、おかしいな。声が出ない。
何回も何回も頭の中で繰り返しシミュレーションしてきたのに、なんて言うのかぽっかりと抜けおちて、頭の中が真っ白だ。昔から本番に弱いタイプだと自覚してたけど、まさかこの歳になってまでとは。本当に、自分の駄目さ加減に嫌んなるな。
「かすみ」
私の名前を呼ぶ悠馬の声。ちょっと、棘がある。
もしかしたら、これが最後なのかな。
悠馬に名前を呼ばれるのも。悠馬の声を聞くのも。
それだけじゃない。
悠馬の顔を見れるのも、この部屋に来れるのも。
悠馬の炒飯も、悠馬と過ごす何でもない時間も。目を合わせることも、素肌に触れ合うことも。セックスも、キスもーー
全部、終わる。私が終わらせた。
悠馬は今この瞬間から、私じゃない、他の誰かのものになる。
『おめでとう、良かったね!じゃあ、私とはもうお終いってことで。ああ、いいなあ!私も早く新しい彼氏見つけよっと!』
用意していた言葉、思い出した。
よし、言おう。
なるべく嫌味にならないように、仲の良い友人が言うように、心の底からお祝いしていると聞こえる様に。カラッとした、他意のない、悪意のない、そういう笑顔で。
「……わ、私」
悠馬の顔を見ようとして、できなくてーー
※ ※
気がつけば、悠馬の部屋を飛び出していた。
ネオンで不自然に明るく灯された夜道を、真っすぐに前だけを見て、ひたすらに足を動かす。急げ、急げと逸る心に、必死に身体がついて行く。
あっという間に駅につき、一瞬だけ足を止め、後ろを振り返る。
振り返った瞬間に、後悔したーー
電車の真っ暗な車窓に、くっきりと自分が映し出される。鏡で見た時以上に不細工な顔をしている自分と目を合わせ、自嘲が漏れた。
そんなの分かってたことじゃん。
付き合ってる時でさえ、悠馬が追いかけてきてくれたことなんてなかったのに、今のこの状況でどうして、もしかしたら、なんて思えるのか。
本当に根っからの恋愛脳にうんざりする。
馬鹿は死んでも直らないと言うし、先輩にもそう簡単には変われないって言われたばかりなのに。
やっぱり私は、何回も何回も同じ失敗を繰り返す。
鏡の中の自分に、恐る恐る目を向ける。
分かんない。昔、自分がどんな顔をしてたかなんて。今同じ顔をしてると言われても、全然ピンと来ない。
一つ言えることがあるとすれば、目の前に映る女は酷く不細工だということ。
青白く、肌に張りがなく、表情が抜け落ちている。異性はもちろん同性も惹きつけるような人間的な魅力は皆無で、先輩に具合が悪いと勘違いされるのも納得だった。
いつから私はこんな顔をしていたのだろう。いつから先輩は、そういう風に私を見ていたのだろう。昔の私も、今の私と同じような不細工な顔をしていたのだろうか。
最初は上手くやれていた。可もなく不可もない、程よい距離感で良好な関係を築けていた。いつか来る別れの日まで、特に変わることなく続いていくのだと思っていた。続けていけると思ってた。
なのに、悠馬があんなことを言うから。
『じゃあ、かすみが付き合ってくれよ』
『かすみのことが好きだかー』
あの日から、何かがおかしくなっていった。私の心の中が、さわさわと不穏に揺らぎ、雲行きを怪しくしていった。
どうしようもない焦燥感に駆られて、居ても立っても居られなくなる。胸が騒ついて、衝動を抑えられなくなる。
どうしよう、どうしよう。先輩に愛想をつかされてしまったかもしれない。やっぱりこいつは変わっていないと、見切りをつけられてしまったかもしれない。
さっき、ちゃんと話を聞いていれば。
そんな悪足掻きのような後悔が頭に過り、そんな自分に心底嫌気が差す。
そうやってすぐなかったことにしようと考えるところが駄目なんだ。そうじゃない。そうじゃなくて。
後悔ではなくきちんと反省して、次にまた同じことを繰り返さないようにする。そうやって少しずつミスを減らし、少しずつ学んで、少しずつ成長していく。
仕事も、プライベートも同じだと、先輩にそう教えられた。大切なのは失敗しないことじゃなく、失敗した後の姿勢だって。
じゃあ、私はどうすればいい?同じことを繰り返さないために、何をすればーー?
そんなもの、答えはもうとっくに出ている。
過去の失敗はもう繰り返さない。答えはとっくに出ているのに、それをただ待っているだけじゃ駄目なんだ。自分から行動しないと、結局また後悔する。三年前に、痛い位そう学んだのは私でしょう!
顔を上げ、鏡の中の自分と視線を合わせる。震える口角をキュッと上げ、にかっと歯を見せる。
笑え、笑え!
そう、何回も叫び続けた。
※ ※
今日少しだけ寄ってもいいかとメッセージを送ると、すぐに既読がついて、いいよと返信が来た。
残業が多い悠馬にしては珍しく、ほぼ定時で帰れたらしい。一度家に帰ってから行こうと思ってたけど、泊まるわけではないのだからと、そのまま直接向かうことにした。
「珍しいな、平日に来るなんて」
「ごめん、急に。迷惑だった?」
「いや、全然。上がれよ」
悠馬に上がるように促され、「ここでいい」とそれを断る。
「悠馬にちょっと聞きたいことがあって」
「何?」
腕を組んだ悠馬が廊下の壁に肩を預け、少し高い位置から私を見下ろしてくる。その視線を真っ向から受け止め、笑う。
「彼女、いつできるの?」
「……は?」
「だから、毎週デートを重ねてる彼女とは、いつになったら付き合うのか、って聞いてるの」
明るめの声で、語尾は弾ませて。口角を上げて、歯を見せて、楽しそうに。鏡の前で見せた、あの笑みを。
「……ああ、何?気になる?」
悠馬は少ししてから、意地の悪い笑みを浮かべた。
その瞬間、ふっと力が抜けて、何か全部どうでもよく思えてきて。
ペリッと、胸の中で音がした。
……気になるから、聞いてるんじゃん。
そうやって、いつもいつも。私を試す様な言い方して、私を挑発するような顔して、私から何かを引き出そうとしてきて。
ペリペリ。
何でそんなに楽しそうなの。何がそんなに楽しいの。私はこんなに苦しんでるのに。上手くいかないのに。何でそう、余裕なの。
ペリペリ、ペリペリ。
ああ、だめだ。いつもみたいに、カラッと笑って軽くあしらえない。
鍍金が剥がれる音がする。音がどんどん大きくなって、昔の、恋愛脳の私が、私を支配する。
醜くって汚い色をした、悠馬が嫌った私が顔を出す。こんな自分を出したら悠馬にまた嫌われてしまうとわかっていても、
止められないーー
「ていうかさ、いい大人なんだから二、三回デートしたら普通もう付き合うでしょ。何?焦らされてんの?彼女、奥手なタイプなの?それとも、付き合うまでの過程を楽しんでるとか?ううん、違うか。本命の彼女だから、確実に付き合えるように慎重になってるんだ」
「……かすみはどうだと思う?」
ベリッ、バリバリ。
「あ、わかった。クリスマスにデートして、夜ディナーの時に告って、事前に予約しておいた高級ホテルで初セックスするんでしょ。もしかして、彼女にそうしたいってオネダリされた?ははっ、超夢見がちな乙女思考じゃん。ウケる。もしかして、処女だったりして……ああー!絶対そうだ。結婚する相手じゃなきゃ処女はあげられないって言われて、それでお預け食らってるんだ。うわー悠馬、かわいそう。だから、付き合う直前のギリギリまで私との関係を維持して、焦らされて溜まりまくった性欲を発散させてるんだ!納得納得!」
だめだとわかっているのに、一度それを吐き出してしまうともう、堰を切ったように次から次へと言葉が溢れてくる。
悠馬を傷つける為だけの下品で低俗で、容赦のない言葉が、後から後から止まらない。
「新しい彼女ができそうなのに何で私なんかと、って疑問だったんだけどさあ。なるほどねー。確かに、処女相手であんなプレイはできないよねー。あ、服とかも!彼女の為に買ったやつを貸してくれてたってこと!?彼女とセフレをシェアさせるとか、うわーないわー。それってかなり最低じゃない?無神経すぎるでしょ!まっ、私は全然気にしないけど、どうでもいいけど?彼女に私の存在がバレたら軽蔑されちゃうんじゃないの?」
悠馬の眉間にくっと皺が刻まれる。
心底、軽蔑した顔。ぞわっと背中が粟立ち、暴走した頭が少しだけ冷える。
「っと、脱線しちゃった。今言ったのは私の単なる予想であって、それが当たってようと全然違っていようと、そんなのどっちでもいいの。だからさ、いつ付き合うの?」
ーーいつ、私は用済みになるの?
笑え、笑えと声がする。楽しそうに、嬉しそうに、どうでも良さそうに。
大丈夫、笑えてる。いつも通り、ちゃんとできてる。
だから、早く言ってほしい。悠馬の答えを聞かせてほしい。
早く、私を、解放してほしいーー
不快感を露わにしていた悠馬が、何かを諦めたように大きな大きな息を吐く。緊迫した部屋の空気が、少しだけ和らいだ気がした。
「……もう、やめよう。こういうの」
予想していた言葉が、静かに部屋に響く。
「もうやめて、付き合うことにするわ」
これも、予想していた言葉。悠馬から引き出そうとしていた言葉。
全部、計画通り。
最後の方、ちょっとわき道にそれて焦ったけど、何とか軌道修正できて、想定内に持っていけた。緊張していた身体から、力が抜けていく。安堵から……安堵、から?
ああ、よかった。これで、終わらせることができる。これで、ようやく、吹っ切れる。ようやく前に進める。
前に進めるんだ!
後は、用意していた言葉を悠馬に伝えるだけ。それで、終わり。
「……なんか言えよ」
あれ、おかしいな。声が出ない。
何回も何回も頭の中で繰り返しシミュレーションしてきたのに、なんて言うのかぽっかりと抜けおちて、頭の中が真っ白だ。昔から本番に弱いタイプだと自覚してたけど、まさかこの歳になってまでとは。本当に、自分の駄目さ加減に嫌んなるな。
「かすみ」
私の名前を呼ぶ悠馬の声。ちょっと、棘がある。
もしかしたら、これが最後なのかな。
悠馬に名前を呼ばれるのも。悠馬の声を聞くのも。
それだけじゃない。
悠馬の顔を見れるのも、この部屋に来れるのも。
悠馬の炒飯も、悠馬と過ごす何でもない時間も。目を合わせることも、素肌に触れ合うことも。セックスも、キスもーー
全部、終わる。私が終わらせた。
悠馬は今この瞬間から、私じゃない、他の誰かのものになる。
『おめでとう、良かったね!じゃあ、私とはもうお終いってことで。ああ、いいなあ!私も早く新しい彼氏見つけよっと!』
用意していた言葉、思い出した。
よし、言おう。
なるべく嫌味にならないように、仲の良い友人が言うように、心の底からお祝いしていると聞こえる様に。カラッとした、他意のない、悪意のない、そういう笑顔で。
「……わ、私」
悠馬の顔を見ようとして、できなくてーー
※ ※
気がつけば、悠馬の部屋を飛び出していた。
ネオンで不自然に明るく灯された夜道を、真っすぐに前だけを見て、ひたすらに足を動かす。急げ、急げと逸る心に、必死に身体がついて行く。
あっという間に駅につき、一瞬だけ足を止め、後ろを振り返る。
振り返った瞬間に、後悔したーー
電車の真っ暗な車窓に、くっきりと自分が映し出される。鏡で見た時以上に不細工な顔をしている自分と目を合わせ、自嘲が漏れた。
そんなの分かってたことじゃん。
付き合ってる時でさえ、悠馬が追いかけてきてくれたことなんてなかったのに、今のこの状況でどうして、もしかしたら、なんて思えるのか。
本当に根っからの恋愛脳にうんざりする。
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やっぱり私は、何回も何回も同じ失敗を繰り返す。
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