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かすみ
※おわりのそのあと、のそのあと
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呆気ないもんだなー、なんて思っていた。
悠馬がいなくても普通に生活できる自分に、あんなに好きだ好きだと言っておきながら実際はこんなもんなんじゃん、ってガッカリした。気持ちを過剰に盛りまくって、悠馬に恋する自分に酔いしれてただけじゃん、って。
そっか。恋に恋してただけだったのかな。相手は悠馬じゃなくたって、誰かと恋をして、付き合って。そういうことをしたかっただけだったのかな。だから、こんなにも普通でいられるんだ。なんだ、そっか。それだけのことなんだ。
この先、悠馬に恋をしたように、まだ知らない別の誰かに恋をする日が来るのかな。来るんだろうな。
例えば、ご飯を食べてる時。
例えば、街中を歩いている時。
何かを見る度に、聞く度に、触れる度に。悠馬のことをを思い出す。
これ、悠馬が好きだったな。悠馬と何回も行ったな。あの時こんな会話をして、二人でお揃いのものを買って。もし今ここに悠馬がいたら、こう言うだろうな。こっちの色を選ぶだろうな。お互いの誕生日、二人が付き合った記念日、クリスマスも、年末も、バレンタインも、何でもない普通の日も。沢山の日を悠馬と一緒に過ごしてきた。私の日常のあちこちに悠馬がいる。悠馬を思い出さない日なんてない。
今はまだ悠馬でいっぱいでも、時間が経つにつれてどんどんそれは薄れていって、消えてなくなることはないかもしれないけど、たくさんある過去の出来事の一つになっていくんだろうな。大切な思い出として、胸の隅にずっと残るんだろうな。
悠馬のことを思う時、不思議と辛くも悲しくもムカつきもしなかった。
どちらかと言うと、楽しかった嬉しかった幸せだったことばかりが頭に浮かんで、私の胸をじんわりと温めた。辛い悲しいムカつく思い出の方が多かったはずなのに、なんでだろう。
悠馬のことを思う時、不思議ともう一度付き合いたいとは思わなかった。悠馬のしかめた顔を思い出してしまうと、とてもそんな気にはなれなかった。あの時に感じた胸の痛みは……もう二度と経験したくはない。
まあ、私が復縁したいって言ったところで、できる訳もないんだけど。
悠馬を私の中から、無理やり追い出そうとは思わなかった。悠馬を思う気持ちを否定することなく、むしろ真正面から向き合うことで、悠馬への思いを正しく整理できると思ってた。そう信じてた。
悠馬の好きだった漫画、全冊集めて読みふけった。
悠馬の好きだった音楽、毎日毎日聞いて、一人でライブにも行った。
悠馬の好きだったブランドの服を着て、悠馬が残していった私物や二人で買ったものに囲まれて、思い出の中の悠馬に浸る。寂しくはなかった。悠馬はいないのに悠馬と一緒にいるみたいで、それはとてもとても、私の心を穏やかにさせた。
時間が解決してくれる。こうやって毎日を過ごしているうちに、少しずつ悠馬を思い出すことも少なくなっていって、悠馬のいた場所に自然と別の誰かがすっぽりと入ってきて。恋に落ちて。悠馬としたように、その誰かと毎日を過ごすようになるのかな。遠くない未来、そんな日が来るんだろうな。
悠馬と別れてできた時間は、私自身を見直すいい機会にもなった。
悠馬に、恋愛にのめり込んでいて周りが見えなくなっていた私は、ちょっと、いやかなり駄目な人間だった。初めて彼氏ができた思春期の高校生ならまだしも、自立した一社会人が取る言動ではなかった。彼氏と会うから残業できません、とか。よく悪びれもせず面と向かって先輩に言えたものだ。少し冷静な頭で考えればすぐにおかしいとわかることだったのに、それに気付かないなんて重傷すぎる。
それを早々に気付けて良かったのかもしれない。そんな私を受け入れてくれない常識的な考えを持つ人と、悠馬と付き合っていて良かったんだと思う。
本当は振られる前に直せたら、一番良かったんだけど。
ミスをしたら、ちゃんと向き合って、反省して、修正して、改善して、次に活かす。同じミスは繰り返さない。
仕事の基本だと、先輩に何回も何回も言われた。ミスをする度にその言葉を思い出し、自分にしつこいくらいに言い聞かせてきた。先輩に言われた通り、馬鹿の一つ覚えの様に、それだけを意識して仕事に取り組んできた。そうしたら少しずつ、でも確実にミスは減ってきて、今では先輩の教えを頭の中で反芻しなくても、自然と身体に染みついている。
人並みに仕事ができる様になって、先輩に、周りに認めてもらえるようになって。職場に自分の居場所ができたら、自分に対しての自信もついた。そうしたら、心に少しだけ余裕ができて、そうしてようやく恋愛脳の自分と向き合うことができた。
仕事も、プライベートも同じだ。
どうして悠馬と別れなければいけなかったのか。どうして悠馬は私のことを好きじゃなくなったのか。
少し冷えた頭で、一歩引いて、考えてみる。
どう考えても、何回考えても、私が悪い。
悠馬を好きだから。それを盾に振りかざして、悠馬を束縛して、悠馬を責め立てて、全てを悠馬のせいにした。
違う。悠馬が悪いんじゃなくて、悠馬を好きだった自分がいけないんだ。
いや、それも少し違うか。悠馬に片思いをしていた時、別れてまだ悠馬への想いを燻ぶらしている今。悠馬のことを好きだけれど、私の心の中は波風一つ立てずとても穏やかで、ほっこりと温かい。悠馬と付き合っている時と、どうしてこんなにも心持ちが違うんだろう。
結論。私が悠馬のことを好きなだけなら全然問題はなく、悠馬が私のことを好きだと、相思相愛の関係になってしまうことに問題があるということ。
悠馬が私のことを好きだと思うと、一気に欲張りになる自分がいけない。過剰に期待して、勝手に失望して、無性に不安になって、必要以上に束縛して、やるせない憤りをぶつけてしまう自分がいけない。
なんでこうなっちゃうんだろ。
反省をして、修正して、改善して、次に活かす。
とにかく、私の恋愛脳がいけない。好きになったらそれ一色になって自分を制御できなくなるのがいけない。過剰に期待して、勝手に失望して、無性に不安になって、必要以上に束縛して、やるせない憤りをぶつけてしまう、欲張りすぎる自分がいけない。
好きにならなければいいのかな。
恋愛脳の私なんて、もう誰も好きにならない方がいいんだろうな。自分の為にも、相手の為にも。
近い将来誰かのことを好きになったとして、その人と笑い合える映像が全く浮かばない。多分、絶対にまた私は同じことを繰り返す。
反省はできても、修正して改善できる自信が全然ない。仕事とプライベートは同じようで全然違う。
時間が経てば自然と薄れていくだろうと思っていた悠馬への思いは、一年経っても二年経っても、なくなりはしなかった。別れた時と変わることなく、むしろ別れた時よりも一層、悠馬への思いは募っていった。
あれ、何か思ってたのと違くない……?
別れて二年以上経って、ようやくその不自然さに気付いた。
いつまで私は悠馬のことを好きでいるつもりなのーー?
穏やかで温かだった胸の内が、不安と焦りでじくじくと不穏に疼き始める。
自然と訪れるだろうと思っていた次が来る気配は、一向にない。
ううん、違う。私が一歩も前に進めていないんだ。悠馬と別れた、あの日から。
ーーそれで、いいの?ずっとそうやって生きていくの?
悠馬との思い出を大切に、なんて都合のいい言い訳で、ただ単に悠馬への思いを吹っ切れなかっただけ。悠馬との思い出を手放したくなかっただけ。次になんて進みたくない、悠馬を過去の出来事の一つになんてしたくなかった。
変わらなかったのは、前に進まなかったのは、私がそうしたかったから。
別れた時と変わらない、悠馬でいっぱいの私の部屋。
それが普通じゃないってことに気付いていながら、見て見ないフリしてた。悠馬への思いを正当化して、過去の出来事を美化して。一途、と呼べば聞こえはいいけど、こんなものただの行き過ぎた執着、依存だ。それに後悔と未練が雁字搦めになっていて、もう最悪。
この先の自分を想像して、全身に寒気が走った。
このままじゃ、だめだ。もちろん今もだめだけど、もっともっとだめになる。世間の常識から逸脱しただめさまで堕ちてしまう。
もう、全部捨てよう。悠馬を思い出すものは全部。いい加減全部捨てて、部屋も引っ越そう。もっと職場に近くて、乗り換えが一回で済むところに。ごちゃごちゃ言ってないで悠馬が好きだったもの、悠馬を好きだった自分を全て否定して、排除する。そうして、私の中から強制的に悠馬を追い出して、そうしたら元の自分に、悠馬と付き合う前の本来の自分に戻れるはず!!
……あれ。
私の好きなものって、何だっけ?
好きな色は、服は、趣味は、食べ物は……
あれ。
悠馬のいない私って、何を考えてたんだっけ?
悠馬を切り離して残された空っぽすぎる自分の存在に絶望した。
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