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かすみ
二人は恋人
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「ていうかさ、自分の中で後戻りできない位まで拗らせて暴走する前に、相談して止めてくれるような友達とかいなかったの?」
「仲のいい友達はいるんですけど、恋愛相談とかはできなくて」
「なんで?恋愛脳なんて友達とする話の殆どが自分の恋愛話でしょ」
「それが、最初あまりに自分の恋愛話ばっかし過ぎたら友達に引かれちゃって。そのうちに私の恋愛観に対してのダメだしというか説教タイムみたいになっちゃって。それが嫌で自分の恋愛話をするの、やめたんです」
恋愛脳の私は絶対に自分が正しいって思ってたから、友達の助言に聞く耳を持たなかった。初めはただの恋バナをしていたのに、気がつけば険悪なムードになっていて、それが何回か続いてから恋愛話は聞き役に徹することに決めた。
友達の恋愛話を聞いていて、うんうんって共感することもあったけど、疑問を感じることも多かった。でも、それを言ったところでお互いの恋愛観は平行線のままなのだから、言うだけ無駄だって諦めてた。
こういう考えの人もいるよね、私は違うけど。そんな風に。
友達のことは好きだけど、恋愛に関しては絶対に分かり合えないって、そう勝手に見切りをつけていた。
「ふーん。まあ、わからなくもないかな。結果的に自分が間違っていたとしても誰かにそれを指摘されたら、あまりいい気分にはならないからね」
「誰かに相談しても、全否定されるのが怖くて、結局できなくて。こんなことに」
それと、悠馬のことはもう忘れろって、自分以外の人に断言されるのが嫌だった。
「なんで私に相談しなかったのよ」
先輩のその言葉にハッと顔を上げる。
先輩は不貞腐れたように唇を尖らせて、面白くなさそうにジト目を向けていた。それがどこか寂しそうにも見えるのは、私の脳内フィルターのせいなのか、はたまた本当にそうなのか。
「……相談して、良かったんですか?」
「ばか!当たり前でしょ!何のための先輩なのよ。仕事だけじゃなくプライベートのことも相談できる、頼ってもらえる相手だって思ってたのは、私だけ?私はあんただから、誰にも言ってない黒歴史の話だってしたのに」
もしかして、もしかしてだけど。本当に、寂しいと感じていてくれたのかも。
大好きな先輩がそんな風に思ってくれて、私が先輩のことを特別だと感じるように先輩も私のことを特別だと感じてくれているようで。
申し訳ないなって感じる以上に、嬉しい。嬉しい、嬉しい嬉しい……!
「だって、先輩に嫌われたくなくて」
込み上げてくる涙と嗚咽を必死に堪えて、わなわな唇を震わせる私を見て、先輩がしょうがないなとばかりにふっと笑う。
「私も恋愛脳だってこと、忘れてない?あんたの友達が否定するあんたの恋愛観も、私だったら肯定はできなくても共感はしてあげられる。どうしたらいいのか一緒に悩んであげられる。おんなじ思考回路してんだから、当たり前でしょ?まあ、最初は似すぎて同族嫌悪的な所もあったけど。今では嫌うどころか、誰よりもあんたのこと応援してるし、あんたが元カレとまた付き合えて、自分のことのように嬉しいよ」
「……せ、せんぱーい!」
イケメンすぎる先輩にもうこれ以上我慢ができなくなって勢いに任せて抱きつくと、今度は拒否されることなく受け入れられた。よしよしと頭を撫でられ、そのことに更に感極まって細くて柔らかい先輩の身体をぎゅうぎゅうに締め付ける。スンスン、先輩いい匂い。
前は、悠馬だけだった。私の中の大部分を悠馬が占めていて、何でも悠馬中心だった。
でも今は、悠馬と同じくらい先輩がいる。悠馬と同じくらい、先輩のことも大好きで、大事な人だ。
そんなこと言ったらそれこそ重すぎてドン引きされてしまいそうだから口には出せないけど。でも、先輩ならなんだかんだ言って「しょうがないわね」って受け入れてくれそうな気もする。
あれ。私、少しは変われたんじゃないかな。
悠馬のことを好きな自分は全然変われていないけれど、悠馬以外のことに対しては結構変われてるのかもしれない。うん、そんな気がしてきた。
それもこれも全部全部、先輩のおかげだ。
ぐりぐりと押し付けた顔を上げると、呆れたように笑う先輩と目が合った。可愛くてきれいで、すっごくイケメンな先輩。「先輩、好きです」と思いつくままに口にすると、先輩は「知ってる」とまた頭を撫でてくれた。
※ ※
「わざわざ迎えに来てくれなくてもよかったのに」
「時間がちょうど合ったから。それに通り道だし。全然わざわざじゃない」
私と先輩が飲んでいた居酒屋は悠馬の職場と自宅を結んだちょうど真ん中らへんにある駅で、事前にそれを伝えてあったこともあって、残業を終えた悠馬が途中下車して改札で私のことを待っていたくれた。
本当は、悠馬から『これから帰る』とメッセージが来た時はもうちょっと飲もう!という話になっていたのだけど、スマホを見た私の顔を見て一瞬で状況を察知した先輩に、「私より彼氏優先するに決まってるでしょ!根っからの恋愛脳のくせに気使って悩んでんじゃないわよ!」と一喝されてしまった。
「先輩、すっごい可愛かったでしょ?」
「ああ、うん。まあ」
さっき改札で、初めて悠馬と先輩が対面した。会う直前まで色々相談していた当の本人を早速紹介するのは、何だか居たたまれなかったけど、それ以上に嬉しくて、胸がこそばゆかった。
本当は会わせるぎりぎりまで不安だった。
先輩は局アナレベルで可愛いから、悠馬の気持ちが移っちゃうんじゃないかって。
でも、実際に会ってみるとそんなことは全然なく、二人はテンプレの自己紹介だけをして、それだけだった。
そのことに酷く、ホッとした。
「顔は確かに可愛いけど、俺はあんまり……だな」
「ええ!?先輩をあんまり、とか。悠馬目腐ってんじゃないの!?感覚ズレまくってるよ……って、そか。だから私なんかと付き合ってるのか」
「そういうんじゃなくて。あの人俺に対してすっげえ威嚇してきたし、なんかおっかない」
威嚇?おっかない?
悠馬と対峙した先輩はオフィシャル用の完璧な笑顔だったのに。どこをどう見たらそんな風に捉えられるのか。
やっぱり悠馬の目は腐っているのかも。
「それに、俺にとって可愛いって思えるのはかすみだけだよ。顔も、中身も」
「!?……なっ!!!」
金曜の夜の込み合う電車内で、何を急に!さらっとこの男は!!
言葉が出なくて一人慌てる私を見て、悠馬がくくっと声を押し殺して笑う。そしてまたしてもしれっと、「本当に可愛いな」と言い放ったのだった。
悠馬の普段降りてる駅を通過して、次の駅で降りる。
人の熱気がこもって暑いくらいだった車内とは違い、外の空気はひんやりと澄んでいて、肌寒いくらいだった。なんだかんだで、もうすぐ冬だ。
改札を出て、私の部屋へ向かって歩く。
もう一度付き合うようになってから、もっぱら私の部屋に来ることが増えた。未練がましく昔の思い出で溢れた私の部屋なんて悠馬にとって居心地悪い以外ないと思うのだけど、「ここにいると、安心する」と悠馬は正反対のことを言っていた。
本当かどうか、ものすごく疑わしい。私に気を使って言っている可能性大だ。
でも、例え気を使っていたとしても、それが本心だったとしても、私としては逆に居たたまれなく感じているとしても。
そう言ってくれた悠馬の気持ちを、大切にしたい。
「明日さ、買い物行きたいんだけど、いい?」
「いーよ。何買うの?」
「指輪。買いたい」
……え?
思わず思考だけでなく歩みも止まる。
悠馬はそんな私を促すように、力は入れず、でもしっかりと肌を密着させて、私の手を握ってきた。
「どんなのがいいとか、ある?」
「……なんで、急に。指輪とか」
話が飛躍しすぎて、悠馬が何考えてるのか全然分かんない。分からないのに、嬉しくて頭がピリピリする。
「実は、同僚にかすみと付き合ってること話した。隠す意味もないし、もう変な飲み会とか誘われたくなかったし。そしたらそいつに、だったら見てすぐに売約済みだって分かるように指輪でもしろ、って言われた」
ああ、なんだ。人に言われて、か。
瞬間的に膨らんだ胸が、シュルシュルと萎んでいく。
そうだよね。悠馬が自発的に指輪とか、考えないよね。
過去の私とシンクロして、必要以上に落ち込んでしまう。
新社会人となる直前の誕生日。もしかして指輪を貰えるかもって、勝手に期待で胸を膨らませていた私と。
「つーかさ。俺がっていうより、かすみにつけて欲しい」
悠馬がそう言い放ち、ふいっと目を逸らす。でもすぐに小さく息を吐き、もう一度真っ直ぐな視線を向けられ、ドキンと大きく胸が跳ねた。
「本当に馬鹿すぎるんだけど。同僚に言われて初めて気づいた、指輪が男避けになるって。かすみは俺と付き合ってるって、かすみはもう俺に売約済みなんだって、誰の目から見ても一目で分かるようにしないと、なんかもう、安心できない」
萎んだものが、また大きくなる。どんどん、どんどん大きくなって。さっきよりも大きくなって、今までで一番くらいに大きくなって。
ーーなんかもう、破裂しそう。
「嫌だった?」
ブンブンと首を振り、全力で否定する。
「……や、じゃない。やなわけ、ない!」
「ならよかった」
そう言って、悠馬が目尻の皺をくしゃりと深めた。
悠馬が好きな気持ちが溢れて止まらない。
嬉しい気持ちが、止まらない。
「あ、そだ。その同僚は狭山って言う同期の女なんだけど、かすみのこと紹介しろってうるさいから今度会わせてもいい?別にわざわざ飲みに行くとかじゃなくて、さっきみたいにちょっと顔を合わせるだけって感じでいいから」
「……え?いいの?」
「いいも何も、俺がお願いしてんだけど」
悠馬の同期の女の人。
今までだったら嫌なイメージしか無かったその単語を聞いても、不思議と全然嫌じゃない。自分でもびっくりするくらい、嫉妬も不安も湧かなかった。
「うん。会ってみたいな」
私がそう答えると、悠馬はどこかホッとしたような笑みを見せた。
もう一度付き合い始めてから度々見せる、そういった悠馬の些細な反応が、その都度私の胸を温かくする。幸せだなって、悠馬のことが好きだなあって、その都度思う。
悠馬に対して抱く感情が、以前よりも穏やかで深いものに変化していると気付くのは、もっともっと先のこと。
「仲のいい友達はいるんですけど、恋愛相談とかはできなくて」
「なんで?恋愛脳なんて友達とする話の殆どが自分の恋愛話でしょ」
「それが、最初あまりに自分の恋愛話ばっかし過ぎたら友達に引かれちゃって。そのうちに私の恋愛観に対してのダメだしというか説教タイムみたいになっちゃって。それが嫌で自分の恋愛話をするの、やめたんです」
恋愛脳の私は絶対に自分が正しいって思ってたから、友達の助言に聞く耳を持たなかった。初めはただの恋バナをしていたのに、気がつけば険悪なムードになっていて、それが何回か続いてから恋愛話は聞き役に徹することに決めた。
友達の恋愛話を聞いていて、うんうんって共感することもあったけど、疑問を感じることも多かった。でも、それを言ったところでお互いの恋愛観は平行線のままなのだから、言うだけ無駄だって諦めてた。
こういう考えの人もいるよね、私は違うけど。そんな風に。
友達のことは好きだけど、恋愛に関しては絶対に分かり合えないって、そう勝手に見切りをつけていた。
「ふーん。まあ、わからなくもないかな。結果的に自分が間違っていたとしても誰かにそれを指摘されたら、あまりいい気分にはならないからね」
「誰かに相談しても、全否定されるのが怖くて、結局できなくて。こんなことに」
それと、悠馬のことはもう忘れろって、自分以外の人に断言されるのが嫌だった。
「なんで私に相談しなかったのよ」
先輩のその言葉にハッと顔を上げる。
先輩は不貞腐れたように唇を尖らせて、面白くなさそうにジト目を向けていた。それがどこか寂しそうにも見えるのは、私の脳内フィルターのせいなのか、はたまた本当にそうなのか。
「……相談して、良かったんですか?」
「ばか!当たり前でしょ!何のための先輩なのよ。仕事だけじゃなくプライベートのことも相談できる、頼ってもらえる相手だって思ってたのは、私だけ?私はあんただから、誰にも言ってない黒歴史の話だってしたのに」
もしかして、もしかしてだけど。本当に、寂しいと感じていてくれたのかも。
大好きな先輩がそんな風に思ってくれて、私が先輩のことを特別だと感じるように先輩も私のことを特別だと感じてくれているようで。
申し訳ないなって感じる以上に、嬉しい。嬉しい、嬉しい嬉しい……!
「だって、先輩に嫌われたくなくて」
込み上げてくる涙と嗚咽を必死に堪えて、わなわな唇を震わせる私を見て、先輩がしょうがないなとばかりにふっと笑う。
「私も恋愛脳だってこと、忘れてない?あんたの友達が否定するあんたの恋愛観も、私だったら肯定はできなくても共感はしてあげられる。どうしたらいいのか一緒に悩んであげられる。おんなじ思考回路してんだから、当たり前でしょ?まあ、最初は似すぎて同族嫌悪的な所もあったけど。今では嫌うどころか、誰よりもあんたのこと応援してるし、あんたが元カレとまた付き合えて、自分のことのように嬉しいよ」
「……せ、せんぱーい!」
イケメンすぎる先輩にもうこれ以上我慢ができなくなって勢いに任せて抱きつくと、今度は拒否されることなく受け入れられた。よしよしと頭を撫でられ、そのことに更に感極まって細くて柔らかい先輩の身体をぎゅうぎゅうに締め付ける。スンスン、先輩いい匂い。
前は、悠馬だけだった。私の中の大部分を悠馬が占めていて、何でも悠馬中心だった。
でも今は、悠馬と同じくらい先輩がいる。悠馬と同じくらい、先輩のことも大好きで、大事な人だ。
そんなこと言ったらそれこそ重すぎてドン引きされてしまいそうだから口には出せないけど。でも、先輩ならなんだかんだ言って「しょうがないわね」って受け入れてくれそうな気もする。
あれ。私、少しは変われたんじゃないかな。
悠馬のことを好きな自分は全然変われていないけれど、悠馬以外のことに対しては結構変われてるのかもしれない。うん、そんな気がしてきた。
それもこれも全部全部、先輩のおかげだ。
ぐりぐりと押し付けた顔を上げると、呆れたように笑う先輩と目が合った。可愛くてきれいで、すっごくイケメンな先輩。「先輩、好きです」と思いつくままに口にすると、先輩は「知ってる」とまた頭を撫でてくれた。
※ ※
「わざわざ迎えに来てくれなくてもよかったのに」
「時間がちょうど合ったから。それに通り道だし。全然わざわざじゃない」
私と先輩が飲んでいた居酒屋は悠馬の職場と自宅を結んだちょうど真ん中らへんにある駅で、事前にそれを伝えてあったこともあって、残業を終えた悠馬が途中下車して改札で私のことを待っていたくれた。
本当は、悠馬から『これから帰る』とメッセージが来た時はもうちょっと飲もう!という話になっていたのだけど、スマホを見た私の顔を見て一瞬で状況を察知した先輩に、「私より彼氏優先するに決まってるでしょ!根っからの恋愛脳のくせに気使って悩んでんじゃないわよ!」と一喝されてしまった。
「先輩、すっごい可愛かったでしょ?」
「ああ、うん。まあ」
さっき改札で、初めて悠馬と先輩が対面した。会う直前まで色々相談していた当の本人を早速紹介するのは、何だか居たたまれなかったけど、それ以上に嬉しくて、胸がこそばゆかった。
本当は会わせるぎりぎりまで不安だった。
先輩は局アナレベルで可愛いから、悠馬の気持ちが移っちゃうんじゃないかって。
でも、実際に会ってみるとそんなことは全然なく、二人はテンプレの自己紹介だけをして、それだけだった。
そのことに酷く、ホッとした。
「顔は確かに可愛いけど、俺はあんまり……だな」
「ええ!?先輩をあんまり、とか。悠馬目腐ってんじゃないの!?感覚ズレまくってるよ……って、そか。だから私なんかと付き合ってるのか」
「そういうんじゃなくて。あの人俺に対してすっげえ威嚇してきたし、なんかおっかない」
威嚇?おっかない?
悠馬と対峙した先輩はオフィシャル用の完璧な笑顔だったのに。どこをどう見たらそんな風に捉えられるのか。
やっぱり悠馬の目は腐っているのかも。
「それに、俺にとって可愛いって思えるのはかすみだけだよ。顔も、中身も」
「!?……なっ!!!」
金曜の夜の込み合う電車内で、何を急に!さらっとこの男は!!
言葉が出なくて一人慌てる私を見て、悠馬がくくっと声を押し殺して笑う。そしてまたしてもしれっと、「本当に可愛いな」と言い放ったのだった。
悠馬の普段降りてる駅を通過して、次の駅で降りる。
人の熱気がこもって暑いくらいだった車内とは違い、外の空気はひんやりと澄んでいて、肌寒いくらいだった。なんだかんだで、もうすぐ冬だ。
改札を出て、私の部屋へ向かって歩く。
もう一度付き合うようになってから、もっぱら私の部屋に来ることが増えた。未練がましく昔の思い出で溢れた私の部屋なんて悠馬にとって居心地悪い以外ないと思うのだけど、「ここにいると、安心する」と悠馬は正反対のことを言っていた。
本当かどうか、ものすごく疑わしい。私に気を使って言っている可能性大だ。
でも、例え気を使っていたとしても、それが本心だったとしても、私としては逆に居たたまれなく感じているとしても。
そう言ってくれた悠馬の気持ちを、大切にしたい。
「明日さ、買い物行きたいんだけど、いい?」
「いーよ。何買うの?」
「指輪。買いたい」
……え?
思わず思考だけでなく歩みも止まる。
悠馬はそんな私を促すように、力は入れず、でもしっかりと肌を密着させて、私の手を握ってきた。
「どんなのがいいとか、ある?」
「……なんで、急に。指輪とか」
話が飛躍しすぎて、悠馬が何考えてるのか全然分かんない。分からないのに、嬉しくて頭がピリピリする。
「実は、同僚にかすみと付き合ってること話した。隠す意味もないし、もう変な飲み会とか誘われたくなかったし。そしたらそいつに、だったら見てすぐに売約済みだって分かるように指輪でもしろ、って言われた」
ああ、なんだ。人に言われて、か。
瞬間的に膨らんだ胸が、シュルシュルと萎んでいく。
そうだよね。悠馬が自発的に指輪とか、考えないよね。
過去の私とシンクロして、必要以上に落ち込んでしまう。
新社会人となる直前の誕生日。もしかして指輪を貰えるかもって、勝手に期待で胸を膨らませていた私と。
「つーかさ。俺がっていうより、かすみにつけて欲しい」
悠馬がそう言い放ち、ふいっと目を逸らす。でもすぐに小さく息を吐き、もう一度真っ直ぐな視線を向けられ、ドキンと大きく胸が跳ねた。
「本当に馬鹿すぎるんだけど。同僚に言われて初めて気づいた、指輪が男避けになるって。かすみは俺と付き合ってるって、かすみはもう俺に売約済みなんだって、誰の目から見ても一目で分かるようにしないと、なんかもう、安心できない」
萎んだものが、また大きくなる。どんどん、どんどん大きくなって。さっきよりも大きくなって、今までで一番くらいに大きくなって。
ーーなんかもう、破裂しそう。
「嫌だった?」
ブンブンと首を振り、全力で否定する。
「……や、じゃない。やなわけ、ない!」
「ならよかった」
そう言って、悠馬が目尻の皺をくしゃりと深めた。
悠馬が好きな気持ちが溢れて止まらない。
嬉しい気持ちが、止まらない。
「あ、そだ。その同僚は狭山って言う同期の女なんだけど、かすみのこと紹介しろってうるさいから今度会わせてもいい?別にわざわざ飲みに行くとかじゃなくて、さっきみたいにちょっと顔を合わせるだけって感じでいいから」
「……え?いいの?」
「いいも何も、俺がお願いしてんだけど」
悠馬の同期の女の人。
今までだったら嫌なイメージしか無かったその単語を聞いても、不思議と全然嫌じゃない。自分でもびっくりするくらい、嫉妬も不安も湧かなかった。
「うん。会ってみたいな」
私がそう答えると、悠馬はどこかホッとしたような笑みを見せた。
もう一度付き合い始めてから度々見せる、そういった悠馬の些細な反応が、その都度私の胸を温かくする。幸せだなって、悠馬のことが好きだなあって、その都度思う。
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