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本編
ジョセフ(4)
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「このルルっていう植物は毒があるの?これって『禁止』って意味だよね?」
サトゥの指差している場所を覗くと、ルルについて書かれたページだった。
「そう『禁止』で正解。でもルルに毒はないよ。これは何て書いてあるか分かる?」
「黒、染める」
「うん。『黒く染まる』って意味。すごいよ、もうこんなに単語覚えたなんて」
本当にすごい。勉強をし始めてまだわずかなのに、単語も文法もどんどん覚えていく。サトゥを褒めると笑いはしないものの少しだけ口角をあげ、嬉しそうに表情を弛ませた。その表情をチラリと見てから話を続ける。
「ルルの葉っぱは結構尖っていて痛いし、葉っぱから黒い液体が出るんだ。この国ではあまり黒はいい色だと思われてないし、ルルの栽培は禁止されてる所もあって。それにルルの実はすごく甘くて美味しいんだけど、これを食べると全身が真っ黒になるって言われていて敬遠されてる。今はそんなことないって証明されてるんだけど、お年寄りは未だに信じてる人が多いかな」
一度話を止めて、サトゥを伺う。彼女はウンウン言って俺の話を真剣に聞いていた。
「サトゥも知っての通りこの国は薄色髪信仰が強くて、今はそれが差別だって反対してる人も多いんだけど、まだまだその考えは根強い。サトゥも誰かに嫌なこと言われたり、されてない?髪の色で優劣つけるなんて馬鹿馬鹿しいことなんだけどさ」
サトゥの真っ黒な髪はそういった考えの人から見れば最下層だ。こんなに艶があって綺麗なのに。
俺もずっと、白金色の兄の髪に劣等感を感じていた。もちろん黒髪の人を嫌悪することはなかったが、自分の髪色は嫌いだった。
ちょうど兄の髪色をくすませて濁らせたような、薄茶色の髪が。
同じ親から産まれたのに何故こんなにも違ってしまったのかと。産まれた時すでに、一生兄に劣ることが決まっていたかのように思えた。実際、そう言われもしたし。
この国の人々にとって髪色はその人となりであり、全てであることが多い。
「ジョセフは、神様って信じる?」
なんだか心苦しくて俯いていると、ふいにサトゥが話し始めた。その声は淡々としていて、怒りや悲しみは感じられなかった。
「私、あんまり信じてないの。見たことも会ったこともないし、助けてもらったこともない。それは祈ったりしてこなかったからかもしれないけど。でも、熱心に祈ったり神様に色々捧げたりした人達で、どれくらいの人が本当に救われているの?本当に神様は助けてくれるの?私のまわりには、いなかった。それに元々信仰深い国じゃなかったしね。私は熱心に祈るくらいならその分努力した方がいいって思ってたし、今もそう思ってる。神様より、頑張った自分の方がよっぽど信頼できる。そりゃ努力してもどうにもならないことなんて沢山あるけど、報われないこともあるけど。でも、努力した事実は自分の中にちゃんと残るし、自信になる。そうやって、自分を保ってきた。……この国に来て黒髪だからって言われたことあるよ。でも全然気にしてない。だって努力しても金髪になる訳じゃないし、金髪になったからといって私の内面は何も変わらないもの。それに金髪の私って、もう私じゃない気がするし」
そう言ってサトゥは、口元だけで小さく笑った。
身体が、動かない。
サトゥの言葉に、雷に打たれたみたいな衝撃が全身を駆け巡っているからだ。それでいて心の中は凪のように穏やかだった。ずっと心の中でぐるぐると絡み付いて捻れてしまったものが、するするっと綺麗に解けていく。
騎士になれなかった俺が、茶色の髪の俺が、兄を超えることのできない俺が。それでも全然いいんだと、認めてもらえたようだった。
そんなこと言われたことなかった。
そんな風に考えたこともなかった。
衝撃が強すぎて、指先一つ動かせない。ずっと固まったままの俺を不審に思ったのか、慌ててサトゥが付け足した。
「あっ、決して神様を否定してる訳じゃないの。信じてる人を馬鹿にしてるわけでも。ただ、私はそう思うっていうだけで。ごめん。嫌なこと言ったかな」
サトゥの言葉にハッと我に返る。
この国の信仰のせいで自分が辛い目にあってるのに、この国の信仰をもっと否定していいのに。そんな風に相手を気遣えるなんて。
ーー本当に、優しい子だと思う。
「俺もあんまり信じてないから大丈夫。でも他の人にはあまり言わない方がいいかも」
ニコリと笑いかけると、サトゥはホッとしたように眉を下げて頷いた。
ずっしりと重かった心が、サトゥの言葉で嘘みたいに軽くなった。
俺も神様なんて信じていない、むしろずっと恨んでいた。どうして俺ばかり、どうして俺なんだって。
でも今、俺の目の前に神様が、いや女神がいる。
ーー異世界から俺を救うためにやってきてくれた、俺だけの。
そう、今まさに俺はサトゥの言葉によって救われたんだ。彼女の言葉が、彼女の存在が、前に進めず雲泥の中を惨めにもがいていた俺を引っ張りあげてくれた。俺という人間に、これから己がやるべき使命を与えてくれた。
俺の、これからの人生全てをかけてやるべきことが、今わかった。
あんなに悩んでいたのに、それはもうすんなりと。
「それはそうと、最近毎日勉強してるけど疲れてない?サトゥだって肉体労働で大変なんだから、休んだっていいんだよ?」
俺はサトゥに会えると思うだけで、仕事の疲れなんて吹き飛んでしまうので全く問題はないし、毎日会いたいと思っているので今の状況は大歓迎なのだけど、サトゥの身体が最優先だ。ものすごく名残惜しいし寂しいけれど、休息もしっかりとらないと身体がバテてしまう。それに、飽きられても困ってしまうし。
「何もしないのって逆に疲れるの。勉強してる方が楽しいし、全然大丈夫。でも心配してくれてありがとう」
休んだ方が疲れは取れる気がするけど、異世界ではそういうものなんだろうか。それでも気を使ってそう言っている訳ではなさそうなので、サトゥがいいと言えばいいのだろう。最近は少しくだけた口調になってきて、俺に気を許してくれているようですごく嬉しい。
「あっ、ごめん。ジョセフが休みたいよね?毎日付き合わせちゃって悪かったかな」
「いや!全然!サトゥがいいなら毎日したいって思ってるから!!」
サトゥが勉強の回数を減らすと言う前に急いで声を被せる。サトゥは驚いたように目を見開き、すぐに視線を反らして頬を赤く染めた。
「そ、そうだよね。毎日勉強見てもらってるのに、あっちの方は毎回じゃないもんね」
一瞬何を言ってるのかわからなくなり、ポカンと口を開け固まってしまったが、すぐにサトゥの言いたいことを理解し一気に顔に熱が集まった。
「っち、ちが!そうじゃなくて、したいっていうのは勉強のことで、決してあっちのことではなくて!あっでもサトゥがいいっていうならあっちの方も勿論毎日したいんだけど。って、そういうことじゃなくて!だがら、俺は全然大丈夫だから!俺のことは気にしないで、サトゥが大丈夫なら毎日だって構わないし、むしろ嬉しすぎるって言うか。あれ、俺、何言ってんだろ………」
サトゥに誤解されたくなくて嫌われたくなくて、必死に弁解を繰り返す。
もちろんやりたい気持ちは凄くあるが、サトゥの気持ちを無視してやる気はさらさらない。下半身のことしか考えていない猿野郎と思われてしまってはたまらない。慌てて言い募ったけど、自分でも段々訳分かんなくなって、余計なことまで言っている気がする。
そんな俺をサトゥがポカンと俺を見上げ、そして吹き出した。
「………っぷ。っふっふふ。あっはっはっはっははは!」
堪えきれないとばかりにみるみる爆笑し始め、目尻に涙をためている。
サトゥは笑いがなかなか収まらないようで、一度落ち着いて静かになったかと思うと、また徐ろに声を上げて笑いだした。
そんなサトゥを俺は茫然と見つめていた。
ーーサトゥが、笑っている。
こんなに素のサトゥをさらけ出してくれたのは、初めてだ。
何とも言えない歓喜のような安堵のような、熱い熱い想いが込み上げてくる。
ずっとずっと見たかった、ありのままの彼女がいる。
感極まって泣きそうになり、慌ててサトゥを抱き締め顔を隠した。
「っはは!っうわ!ど、どうしたの?ごめん。笑いすぎたかな」
ずっと感じていた壁がなくなったようで、嬉しすぎてヤバい。
ようやく俺に気を許してくれた。それは今だけなのかもしれない。そもそも俺の勘違いなだけかもしれない。それでも、俺は嬉しくて嬉しくて、背中に回した腕に力を込めて、小さな身体をきつく抱き締めた。
「?怒った?なんかジョセフが必死すぎてつい。あの、ごめんね?」
「怒ってないよ」
そう言って顔を上げ、互いのおでこと鼻をくっつけ至近距離で見つめる。目の前にあるサトゥの黒い瞳は、驚きで真ん丸になっていた。やっぱり、壁はない。
あー、可愛い。嬉しい。好きだ。やばい、死にそう。死にたくないけど。ていうか今死んでたまるか。
多分今、俺の顔はにやけまくって凄いことになってる。格好悪いと思うけど、顔が緩んで力が入らない。
感情が溢れて爆発しそうだったので、衝動的に唇を合わせる。そうしなければ、何を口走ってしまうかわからなかった。
半ば強引に唇を合わせ、何度も何度も角度を変えサトゥを味わう。
甘い。甘すぎて頭がしびれる。
唇を貪ることに夢中になっていると、苦しそうな息継ぎが聞こえてハッと我に返った。唇を離してサトゥを伺うと、顔を真っ赤にして睨まれた。
けど、それはどこか甘さを含んでいて、本気で怒っていないのがわかる。
なんだそれ、可愛すぎるぞ殺す気か。サトゥが俺に対してそんな顔をするなんて、夢みたいだ。
ああ、もう!幸せすぎて頭がおかしくなる。
「ごめん、サトゥが可愛すぎて、つい」
俺の言葉にサトゥの顔がさらに赤くなる。彼女はストレートな物言いに慣れてない。分かっててわざと言ったのだけど。
普段しっかりしていて落ち着いているのに、こういうところは誰よりも初心で、そんなギャップもものすごく可愛い。そして行為の最中に感じないようにしてるのに感じちゃって、それを何でもないフリして必死に隠そうと頑張っている所なんて、本当にたまらない。何度でも言うけど、可愛すぎる。何度言っても足りない位だ。
他の人が知らない、俺だけしか知らない彼女の色んな表情がどんどん増えて、誰にも教えたくない。見せたくない。
サトゥの可愛い所は俺だけが知ってればいい。俺にだけ、見せて欲しい。
サトゥの一つに括った髪をほどいて、一房手に取り、そこにそっと唇をあてる。
ーーこの国の誓いの証だ。
それは騎士が忠誠を誓う時だったり、夫婦が愛を誓う時だったりと様々だ。
俺が込めた意味はーー
サトゥに俺の全てを捧げる。
そう唇に想いを込めて、触れるだけのキスをした。
◇
それからはサトゥ中心の毎日だった。
サトゥの嫌がりそうなことはせず、サトゥに認めれもらえるよう仕事に真摯に取り組み、そして、サトゥに危害を加えないよう周りの人間を牽制した。
彼女は相変わらず俺以外にはずっと無表情で、必要最低限しか話はしていなかった。といっても、俺も部屋で二人の時に以外は、その他大勢の人達と同様の扱いなのだが。むしろ意図的に会わないようにされているくらいで、少し、いやかなり寂しい。
彼女は決して愛想が悪い訳ではないのだが、仕事中は無駄な話は一切せず仕事に対しての意識が高い。そういうところが一部の女中の間では反感を買っているようだった。
それに最近のサトゥは以前より雰囲気が丸くなった。
仕事やこの世界に慣れてきたからだろう。本人に自覚はないんだろうけど、ふとしたときに素のサトゥが漏れ出ていて、それを目敏く見つけた使用人の間で可愛いと人気が高まってきている。
何を今更言ってるんだと呆れてしまう。元々顔も可愛いし、髪は艶々だし、真面目で一生懸命だし、ちょっと表情が乏しいだけでものすごく優良物件だったのだ。その取っつきにくさが少し薄れたとあって、近付こうとする男が急に増えた。
はっきり言って、面白くない。気に食わない。不快だ。最悪だ。ふざけるな。
とりあえず休憩中に見つけたらサトゥの隣の席をキープし、サトゥは俺のものだと男女問わず威嚇することにしている。
もちろんサトゥにバレないように。
彼女は俺と仲が良い、というか身体の関係があるということを周囲に知られたくないらしいが、俺は声を大にして言いたい。
サトゥは俺のものだから手を出すな、と。まあ、口に出してないだけで身体全体でビシビシ醸し出しているけれど。
俺がそんなことをしていると知ったら、サトゥは絶対やめろと言ってくるだろう。彼女は物事を捉える目は物凄く冴えているのに、自分のことに対してはどこか甘い。というか自己評価が低い。
俺がそんなことはないと事実を述べても、お世辞はいらないとさらに頑なになってしまうので、最近ではあまり言わないようにしている。いや、あまり言わないようにしてるつもりだけど、やはり言っている。
だって彼女はとても可愛いのだ。ちゃんと自覚してくれないと困る。
いつか、彼女がこの世界に来て良かったと心から言えるよう、俺が全力で彼女を守る。例えこの先何があっても、必ず。
ーー俺だけの、女神アリティアスの騎士に、俺はなるんだ。
サトゥの指差している場所を覗くと、ルルについて書かれたページだった。
「そう『禁止』で正解。でもルルに毒はないよ。これは何て書いてあるか分かる?」
「黒、染める」
「うん。『黒く染まる』って意味。すごいよ、もうこんなに単語覚えたなんて」
本当にすごい。勉強をし始めてまだわずかなのに、単語も文法もどんどん覚えていく。サトゥを褒めると笑いはしないものの少しだけ口角をあげ、嬉しそうに表情を弛ませた。その表情をチラリと見てから話を続ける。
「ルルの葉っぱは結構尖っていて痛いし、葉っぱから黒い液体が出るんだ。この国ではあまり黒はいい色だと思われてないし、ルルの栽培は禁止されてる所もあって。それにルルの実はすごく甘くて美味しいんだけど、これを食べると全身が真っ黒になるって言われていて敬遠されてる。今はそんなことないって証明されてるんだけど、お年寄りは未だに信じてる人が多いかな」
一度話を止めて、サトゥを伺う。彼女はウンウン言って俺の話を真剣に聞いていた。
「サトゥも知っての通りこの国は薄色髪信仰が強くて、今はそれが差別だって反対してる人も多いんだけど、まだまだその考えは根強い。サトゥも誰かに嫌なこと言われたり、されてない?髪の色で優劣つけるなんて馬鹿馬鹿しいことなんだけどさ」
サトゥの真っ黒な髪はそういった考えの人から見れば最下層だ。こんなに艶があって綺麗なのに。
俺もずっと、白金色の兄の髪に劣等感を感じていた。もちろん黒髪の人を嫌悪することはなかったが、自分の髪色は嫌いだった。
ちょうど兄の髪色をくすませて濁らせたような、薄茶色の髪が。
同じ親から産まれたのに何故こんなにも違ってしまったのかと。産まれた時すでに、一生兄に劣ることが決まっていたかのように思えた。実際、そう言われもしたし。
この国の人々にとって髪色はその人となりであり、全てであることが多い。
「ジョセフは、神様って信じる?」
なんだか心苦しくて俯いていると、ふいにサトゥが話し始めた。その声は淡々としていて、怒りや悲しみは感じられなかった。
「私、あんまり信じてないの。見たことも会ったこともないし、助けてもらったこともない。それは祈ったりしてこなかったからかもしれないけど。でも、熱心に祈ったり神様に色々捧げたりした人達で、どれくらいの人が本当に救われているの?本当に神様は助けてくれるの?私のまわりには、いなかった。それに元々信仰深い国じゃなかったしね。私は熱心に祈るくらいならその分努力した方がいいって思ってたし、今もそう思ってる。神様より、頑張った自分の方がよっぽど信頼できる。そりゃ努力してもどうにもならないことなんて沢山あるけど、報われないこともあるけど。でも、努力した事実は自分の中にちゃんと残るし、自信になる。そうやって、自分を保ってきた。……この国に来て黒髪だからって言われたことあるよ。でも全然気にしてない。だって努力しても金髪になる訳じゃないし、金髪になったからといって私の内面は何も変わらないもの。それに金髪の私って、もう私じゃない気がするし」
そう言ってサトゥは、口元だけで小さく笑った。
身体が、動かない。
サトゥの言葉に、雷に打たれたみたいな衝撃が全身を駆け巡っているからだ。それでいて心の中は凪のように穏やかだった。ずっと心の中でぐるぐると絡み付いて捻れてしまったものが、するするっと綺麗に解けていく。
騎士になれなかった俺が、茶色の髪の俺が、兄を超えることのできない俺が。それでも全然いいんだと、認めてもらえたようだった。
そんなこと言われたことなかった。
そんな風に考えたこともなかった。
衝撃が強すぎて、指先一つ動かせない。ずっと固まったままの俺を不審に思ったのか、慌ててサトゥが付け足した。
「あっ、決して神様を否定してる訳じゃないの。信じてる人を馬鹿にしてるわけでも。ただ、私はそう思うっていうだけで。ごめん。嫌なこと言ったかな」
サトゥの言葉にハッと我に返る。
この国の信仰のせいで自分が辛い目にあってるのに、この国の信仰をもっと否定していいのに。そんな風に相手を気遣えるなんて。
ーー本当に、優しい子だと思う。
「俺もあんまり信じてないから大丈夫。でも他の人にはあまり言わない方がいいかも」
ニコリと笑いかけると、サトゥはホッとしたように眉を下げて頷いた。
ずっしりと重かった心が、サトゥの言葉で嘘みたいに軽くなった。
俺も神様なんて信じていない、むしろずっと恨んでいた。どうして俺ばかり、どうして俺なんだって。
でも今、俺の目の前に神様が、いや女神がいる。
ーー異世界から俺を救うためにやってきてくれた、俺だけの。
そう、今まさに俺はサトゥの言葉によって救われたんだ。彼女の言葉が、彼女の存在が、前に進めず雲泥の中を惨めにもがいていた俺を引っ張りあげてくれた。俺という人間に、これから己がやるべき使命を与えてくれた。
俺の、これからの人生全てをかけてやるべきことが、今わかった。
あんなに悩んでいたのに、それはもうすんなりと。
「それはそうと、最近毎日勉強してるけど疲れてない?サトゥだって肉体労働で大変なんだから、休んだっていいんだよ?」
俺はサトゥに会えると思うだけで、仕事の疲れなんて吹き飛んでしまうので全く問題はないし、毎日会いたいと思っているので今の状況は大歓迎なのだけど、サトゥの身体が最優先だ。ものすごく名残惜しいし寂しいけれど、休息もしっかりとらないと身体がバテてしまう。それに、飽きられても困ってしまうし。
「何もしないのって逆に疲れるの。勉強してる方が楽しいし、全然大丈夫。でも心配してくれてありがとう」
休んだ方が疲れは取れる気がするけど、異世界ではそういうものなんだろうか。それでも気を使ってそう言っている訳ではなさそうなので、サトゥがいいと言えばいいのだろう。最近は少しくだけた口調になってきて、俺に気を許してくれているようですごく嬉しい。
「あっ、ごめん。ジョセフが休みたいよね?毎日付き合わせちゃって悪かったかな」
「いや!全然!サトゥがいいなら毎日したいって思ってるから!!」
サトゥが勉強の回数を減らすと言う前に急いで声を被せる。サトゥは驚いたように目を見開き、すぐに視線を反らして頬を赤く染めた。
「そ、そうだよね。毎日勉強見てもらってるのに、あっちの方は毎回じゃないもんね」
一瞬何を言ってるのかわからなくなり、ポカンと口を開け固まってしまったが、すぐにサトゥの言いたいことを理解し一気に顔に熱が集まった。
「っち、ちが!そうじゃなくて、したいっていうのは勉強のことで、決してあっちのことではなくて!あっでもサトゥがいいっていうならあっちの方も勿論毎日したいんだけど。って、そういうことじゃなくて!だがら、俺は全然大丈夫だから!俺のことは気にしないで、サトゥが大丈夫なら毎日だって構わないし、むしろ嬉しすぎるって言うか。あれ、俺、何言ってんだろ………」
サトゥに誤解されたくなくて嫌われたくなくて、必死に弁解を繰り返す。
もちろんやりたい気持ちは凄くあるが、サトゥの気持ちを無視してやる気はさらさらない。下半身のことしか考えていない猿野郎と思われてしまってはたまらない。慌てて言い募ったけど、自分でも段々訳分かんなくなって、余計なことまで言っている気がする。
そんな俺をサトゥがポカンと俺を見上げ、そして吹き出した。
「………っぷ。っふっふふ。あっはっはっはっははは!」
堪えきれないとばかりにみるみる爆笑し始め、目尻に涙をためている。
サトゥは笑いがなかなか収まらないようで、一度落ち着いて静かになったかと思うと、また徐ろに声を上げて笑いだした。
そんなサトゥを俺は茫然と見つめていた。
ーーサトゥが、笑っている。
こんなに素のサトゥをさらけ出してくれたのは、初めてだ。
何とも言えない歓喜のような安堵のような、熱い熱い想いが込み上げてくる。
ずっとずっと見たかった、ありのままの彼女がいる。
感極まって泣きそうになり、慌ててサトゥを抱き締め顔を隠した。
「っはは!っうわ!ど、どうしたの?ごめん。笑いすぎたかな」
ずっと感じていた壁がなくなったようで、嬉しすぎてヤバい。
ようやく俺に気を許してくれた。それは今だけなのかもしれない。そもそも俺の勘違いなだけかもしれない。それでも、俺は嬉しくて嬉しくて、背中に回した腕に力を込めて、小さな身体をきつく抱き締めた。
「?怒った?なんかジョセフが必死すぎてつい。あの、ごめんね?」
「怒ってないよ」
そう言って顔を上げ、互いのおでこと鼻をくっつけ至近距離で見つめる。目の前にあるサトゥの黒い瞳は、驚きで真ん丸になっていた。やっぱり、壁はない。
あー、可愛い。嬉しい。好きだ。やばい、死にそう。死にたくないけど。ていうか今死んでたまるか。
多分今、俺の顔はにやけまくって凄いことになってる。格好悪いと思うけど、顔が緩んで力が入らない。
感情が溢れて爆発しそうだったので、衝動的に唇を合わせる。そうしなければ、何を口走ってしまうかわからなかった。
半ば強引に唇を合わせ、何度も何度も角度を変えサトゥを味わう。
甘い。甘すぎて頭がしびれる。
唇を貪ることに夢中になっていると、苦しそうな息継ぎが聞こえてハッと我に返った。唇を離してサトゥを伺うと、顔を真っ赤にして睨まれた。
けど、それはどこか甘さを含んでいて、本気で怒っていないのがわかる。
なんだそれ、可愛すぎるぞ殺す気か。サトゥが俺に対してそんな顔をするなんて、夢みたいだ。
ああ、もう!幸せすぎて頭がおかしくなる。
「ごめん、サトゥが可愛すぎて、つい」
俺の言葉にサトゥの顔がさらに赤くなる。彼女はストレートな物言いに慣れてない。分かっててわざと言ったのだけど。
普段しっかりしていて落ち着いているのに、こういうところは誰よりも初心で、そんなギャップもものすごく可愛い。そして行為の最中に感じないようにしてるのに感じちゃって、それを何でもないフリして必死に隠そうと頑張っている所なんて、本当にたまらない。何度でも言うけど、可愛すぎる。何度言っても足りない位だ。
他の人が知らない、俺だけしか知らない彼女の色んな表情がどんどん増えて、誰にも教えたくない。見せたくない。
サトゥの可愛い所は俺だけが知ってればいい。俺にだけ、見せて欲しい。
サトゥの一つに括った髪をほどいて、一房手に取り、そこにそっと唇をあてる。
ーーこの国の誓いの証だ。
それは騎士が忠誠を誓う時だったり、夫婦が愛を誓う時だったりと様々だ。
俺が込めた意味はーー
サトゥに俺の全てを捧げる。
そう唇に想いを込めて、触れるだけのキスをした。
◇
それからはサトゥ中心の毎日だった。
サトゥの嫌がりそうなことはせず、サトゥに認めれもらえるよう仕事に真摯に取り組み、そして、サトゥに危害を加えないよう周りの人間を牽制した。
彼女は相変わらず俺以外にはずっと無表情で、必要最低限しか話はしていなかった。といっても、俺も部屋で二人の時に以外は、その他大勢の人達と同様の扱いなのだが。むしろ意図的に会わないようにされているくらいで、少し、いやかなり寂しい。
彼女は決して愛想が悪い訳ではないのだが、仕事中は無駄な話は一切せず仕事に対しての意識が高い。そういうところが一部の女中の間では反感を買っているようだった。
それに最近のサトゥは以前より雰囲気が丸くなった。
仕事やこの世界に慣れてきたからだろう。本人に自覚はないんだろうけど、ふとしたときに素のサトゥが漏れ出ていて、それを目敏く見つけた使用人の間で可愛いと人気が高まってきている。
何を今更言ってるんだと呆れてしまう。元々顔も可愛いし、髪は艶々だし、真面目で一生懸命だし、ちょっと表情が乏しいだけでものすごく優良物件だったのだ。その取っつきにくさが少し薄れたとあって、近付こうとする男が急に増えた。
はっきり言って、面白くない。気に食わない。不快だ。最悪だ。ふざけるな。
とりあえず休憩中に見つけたらサトゥの隣の席をキープし、サトゥは俺のものだと男女問わず威嚇することにしている。
もちろんサトゥにバレないように。
彼女は俺と仲が良い、というか身体の関係があるということを周囲に知られたくないらしいが、俺は声を大にして言いたい。
サトゥは俺のものだから手を出すな、と。まあ、口に出してないだけで身体全体でビシビシ醸し出しているけれど。
俺がそんなことをしていると知ったら、サトゥは絶対やめろと言ってくるだろう。彼女は物事を捉える目は物凄く冴えているのに、自分のことに対してはどこか甘い。というか自己評価が低い。
俺がそんなことはないと事実を述べても、お世辞はいらないとさらに頑なになってしまうので、最近ではあまり言わないようにしている。いや、あまり言わないようにしてるつもりだけど、やはり言っている。
だって彼女はとても可愛いのだ。ちゃんと自覚してくれないと困る。
いつか、彼女がこの世界に来て良かったと心から言えるよう、俺が全力で彼女を守る。例えこの先何があっても、必ず。
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