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ふみちゃんと戦争とスイカのアイスと

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 すいかのアイスキャンディーは溶けた赤い砂糖水がだらだらと木の棒をつたって、僕の手を濡らしている。

 カブトムシに噛み付かれそうだ、と、ぼんやりしながら、僕は
「戦争?」
 ふみちゃんにもう一度尋ねた。

「そう、戦争」
 ふみちゃんは根気よく繰り返した。

「赤紙が来たよ」
「僕には来てないのに?」
「今の戦争はそんなに男尊女卑じゃないよ」
 ふみちゃんは首を傾げる僕を見て、困ったように笑った。

 確かに、昔と違って戦争は誰にでも出来る。体力なんてなくたって、戦闘機のボタンは押せるし、剣を振り回して戦う必要なんて一つもない。

 第一、僕に比べれば、まだふみちゃんの方が体力があるし、強いだろう。

だから何も不思議なことはない、のだけれど。

「ああっ!」
 僕の手から、重みが消える。
 すいかのアイスキャンディーが、木の棒を見限ってテーブルからぼとりと落ちたのだった。

「もう、ぼーっとしすぎ」
 ふみちゃんは呆れ声を出しながら、ふきんで赤いアイスを包み込んだ。

 ふきんの白に赤い液体が吸い込まれて行く。浮き上がる赤い斑点は血痕のようで、僕は心底気味が悪いと思う。

「ほら、手を洗ってきて」
 言われるがままに手を洗ってくると、ふみちゃんは台所でふきんを洗っていた。テーブルはすっかり綺麗になっている。

「ねぇ」
 ふみちゃんに呼びかける。

「んー?」
 ふみちゃんは振り返らずにふきんを洗っている。

 不規則に途切れる、しゃーという水道の音。
 跳ねた水が、シンクを叩くぼたぼたという音。

「お断り出来ないのかな?」
「何を?」
「戦争。行くの」
「無理じゃないかなー」
 トーンを変えずに、ふみちゃんは言った。

 確かに僕も無理だと思っているけど、こうも同じトーンで言われると、なんだか変な重さがあるような気がした。

 ふみちゃんが戦争に行く想像をする。

 制服は似合うかもしれない。ちょっと筋肉質で日焼けしたふみちゃんには、多分戦闘機だって戦車だって似合うだろう。少なくとも真っ白でぷよぷよした体型の僕よりは確実に似合う。

 でも……人を殺すふみちゃんや、あるいはもっと嫌だけど、殺されてしまったふみちゃんの想像は、全然、出来なかった。

 脳が拒否をしているだけかもしれない。

 でも、この前遊園地のプールに一緒に行った時、競泳水着のまま屋台の焼きトウモロコシを齧っていたふみちゃんの笑顔を思い出すと、やっぱり、ふみちゃんに戦争は似合わないと思う。

「ごはん、食べよっか」
「結婚しようか」

 僕とふみちゃんの声が重なった。

 結婚という単語を口にしたのは、僕の方だった。
 ふみちゃんは一瞬理解出来なかったようで、ぽかんとした顔で僕を見つめていたけれど、やがて言葉の意味に気付くと笑い出した。

「真面目なんだけど」
 僕はさすがに気を悪くして言った。

「いや、分かるけど、あまりにもロマンチックじゃなかったから」
「それは、ごめん」

 だって、僕にはふみちゃんを高級なレストランに連れて行ってあげる金銭的な余裕はない。

 結婚もしていないのに、1DKのボロアパートに二人で住んでいるのは、結婚前のお試し同棲なんて甘いものではなくて、生活費を削るためになんとなくそういうふうになったからである。もちろんふみちゃんのことは大好きだけれども、お金のことがなければ、僕たちはまだ初々しいカップルのままだっただろう。

 あ、でもお金をかけなくても、夜景を見ながらとかっていう選択肢はあったのか。指輪だって、安物なら千円出せばないこともない。

 どちらにせよもう遅い。

 ただ、現実的な選択として、ふみちゃんが戦争に行くなら結婚はしておかなくちゃいけないな、と思っただけだった。

「いや、公介クンらしくていいよ」
 ふみちゃんはそう言ってもう一度僕に笑顔を向けると、冷蔵庫を開けた。

「今日はオムライスにするね」
「いや、あの、それで結婚はしていただけるんでしょうか?」
「するに決まってるじゃない。明日市役所行って、婚姻届もらってくるよ」

 仕事の帰りにトイレットペーパー買ってくるよ、というのと同じトーンでふみちゃんは言って、冷蔵庫の中身を睨みつける。やがて昨日のサラダに入っていたハムの残りとそろそろ芽が出てきそうなしなびた玉葱と、特売で大量に買って来て、あまり美味しくないけれど在庫がなくなるまで使い続けているトマトケチャップを取り出した。

 無言のまま玉葱の皮を一心に剝き始めたふみちゃんの背中を見て、もう話は終わり、ということなんだろうと思った僕は、台所を出て、風呂場に向かった。ごはんを食べた後のふみちゃんがすぐお風呂に入れるように、浴槽を洗うのが僕の習慣だ。

 風呂場のすぐ横の玄関のところを通った時に、カラーボックスを改造して作った靴箱の上に封筒が載っているのが見えた。

 乱暴にちぎられた封の合間から、役所から届いたのであろうその手紙の赤色が見えた。
 几帳面なふみちゃんは、普段ならこんな手紙の開け方をしない。
 軍事省からの手紙を受け取ったふみちゃんは、どんな気持ちでこの封をやぶったのだろうか。

「ああ」
 僕は思わず溜息をついた。
 そして玄関の三和土に一粒だけ水の染みをつけてから、嗚咽を消すためのシャワーを出すために、風呂場に急いだ。
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