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若旦那の求婚
3話
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「おいら……、三河屋の仕事なら手伝ってみたい。惣一郎も、何番かわからないけど好きだし。でもそんな仔細で祝言を挙げてもいいのかなあ?」
「いいさ! それに一緒に暮らしていりゃあ、俺を一番好きになる。絶待に、好きにさせてみせるから」
「ええ~、どうしてそんなに自信があるの。おいらの気持ちだよ?」
再び目を輝かせて詰め寄って来る惣一郎の懸命さに、悠耶の口元は綻んだ。
今日は本願寺でも同じように、深如に祝言を迫られた。
深如の申し出は断ったのに、急に心変わりをしても良い物か。
でも、深如との暮らしは想像もできなかったのに、惣一郎との未来は楽しそうに思える。
円来と祝言ができないなら、一生ずっと気ままな独身でいればいいと、悠耶は決め込んでいた。
けれど今は愉快な惣一郎やその家族と賑やかに暮らすのも、楽しそうだとわくわくしている。
「うん。……うん。いいよね。わかったよ惣一郎。おいら、惣一郎の嫁さんになる!」
悠耶は短い思案の末、祝言を承諾した。
「なってくれるか! 嘘じゃねえな!?」
惣一郎は、突然、飛び上がって、屋根に頭を強打した。
弾みでよろけて、両手で頭を押さえた。
船の端に座り込む――つもりだったのだろう。
だが、位置を間違えて縁に尻をついたものだから、平衡を崩して船の外へ落っこちた。
「あーっ、惣一郎! 何やってるの!」
悠耶が船から身を乗り出すと、墨みたいに真っ黒な川の水面が、ぶくぶく泡立っている。
提灯の薄赤い明かりに照らされながら、すぐに惣一郎が浮き上がってきた。
「大丈夫? 惣一郎でも、こんなにそそっかしいことをするんだね」
「俺が嫁を娶るなんて、一生に一度だ。これが、 燥がずにいられるかよ!」
顔の水滴を掌で拭いながら、惣一郎は手で水を掻いて船へ戻って来る。
途中、水の重さで頭に巻いた手拭がポロリと落ちた。
「手拭が落ちた! おいらが取るよ」
「えっ、待てよ。俺が拾うから、お前は飛び込むな」
惣一郎の制止を聞かず、悠耶は川に飛び込んだ。
手拭は水を吸っているから、簡単に沈むだろう。
ただでさえ周囲は薄暗いから、見失ってしまう。
「お客さあん、何やってんですかあ」
乗客が二人とも川に落っこちたから、流石に船頭も驚いた。
間の抜けた声を出しながらも櫂の代わりに提灯を取り、客二人の行方を探した。
「駄目だって、お悠耶、待て!」
悠耶は惣一郎の声に耳を貸さず、水に揺らめく手拭を追った。
記念すべき悠耶の初給金で買った品物だ。
なのに、その日のうちに川の底に沈んでは諦めきれない。
揺らめきながら闇に呑まれて行く手拭に手を伸ばし、水に潜った。
「いいさ! それに一緒に暮らしていりゃあ、俺を一番好きになる。絶待に、好きにさせてみせるから」
「ええ~、どうしてそんなに自信があるの。おいらの気持ちだよ?」
再び目を輝かせて詰め寄って来る惣一郎の懸命さに、悠耶の口元は綻んだ。
今日は本願寺でも同じように、深如に祝言を迫られた。
深如の申し出は断ったのに、急に心変わりをしても良い物か。
でも、深如との暮らしは想像もできなかったのに、惣一郎との未来は楽しそうに思える。
円来と祝言ができないなら、一生ずっと気ままな独身でいればいいと、悠耶は決め込んでいた。
けれど今は愉快な惣一郎やその家族と賑やかに暮らすのも、楽しそうだとわくわくしている。
「うん。……うん。いいよね。わかったよ惣一郎。おいら、惣一郎の嫁さんになる!」
悠耶は短い思案の末、祝言を承諾した。
「なってくれるか! 嘘じゃねえな!?」
惣一郎は、突然、飛び上がって、屋根に頭を強打した。
弾みでよろけて、両手で頭を押さえた。
船の端に座り込む――つもりだったのだろう。
だが、位置を間違えて縁に尻をついたものだから、平衡を崩して船の外へ落っこちた。
「あーっ、惣一郎! 何やってるの!」
悠耶が船から身を乗り出すと、墨みたいに真っ黒な川の水面が、ぶくぶく泡立っている。
提灯の薄赤い明かりに照らされながら、すぐに惣一郎が浮き上がってきた。
「大丈夫? 惣一郎でも、こんなにそそっかしいことをするんだね」
「俺が嫁を娶るなんて、一生に一度だ。これが、 燥がずにいられるかよ!」
顔の水滴を掌で拭いながら、惣一郎は手で水を掻いて船へ戻って来る。
途中、水の重さで頭に巻いた手拭がポロリと落ちた。
「手拭が落ちた! おいらが取るよ」
「えっ、待てよ。俺が拾うから、お前は飛び込むな」
惣一郎の制止を聞かず、悠耶は川に飛び込んだ。
手拭は水を吸っているから、簡単に沈むだろう。
ただでさえ周囲は薄暗いから、見失ってしまう。
「お客さあん、何やってんですかあ」
乗客が二人とも川に落っこちたから、流石に船頭も驚いた。
間の抜けた声を出しながらも櫂の代わりに提灯を取り、客二人の行方を探した。
「駄目だって、お悠耶、待て!」
悠耶は惣一郎の声に耳を貸さず、水に揺らめく手拭を追った。
記念すべき悠耶の初給金で買った品物だ。
なのに、その日のうちに川の底に沈んでは諦めきれない。
揺らめきながら闇に呑まれて行く手拭に手を伸ばし、水に潜った。
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