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若旦那の求婚

5話

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「おぉいー!  もしや、そこに誰かいるの」

 惣一郎も黙って悠耶を見つめていたが、声が聞こえると、急に目が動く。

「あの船は……五幸丸だ!  おっ母さん、どうしてこんな所へ?」

 どの船も花火がよく見えるように橋の近くに、船腹を平行にして浮かんでいる。

 なのに、一隻の大船だけが、悠耶たちのほうへ舳先を向けて進んで来た。

 どことなく覚えのある声だと思ったら、惣一郎のおっ母さんなのか。

「その声!  惣一郎だね?  どうして、そんな所にいるのか、聞きたいのは、こっちさ」

 船が近づくに連れ、周囲は、ぼんやりだが明るくなった。

 船の舳先には、五人か六人。

 提灯の灯りを背中に背負っているので、顔かたちは定かでない。

 だが、菊を含めて六人分の人影があった。

「そうだよ、俺だよ。手拭を落としちまってさ、拾おうと飛び込んだんだ」

「まあ、やっぱり!  落としたのは、この手拭だろ?  あんたが巻いていた、この手拭が、川に浮いて流れて来たのさ。寛太がたまたま見つけて、拾おうとしたら、小魚が急に飛び上がってさ。それから引っきりなしに飛ぶもんだから、花火どころじゃないや。魚を追って来たんだよ。すると、水の中に酔狂な人影があったから」
 
 まさか自分の息子だったとは、と菊は呆れ声だ。

 寛太が提灯を捧げ持って来てくれた。

 それでやっと提灯の持ち主が寛太で、広げた手拭が確かに惣一郎の物だとわかる。

 悠耶は両手を叩いて喜んだ。

「そうそう、それだよ!  月の絵の入った手拭!」

「お待ち、もう一人そこにいるのね。誰だい?」

 菊にも、悠耶たちの姿はしかと見えないようだ。

 船の舳先は、もう目の前に迫っていた。

 舳先からこちらへ身を乗り出したのは、三人。影しか見えず、悠耶には残り一人がわからない。

 だが惣一郎には全員が誰だかわかっているようだ。

「ちょうど良いから、引き揚げておくれよ。皆んなにも紹介しなくちゃなんねえから」

「こんばんは。おいらは酒井悠耶です。惣一郎の手拭を追っかけて、川を泳いでいました」

 紹介されたと思ったから、悠耶は真面目に自己紹介をした。

 なのに、惣一郎は急に吹き出した。

 改めて、皆に見えるように、悠耶を抱き直す。

 船上の一人一人の、顔を確かめてから笑って言った。

「おっ父さん、おっ母さん、俺は、こいつと夫婦になるよ。この通り変わった女だから、どうか覚悟しておいておくれ」
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