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魔物

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「ええ。これからは、聖女様が団長に一番お詳しくなってください。一番のお力になれるように。私も協力を惜しみませんから」

 笑顔を心がけたつもりだが、きちんと笑えているだろうか。

 自分では分からない。

「聖女様、私は今、食後と言えど直属の上司であるルーカス様と内談をしているんです。それを中断させるほどの要件ではないのですから、大人しく目上の団員の意見を汲めばこと足りるのでは?」

 にこにこと表向きは優し気な笑みを浮かべているが、クリストファーの声には棘がある。

 もちろんそれが伝わらないリリアではないので、その場に一瞬、ぴりっとした緊張が走った。

(私は大丈夫なのに、余計なことを)

 思わぬ兄からの援護に、どう対応すべきかとオリヴィエは再び頭を悩ませた。

 ――その時だった。

「っ!」

 突如、地面が突き上げるように震えた。

 その場の全員が立っていられない程の揺れだ。

 地響きが続く中、オリヴィエは真っ先に2人の少女に覆いかぶさった。

「リリア、イレーネ……っ!」

 食卓の食器や花瓶が揺れて落ちる。食堂の椅子も壁に掛けられていた絵画たちも、大きな音を立てて落下した。

 オリヴィエは2人に覆いかぶさりながら、その衝撃に耐える。

(これは地震ではないわね……)

 揺れが断続的に続く中、少女2人を庇いつつ、漠然とそう感じた。

 落下物の打撃以上に、不快な感触が鼓膜を震わせた。

 細く、細かく、壺の中で蠢く蟲毒の足音のようだ。

(何なの、この音……!? 得体が知れない。気味が悪い)

 ぞぞぞ、と悪寒が背筋を駆け昇る。

 音はいよいよ不気味に迫って、一気に弾けた。



 どぉおぉっ!!!



 窓の外からの光が遮断される。オリヴィエの視界は暫時、暗転した。

「何事だっ……!」

 各人、その場に伏せて不測の事態に備えていた。

 クリストファーも事態を把握しきれていない様子で叫ぶ。

 不意に震動が途切れて、オリヴィエは僅かに頭を上げて周囲を窺った。

 差し込む陽光は途切れ途切れに戻り、視野が安定する。

 視界に動くものを捉えて、注視した。

 窓の外では、地面から空に向かって黒い泥が噴き上がっている。

 事態に見切りをつけていたルーカスだけが颯爽と立ち上がった。

「ありったけの火器を持ってこい! オリヴィエは2人を護れ」

 壁に掛けていた帯剣を握り、外へと通じる扉を蹴破った。

「サルファン、5人連れて武器庫へ急げ! 後は武器を取り付いて来い!」

 クリストファーも外へ飛び出した。他の騎士も続く。

 オリヴィエも上体を起こすと、リリアとイレーネが不安げにオリヴィエを見上げた。
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