王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら

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アシュレイの闇

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 涎も混じっているだろうが、人差し指と中指の第二関節辺りから、血が溢れているように見えた。

「な、んで……?」

 力なく、呟けたのはそれだけだった。

 激昂して、血圧も劇的に上下したのか、頭がぼうっとするし、焦点が定まらない。

 それでも、アシュレイがアルダを傷付けたのだとわかって、余計に惑乱した。

 力加減もなく嚙んで、申し訳ない。

 いいや、アルダが千春の傷に刃を突き立て、抉ったせいだ……。

 そもそも、あれだけ凶悪な暴言を吐いておきながら、謝るなんておかしい。

 でも、アルダは口先だけで詫びているのではない気がする。

 どうして。

 どうして?

「お前こそ。何がそこまで、お前を苦しくさせた?」

 アルダは掌で、アシュレイの頬を拭った。

 その動きで、自分が涙を流していたのだと知る。

「いや、俺が悪かった。何も言わなくてもいい」

 涙は現在進行で、流れ続けていた。

 アシュレイは唖然と、拭われるままに任せていた。

 だが、次から次に溢れ出てきて掌だけでは拭いきれなくなって、アルダは懐にアシュレイの顔を押し付けた。

「うっ……」と嗚咽が漏れる。

 頭の中は、疑問だらけだ。

 何故、アルダは酷く傷付けたくせに、優しくするのか。

 どうして、自分はそんな男の温もりに心を乱すのか。

 よく分からない内に、アシュレイは縋って啼泣していた。

「……うあぁああん……」

 千春だった頃、施設の仲間は皆傷ついていた。

 自分だけじゃない。

 と、寂しさを抱えながらも、その気持ちを外に出せず、蓋をして生きた。

 アシュレイは王女だから尚更だ。

 弱味を見せたくない。腹が立っても、傷ついても、気にしてない振りはお手のものだった。

 アルダはそれらを理解して慰めているわけではない。

 薄々勘づいてはいても、アルダが差し出した温もりは、アシュレイにとって抗い難い蠱惑だった。

 こんなにも温もりに飢えていたのか。

 自分で自分が信じられない。

 人前で、声を上げて泣くなんて。

 しかも、自分を誘拐して売り払おうとした、ならず者の胸に縋って。






 ***






(慰めて……くれたのよね?)

 いつしか、肩でしていた息は落ち着き、アシュレイはゆるやかな呼吸を繰り返していた。

 頭が冷えるほどに、包み込んでくれるアルダの体温が心地よかった。

 一番最後に抱擁を受けたのは、いつだったろう。

 よく知りもしない相手の体温を心地よく感じるなんて、自分で思う以上に情緒が不安定なのかもしれない。
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