双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります

すもも

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 エリスの含みがあるような、揶揄するかのような、そんな声色で語る声に私は視線を向けようとしたのだけど、実際には呆気なく妨げられてしまった。

 軽い声色だった。

「あぁ、そうです!!」

 そんなたった一つの声。

 それが会長だと言うだけで、私と会長の二人の息子は意識を会長へと向けた。

「ぇ、ちょ、ちょっと!! 私が、話をしているのに!! 私の話を聞きなさいよ!!」

 エリスが狼狽えた様子で言うけれど、私達の中に染みついていた上下関係に対する反射にはかなわず、私達は会長の言葉を待っていた。

 私と入れ替わりの日々を送っていたのに、エリスには分からないらしい……。

「ど、どうして、私を無視するのよ……な、なんで……」

 私達にとって当たり前の事なのに、エリスの声は渇きひきつっていた。



 胸の奥がスッとした。



 ずっと……エリスとユーリが語る愛に惨めな思いをしていたと言うのに、エリスが無視され、必死になる様子を見れば、胸のうちがスッとするような気がして……大切だったはずの双子の妹の不幸を喜ぶ自分に……不快と罪悪感を覚え……妹エリスをいないものとした。

 会長につかみかからんばかりのエリスをユーリは押さえ込んでいた。

「私が話をしているのよ!! 私の話を聞きなさいよ!!」

「エリス黙ってよ。 僕と一緒になると言う事は……こういう事なんだよ」

「なによ!! 学園ではあんなに偉そうにしていた癖に!!」

「学園ではオルエン商会の跡継ぎ息子だった僕は偉かった。 それだけの寄付をオルエン商会がしていたからね。 でも、ココは違うんだ」

「でも!! 私が話をしていたのを遮るなんて(ありえない!!)」

 ユーリはエリスの口を強引にその手で塞ぎながら、抱きしめた。

「父様、いかがされたのですか?」

「ユーリ、お前がその娘と一緒になりたいと言うのならそうすればいい。 ただし、伯爵家に婿入りすると言う形でです。 そして、クレイお前がセレナと一緒になって商会を継げばいい。 今回の出来事でセレナには一時的に悪い噂がたつだろうけれど、それでも真摯に実績を積み重ねていけば、悪評も時と共に消えていくでしょう」

 会長の声に、ユーリに抱きかかえられたエリスが暴れていた。

「なんで、なんでよ!! どうして、セレナばかり……セレナばかり、どうして、私の話を聞いてくれないの!! どうしてここにいる事すら無視をするのよ!! あぁ……そう、そうね……いいわ。 これこそ、あの噂が真実だからという事ね。 これが広がればオルエン商会は終わりよ、きっと……うふふ」

 エリスが言えば、会長はふぅと溜息を一つつき2人の息子へと視線を巡らせば、クレイはクスッと笑って見せた。

「君のような人に届くような致命的な噂なら、既に商会はダメになっている事でしょう。 そんな言葉で優位になろうとしても無理ですよ」

 クレイが大げさに笑って見せれば、ユーリは顔をしかめながら穏やかな様子でエリスを説得したのだ。

「エリス、僕達の未来は父様に認められたんだ。 なのに、なぜ、貴方はそんなに怒っているんだ?」

 怒るエリスに分け分からないと言う様子を向けるユーリを前に、ギリギリと歯を食いしばるのを必死に隠そうとするエリスだった。

 寄り添う二人の表情は明らかに違う。

 ユーリは……分かっていない。
 そして……エリスは分かっている。

 私は、ただ視線を伏せていた。

「ユーリ様!! 人生を左右する事をそんな安易に決めるものではありませんわ!! 安易な決断は後に後悔を招くものです」

 エリスの様子はらしくないほど必死で、意地になっているようにすら見えて……エリスが感情的になるほどに、私は冷静になる事ができた。

 オルエン商会との繋がりで、金銭的に安堵しただろう実家の両親は、伯爵領の経営をエリスに……いえ、エリスと入れ替わった私に丸投げしていた。

 私はオルエン商会で与えられた権限を利用し、領地に利益をもたらしていた。 それでも定期的に災害は起こり大きな損害が発生している。 私が生まれてからの災害をまとめて、災害対策の計画を密かに行っているけれど、その先にある計画を未来像をまだエリスには語っていない。

「ユーリ様!! 貴方は自分こそがオルエン商会だとおっしゃっていたではありませんか?! 良いのですか、その栄誉を放棄されるなんて!!」

「僕は君と一緒なら、商会の会長としての座等どうでもいい。 愛しているんだ」



「良い風に話がまとまったところで、私達は失礼させて頂きましょう」

 何時もなら人の良いばかりの笑みを浮かべていた男クレイが、父親とよく似た人の悪い笑みを浮かべる。

「さぁ、行きましょう。 セレナ」

 差し出される手に私は手を重ねて部屋を後にすれば、少し離れた場所で従業員達が私を見ていた。



 冷ややかな視線、悪意ある嘲笑。



 投げかけられる言葉は、今までの私の努力を無下にするものだった。

「領地のために横領をしていたそうですよ」
「紹介の資金を私的に使っていたと聞いてます」
「いない方がいい……」
「アレがいたから、商会の成長がとまったんだ」



 昨日までは私の味方だったでしょう!!
 どうして、私に事実を確かめる事もせず、私を押しつぶそうとするの?!

 さっきのセレナはこんな気持ちだったのかしら? そんな事を思いながら……苦々しい思いが零れ出る。

 ユーリの婚約者でなくなった途端に変えられる態度。 昨日まで私に頭を下げていたのに、急激な変化がショックだった。

 私が、何をしたって言うの……。

 理不尽な態度への苛立ちを声にしたかった。 だけど……冷ややかな態度を向けていた者がいた反面、私と同様に戸惑っている人達がいたのも目に見えた。 そんな人を思い出せば感情的に取り乱す気持ちを抑える事ができた。



 馬車へと戻り、私は……思いを吐き出す。



「どうして、あんた態度を向けられないといけませんの……。 確かに私は愛想が良かった訳でもありません。 仕事に夢中で社員の方々と積極的に交流を持とうとした事もありませんでした。 だけど、あんな態度を向けられる理由に覚えはないわ」

 考えれば目頭が熱くなる。

 今日だけで色んな人に拒絶された。 その事実に落ち込み頭を下げ、私は黙り込む。

「覚えがないと言うなら貴方が原因でないのではありませんか?」

「訳が……分からないわ」

「貴方と妹のエリスの外見はとても良く似ています」

「ぇ、どういう……こと?」

「エリスの言動を、貴方のものと勘違いされたのではありませんか?」

「ぇ……でも、あの子が、人に嫌われる事をするなんて思えないわ。 とても繊細で優しい子なのよ? 入れ替わりだって……ロイド領の者達を助けて欲しいと言うから……」

「そう、それは何時ですか?」

「何時って……」

 それは定期的に行われていた訳で、秘密の手帳で確認しない事には分からない。

「セレナ……」

 甘い声。
 頬に触れる指先。
 ユックリと撫でる指が、唇に触れる。

「愛しています」

「ぇっ?」

 逃げ場のない馬車の中で身体が固定され、頬に口づけられた。

「な、何よ。 突然に!!」

 狼狽える私の肩口にクレイは顔を埋めてクックククと肩を震わせ笑いだし、首筋に乾いた唇を押し付け撫でる。

「私の事を好きだと、愛しているとおっしゃってくれたではありませんか」

「はっ? い?」

 私は、逃げるように顔を反らした。
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