猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト

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1章【地獄のスパルタ訓練編】

第129話・明日を見据えて

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 ──ベルトン。
 数多くの鍛冶屋が立ち並ぶその街は、「錬金術の街」という別名がある。
 街の職人に武具の鍛錬を任せると、まるで別物の様な仕上がりで帰ってくる事から付けられた名だ。
 無論、極めて良い意味で、である。
 多くのドワーフの鍛冶屋によって形成されるその街だが、日が暮れると表情を一変させる事でも有名だ。
 手元の安全を確保する為、夕暮れ時に一斉に明かりが灯る景色は、正に絶景。
 この世界にSNSが存在したならば、映えの度合いとしては高い人気を誇るだろう。
 
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」

 ──そんな街の、とある豪邸の一室。
 そこで、ヴィルジールは外の景色をただ黙って眺めていた。
 “謎の人型黒異種”による同時多発的かつ世界規模の破壊活動から、約2週間。
 彼の心は、荒んだままであった。
 護るべき街の住民も、冒険者の仲間達も、自身を愛してくれた者も──。
 全てを目の前で失った男の瞳に、光が戻る事は無い。
 冒険者としての活動は勿論、普通の人間並の食事すら取っていない彼の身体は、酷く痩せていた。  
  
「⋯⋯腹、減ったな」

 ヴィルジールは、静かに呟く。
 このまま餓死でも出来たら楽だとも考えるが、結局は何かしらを食うのが毎度の流れだ。
 彼は、死んでいった仲間や人々の事を思うと、“死のうとして死ねる自分”に極めて苛立つのだった。
 そして、彼らの無念を晴らすには自分が死ぬ訳にはいかないという一心で、今日まで命を繋いできたのである。

「──ン、」
「⋯⋯おいおい。大丈夫かよ、旦那?」
  
 飯屋に向かう最中、ヴィルジールはドワーフの男に話し掛けられた。
 知り合いの人物では無かったが、自身を心配する言葉にヴィルジールは足を止める。
 己の不摂生が傍目でも分かる程なのだと理解したのは、数秒置いた後の事であった。
 
「ンまぁ、昨今の世の中はかなり物騒だからな。
 アンタら冒険者が背負う重荷も相当なモンなんだろうが⋯⋯
 飯くらいしっかりと食わねぇと、身が持たねぇぜ?」
「あぁ。丁度、何か食いに行く所だったんだ。心配いらねぇ」
「そうか? それなら⋯⋯まぁ、いいんだが⋯⋯」

 ヴィルジールの気力の無い口調に、ドワーフの男は頭をボリボリと搔く。
 自身の不器用さが原因となり、心配をかけまいとするヴィルジールの台詞への返答に詰まっているのである。
 ただ、このまま歩き去られてはヴィルジールが回復に向かう事は無いと、ドワーフの男は察する。
 そこで1つ。男は、ヴィルジールについて知っている話題を持ち出す事にした。

「──そういえばアンタ、アカシはどうしたんだ?」
「アカシ⋯⋯? 知り合いにそんな名前の奴はいないぞ」
「オイオイ、馬鹿言っちゃいけねぇ。有名だったろ?
 確か⋯⋯そう、銀槍竜って個体名が付けられてた、あのグレイドラゴンだよ」
「⋯⋯何?」 
「⋯⋯ンン??」

  ヴィルジールとドワーフの男──ボルド──は、同時に首を傾げる。
 ボルドからすれば、名を付けた筈の人物がハテナを浮かべている事に。
 ヴィルジールからすれば、そもそもあのグレイドラゴンに個体名以外の名があった事に。
 大きく困惑し、自身の片眉を吊り上げたのだった。

「アカシっつうのは⋯⋯その、アンタが名付けたんじゃねえのか?」
「いや⋯⋯違う。アイツに、名前があった事自体が初耳だ」

 ・ ・ ・。  
 ヴィルジールとボルド。両者の間に沈黙が訪れる。
 互いに何から質問するかを悩んだ挙句、「取り敢えず」という事で、まずは飯屋に行く流れになった。
 適当な店に入り、食事をしながら軽く酒を飲み、その最中で二人は語らった。
 ヴィルジールは、王都や迎撃戦での出来事を。
 ボルドは、この街で紅志と出会った日の事を──。
 互いに、件(くだん)のグレイドラゴンについて理解を深めつつ、会話を続けた。

「──そうか。アイツ、今は行方不明になってるのか⋯⋯」
「まぁ、案外その方が良かったのかもしれんがな。
 仮に、迎撃戦後も俺と行動していたのなら──」

 ヴィルジールは、言葉の続きを言い淀む。
 “謎の人型黒異種”は無論の事、本来なら黒異種という存在自体が世間では認知されていない脅威である。
 徒(いたずら)に情報を口にしては、一般人への不安を大きく煽る事になってしまうのだ。
 ⋯⋯だが、この時。ヴィルジールは言葉を続ける決心をした。
 正確には、決心と言える程に高尚なモノでは無い。
 酒を飲んでいた事と、ある程度の食事を取った事で、彼は理性的に物事が考えられる様になった。
 そしてその上で、今の自分や世界が置かれている状況を理解し、思わず弱音を吐きたくなってしまったのである。

「──そんな事があったのか。いや、驚いた」

 話を聞き終えたボルドは、驚愕した表情を浮かべる。
 ヴィルジールは、“個人的な被害”については伏せて話したが、それでも被害の内容は恐ろしいものであった。
 そして、それを踏まえた時に、ボルドはようやく見当が着いたのである。
 一体何故、目の前の男があれ程までに衰弱していたのかを。

「俺は、何も出来ずに⋯⋯ッ! クソッ!!」

 テーブルを叩くヴィルジールに、ボルドは動揺した。
 ヴィルジールの行動に対してではない。
 あくまでただの鍛治職人であるボルドは、“誰かを護る”という経験など、冒険者に比べれば無いに等しい。
 なので、ヴィルジールへの感情移入の仕方が分からずに動揺しているのであった。
 
「⋯⋯しっかりしな、ヴィルジールの旦那」
「すまない。赤の他人のこんな格好を見せられて、迷惑だろう? もう帰るとするぜ」
「いや──」

 不味い。ボルドはそう思った。
 この状態で帰られては、容態が回復する見込みはゼロだろうと理解したからだ。
 確かに赤の他人ではあるが、同一の話題で語り合った仲だ。このまま見逃す訳にはいかない。
 そう考え、ボルドは“とある話”をする事にした。

「──アカシから聞いた話なんだがな、」
「⋯⋯?」
「アイツ、ベルトンの街に来る前は、ギフェルタっつう山で魔物達のボスをやっていたんだと。
 でもって、ある時に違法的な冒険者集団の襲撃があったらしい」
「⋯⋯!! それは⋯⋯」

 ある日の新聞の記事が、ヴィルジールの脳裏に蘇る。
 “ゲシュペト”という、魔物の密猟を生業とする違法集団が、ギフェルタにて一斉逮捕された話だった。
  その話を思い出すと同時に、ヴィルジールは当時の自分の事も思い返す。 
 銀槍竜という魔物に、無性に闘志が疼いていた頃である。
 今思えば、どんどんとベルトンに近付いてくるその魔物に、堪らなくワクワクしていた。
 そして、ゲシュペトの一件を知った後には、ある意味では冷静になれていた。
 例えるなら、遠足を控えた子どもが、その前日の夜に布団に入った時の様な──。
 懐かしい記憶を辿りつつ、ヴィルジールはボルドの話に意識を傾けるのであった。

「仲間に策を出し、襲撃してきた違法集団を撃退する手を打ったが⋯⋯まぁ、“色々”あった様でな。
 襲撃を受けている状況で、一時的にギフェルタを離れる事になったらしいんだ」
「⋯⋯テュラングルの件か」

 ふと思い出し、ヴィルジールは小さく呟く。
 聞き取れなかったボルドが首を傾げたが、「気にするな」と言うヴィルジールに、ボルドは話を続ける事にした。

「──まぁ、その後、アカシが不在になったギフェルタは戦況が悪化してな。
 戻ってくる頃には、仲間はほぼ壊滅状態だったっつうんだ。
 当然アカシはキレたんだが、その理由ってのが、“仲間を攻撃した敵”に対してではなく、“仲間を守れなかった自分”への怒りだったらしいんだよ」
「⋯⋯⋯⋯そうか」
「──まぁ、その⋯⋯なんだ。ただの鍛冶屋である俺が、冒険者のアンタに言うのもなんだが⋯⋯
 成り行き上の出来事とはいえ、アイツは魔物達を纏め、護るという役割を担った。
 旦那も同じだ。理由はなんであれ、アンタは冒険者になる道を選んだ訳だ。
 それなら、ここで立ち止まってるより、今も困っている誰かを助けるっつうか⋯⋯その、なんつうかだな⋯⋯」

 上手く言葉に出来ず、ボルドは困った表情で頭を搔く。
 “アカシを見習って立ち直って欲しい”というのが、ボルドが伝えたい事だ。
 しかし、ヴィルジールの傷心具合が分からない為、ボルドとしても直接的な言い方は避けたいのである。
 とはいえ、ドワーフの男は不器用が多い。
 殆ど言ってしまっている様な状態にも関わらず、この先の言葉選びに苦戦しているのであった。

「──ジール⋯⋯?」

 その時だった。
 とある女性が、飯屋の入口から此方へ声を掛けたのは。

「シルビア⋯⋯!?」
「ジールッ!!」

 目を見合わせた2人は、勢いよく抱き合う。
 ボルドが状況を理解しかねる中、ヴィルジールはシルビアの蒼髪を撫でた。
 王都迎撃戦の後、互いの用事によって離れ離れになった2人は、例の襲撃によって連絡が取れていなかったのである。
 つまり、両者とも互いの安否が不明なままだったのだが──

「無事で⋯⋯良かった⋯⋯っ!!」
「あぁ。お前も、よく無事でいてくれた⋯⋯!!」

 人目をはばからず、二人は接吻をする。
 それも、中々に熱いモノを。

 ──2人の互いへの認識は、あくまでも冒険者としての仲間というものである。
 根底には幼馴染である事と、付き合いの長さを越える好意があるのは事実だ。
 だがしかし。この2人は、いい歳こいて“恥ずかしい”という理由で本心を出せずにいる。
 抱擁はする。接吻はする。肉体関係もある。
 なんなら、互いに互いが初体験であったし、それ以降で他の相手とした事も無い。
 
 ──つまり、だ。

 この2人は、あくまで“冒険者としての付き合い”。
 各々が激務であり、各々がそれを共感し合えて、各々が互いで溜まった欲求や不満を解消する⋯⋯
 そういった、“冒険者の生態”の範囲内で遣り取りしている⋯⋯つもりなのである。

「⋯⋯まぁ、そうだな。それだな」

 そんな事など当然知らずに、ボルドが口を開く。
 気まずさを感じつつも、彼はヴィルジールに向けて言葉を続けた。

「──“護りたい何か”があるのであれば、止まっている場合じゃねぇって事だな。ウン。
 ⋯⋯あぁ、そうだった。用事を思い出したから帰るぜ」

 早足で店を出るボルドの背に、ヴィルジールは心の底から感謝した。
 そして、彼と自身を繋いでくれた、あのグレイドラゴン。
 いや。アカシの存在にも、計り知れない恩を感じるのだった。

「今の人は?」
「まぁ、知り合いだ。──アカシが引き合われてくれた、な」
「あ、アカシ? それって⋯⋯って、やだ!! 貴方凄く痩せてるじゃない!!」
「ん? あぁ、ちょっと俺も色々あってな。
 ⋯⋯けど、もう大丈夫だ。もう、誰も失わない」

 シルビアの頬を撫で、ヴィルジールは微笑んだ。
 赤面するシルビアは、それを隠す様に顔を逸らす。
 悪戯っぽく笑うヴィルジールを、肘で小突くシルビアであった──⋯
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