猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト

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1章【暗黒討伐編】

第155話・缶コーヒー

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 虚無空間。
 幾千の宇宙を包む、数多の「世界」。その狭間である。
 文字通り、何も無い空間である筈の其処そこだが、とある一箇所だけは違った。
 無数の扉が不規則に漂う、「魂の間」と名付けられた場所だ。
 各世界・各宇宙に瞬時に赴く事を目的として、オーガが創り出したのがこの場所である。
 
「──クッ。今回の“浄化”も失敗か⋯⋯」

 「魂の間」の中心で、暗黒神オーガは額を覆う。
 彼を大いに悩ませるその原因は「時間」である。
 五大神将を含む、黒異種全体の強化に要する時間。
 そして、アリアや紅志が“何かしらの策”を確立するより早く発見するまでの時間──。
 前者は、魔王軍やアリア側の転生者を相手にする部下達にとって、当然必要になる。
 しかし後者は、なるべく短くしなければならない。
 つまり、“都合の良い時間”が必要不可欠なのである。
 現時点でアリアは策を完成させ、それを既に紅志へ付与している事実をオーガは知らない。
 それ故、彼はありもしない問題に苦しめられているのであった。
 もっとも、アリアと紅志を発見した所で、彼らの現在地は世界最恐の場所、魔王城だ。
 仮にそこへ来たオーガに可能なのは、相手にとって痒くも無い攻撃か、多少の会話を行う程度である。

「魔王ゼルめ、一体何処に匿っているのじゃ⋯⋯」

 歯軋りをして、オーガは額を手で覆う。
 魔王城へ赴いた所で無意味である事態は、彼自身の脳内には存在しない考えである。
 だからこそ、愚かにも模索し続ける。
 如何にしてアリアと紅志を発見し、殺害するかの手段を。
 オーガにとってこの戦いは、“アリアか紅志の殺害さえ済めば、後は消化試合である”というのが結論だ。
 そしてそれ自体は、あながち間違った推察では無い。
 だが、アリアは兎も角として、紅志はゼルに保護されているのが現状である。
 オーガ自身も、魔王と呼ばれる男の実力をある程度は把握しているつもりだ。
 それでも尚、魔王ゼルがすぐ傍にいるであろう紅志を、オーガが探し続ける理由は一つ。
 自身の「能力」への、絶対的な信頼があるからである。

 “自身への攻撃を、別の世界へ転送する”。

 その能力の対象は、魔王の攻撃ですら例外では無い。
 一応は、“一定時間内に転送できるエネルギー量には限度がある”という欠点はある。
 即ち、転送する速度以上の出力で魔力攻撃等を行えば、オーガに攻撃は入るという訳だ。
 そして魔王ゼルであれば、その“欠点”を突いた能力の突破は可能である。
 しかし、全盛期のアリアの莫大なエネルギーを使用した能力は、簡単には突破できない。
 ゼルでさえ“マジでダルい”と顔をしかめる程度には、「強度」が高い。それが、オーガの能力なのである。

 無論、面倒であるという理由だけで、オーガを能力ごと潰さないゼルでは無いのだが。
 
「──オーガ様。ここは星廻龍と燗筒かんとう 紅志あかしの捜索を一時中断し、我が軍の育成に注力すべきと考えます」

 その時、セラフがオーガへ提言する。
 無言でオーガの背後に立っていた彼だが、頭を抱えるあるじに助力すべきだと考えた様だ。
 
「なんじゃと? 貴様、この儂の采配に不満があるとでも言うつもりか⋯⋯!?」
「今の私やアルマ達では、魔王軍や星廻龍側の転生者にすら敵わないでしょう。
 ですが、十分に力を蓄えた私共であれば、魔王ゼルや星廻龍ですら敵では無い筈です。
 オーガ様に反逆する愚か者紅志如き、刹那の内に灰燼に変えて見せます」

 減らず口を、と。オーガは溜息を付く。
 その反面、かつての時代を思い返し、僅かに口角を上げる変化も見せたが。

「⋯⋯変わらぬ男よ、貴様は」
「変わりませぬ。私は、オーガ様の下僕ですから」
「フッ。──方針が決まった。神将を招集するのじゃ」

 バサリとローブをなびかせ、オーガは指示を出す。
 主と下僕──では無く、一人の相棒へ。声高らかに。




「揃ったな?」
「「「「はっ!!」」」」

 オーガの台詞に、神将達が一斉に跪く。
 ギオスのみ、アルマとゼトに強引に平伏させられた。
 “まだ調整が必要か”。オーガは内心で思いつつ、眼前のセラフ達へと口を開いた。

「アルノヴィアと燗筒 紅志の捜索を、一時中断する。
 本日を持って、オヌシら神将と“神兵”の強化に専念する事にした」
「おお⋯⋯!! 我らに力を付けさせ、一息に潰すというお考えですなッ!!」
「まぁ、なんと素晴らしい!! 敵にとっては、今日から決戦までの月日が最初で最後の安寧となる事でしょう!!」
「愚かな人類に、汚らわしい魔族に、あの憎き星廻龍!!
 時が来れば、全ての敵を神速にて滅してやりましょう!!」

 アルマ、ラート、ゼト。
 それぞれが、三者三葉に闘志を滾らせる。
 発言こそしなかったものの、静かに笑みを浮かべるセラフ。
 周囲が何かに喜んでいる様子に、それを真似て騒ぎ立てるギオス。
 来たる決戦に向け、神将達はその目と牙を邪悪に輝かせていた。

「手始めに全『世界』の“神獣”を回収し、その力をオヌシ達と“神兵”に分配する。
 全てが完了するのは、およそ三月みつき後といったところじゃの」

 三月。その言葉に、神将達は嗤う。
 その月日こそが、神罰実行の為に己に与えられた「使命」であると。 
 鍛錬を、洗練を。入念に、十全に。完遂し、成し遂げる。
 その使命を全うする為の月日が、言い渡された──が、しかし。
 
「ム⋯⋯?」

 きっかけとは、いつでも不意に生まれる物である。

「如何されましたか、オーガ様?」

 ラートの質問に、オーガは答えなかった。
 要因は、たった今 彼の鼻腔を通り抜けた香りだ。
 濃く、甘い様で、苦い様な。
 独特であったが、オーガはそれの正体を知っていた。

「誰か、コーヒーを飲んだか?」
「え、えぇ。ここに招集される直前まで、俺が⋯⋯」

 恐縮気味に、ゼトが返答する。
 “人間が作ったものを口にした”。それについて、罰せられると考えたゼト。
 しかし。その予想に反して、オーガは極めて静かな様子で、深く考え込んでいた。

「缶、コーヒー⋯⋯」

 いつだったか。
 燗筒 紅志が、その名の飲み物が欲しいと独り言をした。
 その当時。既に紅志への「支配」は解除されていたが、オーガはそれに気付かなかった。
 少なくとも「外部干渉」=監視が出来なくなっている点には気付いてはいた。
 だが、紅志が初の魔物の転生者であった事を踏まえ、“そういったエラーも起きるのか”と、それ以上は大して気にかけなかったのである。
 オーガは、紅志の中にある“神の力”を辿って居場所を特定。再び紅志へ「外部干渉」が出来る様にした。
  そして、今までの転生者と比べて紅志が優秀な──駒になる可能性を持った──男であった点を評価し、望みを叶えた。
 「缶コーヒー」を送ってやる為だけに、アリアと決別して以来の純粋な善意で。

「──まさかッ!?」

 オーガの中で、無数の歯車が噛み合う。
 以前、アリアと再会した時。その傍にいた紅志には、「精神操作」の発動が無効化されてしまった。
 もしも「精神操作」が、初めて「外部干渉」が解除された時と同タイミングで解除されていたとしたら?
 解除タイミングが、再び「外部干渉」を紅志に付与した時系列より以前なのであれば?
(盲点じゃった。不可侵・不感知領域の魔王の地を、「この手段」で特定出来るとは⋯⋯!!)
 握った拳を震わせ、オーガは目を輝かせる。
 彼が考え付いたのは、紅志へ缶コーヒーを送る為に作った「外部干渉」という名の「道」の活用である。
 紅志の中にある“神の力”の探知であれば、魔王領域の高い魔力濃度が障害となり、まず不可能だ。
 しかし、最低でも「道」として確立させたものであれば、魔王領域内からでも微弱ながら受信が出来る──。
 そんな事実だが、オーガ自身も思い至らなかったのだ。
 まさか、その「道」が未だ健在で、尚且つ活用出来るとは。
 相手の居場所が魔王領域という事実に加え、“アリアが能力を解除した”という思考に、オーガは捕らわれていたのである。
 そしてそれは、彼女の優秀さを誰より理解している彼だからこその過ちであった。

「──すまぬ、セラフ。やはり作戦は変更じゃ」
「⋯⋯?!」

 口元を歪ませ、オーガは杖を振る。
 彼と神将達の周囲は金色こんじきに輝き、そして──転移を始めた。
 向かうのは、「道」が続く先。即ち、魔王領域である。
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