妹に婚約者を奪われて婚約破棄された上に、竜の生贄として捧げられることになりました。でも何故か守護竜に大切にされているようです

アトハ

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12.「嬉しい」という言葉だけで前向きになれます

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 私とアルペジオが一緒に生活をするようになって、1週間ほどが過ぎた頃でしょうか。

 国を守ってきた守護竜だというのが信じられないほどに、彼との時間は穏やかに過ぎていきました。
 それは居心地の悪かった屋敷での日々と比べると、天国のような心地よい空間でした。


 私とアルペジオは、向き合って食事をしていました。
 現実離れした非日常も、慣れてしまえばまた日常の一部。
 私は案外、適応能力が高いのかもしれませんね。

「毎日のように祈りを捧げているようだな? 祈りは精神力を酷使すると聞く。無理はしないで良いんだぞ?」

 向き合うように食事をしていたアルペジオが、心配そうに私を覗き込みました。

「アルペジオ様には、ほんとうに感謝しています。ここでの暮らしはほんとうに楽しいですから。無理なんてしていませんが……ご迷惑でしょうか?」

 私は少しだけ不安になります。

 アルペジオは、守護竜という伝説の存在から身近な存在になりました。
 感謝の気持ちを伝えるため――日々の祈りにも、自然と身が入ろうというものです。


「もちろん迷惑などと言うことはない。祈りはとても嬉しいものだ。だがな……気を遣いすぎて、無理をしていないか心配でな?」
「それなら先代聖女のラフィーネ様から訓練も受けました。心配は要りません」

 アルペジオから「嬉しい」という言葉だけで、私は前向きになれました。
 屋敷では馬鹿にされ、誰からも必要とされなかった私の祈りで、こんなにも喜んでくれる人がいる。
 それが何よりも幸せに感じました。



 そんな時でした。
 アルペジオが突然、顔色を変えて空を仰いだのは。

「またあの者の祈りか。不純なものが混ざり合っている――極めて、不愉快だ」

 顔を不機嫌そうに歪めて、ぽつりと呟きました。
 ぞわりと背筋が冷たくなるような冷ややかな声。

 さらには――


「ッ! またイリス嬢をおとしめるのか! そのような醜い感情を祈りに乗せるなど、いったい何を考えているのだ――!」

 アルペジオは燃えるような紅の瞳で叫び、外に飛び出しました。

 立ち昇ったのは人々を恐れさせる竜の息吹。
 激しい感情と呼応するように、大地が揺らぎました。
 

『イリスちゃん、イリスちゃん! 聞こえる? 私よ、私!』

 そして私の耳には、先代聖女のラフィーネの言葉が届きました。

 私はラフィーネの言葉で、私は王宮で何があったかを知ります。
 私の妹がムキになって、見るに堪えない中途半端な祈りを行ってしまったこと。
 そしてその祈りが――恐らくは、アルペジオの怒りを買ってしまったこと。

 そして私の自惚うぬぼれでなければ、その怒りというのは――

「アルペジオ様、どうか落ち着いて下さい! 私なら大丈夫ですから。国民を怯えているみたいですし、どうか穏便に……!」

 どれだけ身近に感じても、彼はこの国を守護する竜なのです。
 そんな存在が、私のためなんかに怒っているらしい。
 その事実は嬉しくもあり、同時に恐ろしいものでもありました。
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