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5. 私を食べても美味しくないですよ

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 ――うわ、狙われてる!?

 真っ黒な鳥は、こちらの様子を伺うように頭上を飛び回っています。
 魔族領に入るなり、いきなりのピンチです。

 いいや、諦めてはいけないわ!

 魔族にとっても、人とのコンタクトは久々のはず。 
 珍しがられても、敵意は持たれていないはず。
 ……いないよね?

 この人外魔境の地で、生き残れる可能性が少ないことは理解しています。
 それでも、どうにか生き残ることを目指すならば。
 まずは、魔族の味方を作らなければなりません。

 来てしまった以上は、仕方がないですからね。
 厳格な父の教えを思い出します。

 与えられた環境の中で精一杯あがく、最後に胸を張って死んでいけるように。
 今までだって、馬鹿王子の婚約者という、最悪の環境で頑張ってきたんです。
 それが魔族領に変わったところで、私の生き様は変わりません。

「私を食べても美味しくないですよ~!」

 魔族に届け、この思い。
 私の体には、適正のあった聖属性の魔力が流れています。
 学園で習った記憶によると、聖属性の魔力は魔族の天敵。

 美味しくないどころか、私は魔族にとっては劇物も良いところでしょう。
 戸惑ったように空を飛ぶカラスのような魔族が、旋回を止めました。

 ――もしかすると、魔族とも意思疎通できるかも!

 これは、もしかすると言葉が届いてる?
 
 わたし怖くないよ。
 だから、お友達になろうよ、と両手を広げてアピールしますが……

 ――カァ!

 うわ、突っ込んできた!
 こうなってしまった以上、一瞬でコミュニケーションを諦めます。

「シッ!」

 魔術で不可視のシールドを作りだし迎撃。
 弾き飛ばすと同時に、吹き飛ばした方向とは逆に走り出しました。

 シールドを選んだのは、なるべく傷つけないため。
 ここで魔族を害そうものなら、友好関係は築きようがありません。
 同胞を殺した人族を、誰がもろ手を挙げて迎え入れると言うのでしょうか。

 とにかく、意思疎通できる魔族を見つける。
 国から冤罪で追放されたことを訴え、どうにかこの地で生きる場所を提供してもらう。
 前途は多難ですが、やってやりましょう。

 決意を新たに逃げ出した私を、黒い鳥が追ってきます。

 ――しつっこいな~!

 連続してシールドを展開。
 振り返り、鳥を迎え撃とうとしたところで


『ひめさま!』

 突然の背後からの声。
 かわいらしいハスキーボイスに振り返ると――


「ね、ねこ!?」

 クリクリッとした愛らしいつぶらな瞳。
 ふんわりと柔らかそうな毛並み。
 可愛らしいもふもふ生物が、こちらに突っ込んでくるところでした。
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