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68. この国の未来は任せたぞ

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「お、おふたりが和平交渉を望む理由。
 これ以上ないほど、よく分かりました……」

 テオドール王子から、生温かい視線が飛んできます。
 どうやら信じて貰えたようですが――


 フォード王子!
 あなたは何を「自分の仕事をやり切ったぜ!」みたいな、満足気な表情を浮かべてるんですかね!?

 魔王様も、そんな表情を緩めないで。
 威厳! もっと、魔族の王たる威厳を保ってください!


「……父上。
 僕は、フィーネ様の申し出を受けたいと思います」

 テオドール王子が、国王に向き直ります。

「ま、まさか。おまえまでもが、何を言い出すのだ?」


 テオドール王子まで説得されるのは、予想外だったのでしょう。
 国王は不思議そうな顔で、そう言いました。

「先ほどまでの問答を黙って聞いていれば。
 理屈も筋も通らない――明らかにおかしな話であっただろう。
 貴様も先ほどまでは、理解できないと疑っていたであろうに」

 テオドールと国王が向かい合う。


「愛し合う故になど、それこそあからさまな演技に違いない。
 聡明な貴様が、どうしてそれを見抜けない?」

「父上、僕は知っているのですよ。
 感情で動く者を、理解することは出来ないと」

 そこでテオドール王子は、フォード王子に視線を送ります。

 ジュリーヌ・カレイドルに対する盲目的な愛ゆえに。
 失脚した愚かな第一王子を見つめるテオドール王子に、一体なにを思ったか。

「あの人たちは、理屈の外側で動いています。
 理解できないものは恐ろしい。
 だから僕は、蓋をして見なかったことにしておこうと思っていました」


 フォード王子の言葉を借りるように、テオドール王子はそう言葉を続けます。


 
「感情のままに動いてしまえば――国を危機に陥れることもあります」

「その通りです。
 どうかテオドール王子は、フォード王子を反面教師として良き王に育って下さいね」

 思わず口を挟んでしまいます。

 テオドール王子は、妙に素直な一面もありますからね。
 バカ王子に変な影響を受けてもらってはたまりません。


「随分な言い草ではないか?」
「何か否定できる要素がありますか?」

 黙り込むフォード王子。
 素直でよろしい。



 国王は、決して感情のままに動いてはならない。

 だとしても、感情で動く者を理解する必要はあります。
 なぜなら生物は、必ずしも理屈に従って動くとは限らないから。
 ときに理屈など捨て去って、感情のままに動いてしまうものだから。


「なぜ兄上があのような愚行に走ったのか。
 僕には最後まで理解できませんでした。 
 それでも、この国を背負って立つつもりなら。
 そのような不可思議な行動とも、折り合いを付けていかなければいけない」

 それはテオドール王子なりの宣言。


「感情のままに動いた結果、最善の結果が訪れるというのなら。
 僕は、それを信じてみたいと思ったんです。
 理解できないものを疑って目を閉じて、後を向き続けるよりも――その方が楽しいじゃないですか?」

 そこでテオドール王子は、初めて見せるような清々しい笑みを浮かべる。
 進むべき道を決めた、迷いのない力強い笑顔。


 国王は席を立ち――


「つまらぬ結論だ。
 ……最初から、こうすれば良かったのだな」


 魔力を全身にまといいながら。

『ホーリー・スレイヴ』

 放ったのは従属の儀式魔法。
 相手を洗脳し、行動すらも支配する恐ろしい術式。
 対象は2人の王子。


 あの魔法は緊急時に、犯罪者に自白を強要するための邪法と言われているようなもの。
 間違っても王子を対象に、まして自らの息子にかけるようなものではないはずです。



 執念。妄執。

「国王陛下、なぜですか?
 どうしてそこまでして、魔族を排したいのですか?」

 私の問いかけに、国王は返事を寄こすことはなく。
 ただ悲しそうに微笑むのでした。



◇◆◇◆◇

 どこからか剣を取り出すと、フォード王子たちは私たちに向かって獲物を構えます。
 魔王様は顔色を変えて、サッと私を庇うように立ちはだかります。


「魔族の王と、反逆者フィーネ・アレイドルを殺せ」


 そのすぐ後ろで、国王は冷めた表情で命令を下すのでした。


 フォード王子が味方であれば、国王による儀式魔法をある程度は封じることができる。
 一瞬でも拮抗すれば、その間に魔王様が圧倒的な力で制圧することが可能。
 その前提があったからこそ、この交渉は魔族が有利。

 こうして2人の王子が、国王の支配下に置かれてしまえば。
 形勢はあっさりと逆転します。

 しかしその心配は、杞憂に終わりました。


「断る。ジュリーヌの仇に、手を貸すつもりはないのでな」

 勝利を確信していた国王を裏切るように。
 フォード王子が、クルリと振り返り。

 ――そのまま国王に剣を突き立てました。


「な、なぜだ……?」

 ドサリと崩れ落ちる国王陛下。
 血が流れ出して、玉座の間を赤く染め上げました。
 それは一目で見て分かる致命傷。


「テオドールよ、まさか洗脳などされてはおるまいな?」

「問題ないです。
 しかし、何故、父上はこのようなことを……」

 それを聞いて、フォード王子と――なぜか国王まで、安堵したような笑みを浮かべるのでした。


「従属の魔法は、儀式魔法の中でも高度なもの。
 単独で使っても、せいぜい精神を誘導する程度の効果しかない。
 父上なら分かっていた筈です」


「ああ、だがそれで十分だと思ったのだよ。
 余の儀式魔法を跳ね返すほどに、貴様らは魔族を信じられたというのだな?」

 
 死の間際でありながら、国王は最期の刻まで威厳を保ったまま。
 最後の力を振り絞って、2人の王子に鋭い視線を送ります。
 それに対し、2人の王子は静かな覚悟とともに「ああ」と肯定して見せたのでした。


 その返答を、覚悟を聞き入れて。

 ――ならば、好きにするが良い
 ――この国の未来は任せたぞ


 国王は、どこか吹っ切れたように満足そうな表情を浮かべると。
 そう言い残し、静かに事切れたのでした。
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