そちらから身勝手に婚約破棄しておいて、今さら何の用ですか? ~記憶を失った悪役令嬢は、今さらアホ王子の相手なんてしたくない~

アトハ

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3話

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 戻ってきた記憶。
 私はようやく事の顛末を理解します。

 エスティーユは、敵国のスパイであることが濃厚なドロシーを、確実に捕えるために証拠集めに奔走していたそうです。
 証拠を掴んだのは、私がドロシーの魅了魔法に気が付いたのとほぼ同時期。

 思い出しました。
 聖女の生誕祭で、私はドロシーと決着を付ける気でいたのです。

「殿下を止められなかったのは、私の落ち度です。
 堂々と浮気をしている王子の評判が地の底なのは知っていますが、まだ手遅れではありません。
 私が――きちんと終わらせますから」
「……リーリアが、兄上のために危険を犯す必要はないよ。
 ドロシーは敵国のスパイだ、何をしてくるか分からない。
 君にそんな危険なことはさせられないよ」

 話し合いは平行線。 


「こんな手は使いたくなかったけど仕方ない。
 リーリアには、安全な場所ですべてが終わるのを待っていて欲しいんだ。
 ――どうかすべて僕に任せて欲しい」

 エスティーユは強硬手段に出ました。

 彼が得意とするのは記憶操作の魔法――私は、ドロシーの正体に関する記憶を奪われました。
 結果、用意していた証拠は何ら活用されることなく。
 私には自らの婚約者への不信感だけが残り――あっさりと婚約破棄を受け入れ、生誕祭を後にすることになったのです。


「……思い出しましたよ。
 それで? なんでドロシーさんが、いまだにノウノウと外を出歩いていたんですか?」

 ナイフで命を直接狙われることになったのです。
 文句を言う権利ぐらいはあるでしょう。

「ドロシーの行動が、とにかく早かったんですよ。
 兄上とドロシーが、リーリアの部屋に向かったのを見て肝が冷えましたよ」

 エスティーユの言葉は、本当にこちらを案じるもの。


「ドロシーさんは、結局のところ、何がしたかったんですかね?」
「ようやく婚約者の座に収まったけど、肝心の王子が失脚間近。
 リーリアの口から婚約破棄が正当なものであると語られれば、まだ取り返しがつくと考えのでしょう」

「なるほど……。
 すべての罪をなすりつけようとしていたのですね」

 ドロシーを一番苦しめたのは、実は私の元・婚約者なのではないでしょうか。
 褒めるつもりは、これっぽっちもありませんけど。


「それにしても、王子のことを思い出すとムシャクシャして仕方ないから、婚約者だったという記憶を消して欲しいなんて――笑っちゃったよ。
 兄上は、どれだけ君のことを怒らせたんだ……ってね」
「私、殿下のために色々手を回していたのですよ?
 その恩をあれほどまでの侮辱で返されれば――流石に愛想が尽きますよ」

 聖女の生誕祭。
 婚約破棄を突きつけられた瞬間のことは、記憶を取り戻した今なら鮮明に思い出せます。
 あること無いこと好き勝手に、大衆の面前で見せしめのように晒し上げ。

 あそこまでしておいて、なんで私が要求に従うと思ったのか。
 まったくもって理解が出来ません。


「僕が隠れてるってことには、いつから気づいてたの?」
「ふたりが入って来た時からよ。
 ……隠れる気があるなら、少しぐらい気配を隠す努力ぐらいしたらどうなの?」

「なるほどね。
 護衛のつもりだったけど、まさかこの場でドロシーに仕掛けるとは思わなかったよ。
 記憶を失っても一瞬で見破るなんて、本当に敵わないなあ――」

 エスティーユは肩をすくめてみせます。

「頼もしかったですよ?」


 相手はプロのスパイでした。
 一歩間違えれば、命を落とすかもしれません。
 そんな危険を覚悟していても、彼がいたからこそ私はドロシーの正体に言及しました。

 なんだか、記憶を奪われたことの意趣返しみたいになってますね?


「不思議なぐらいに息ピッタリでしたね?」
「……今回ばかりは、予想が外れて欲しいと思いました。
 危険なことをするのは、本当にこれっきりにして下さい」

 エスティーユに懇願されますが、


「この国のためになるのなら、私はこれからも同じことをしますよ?
 今更、生き方は変えられませんから」

 
 私の答えは決まっています。
 それが立場ある公爵家に生まれた者の役割です。
 
 エスティーユは私の言葉を受けて、何かを考え込んでいましたが、

「……それならせめて、君を隣で守らせて下さい。
 リーリアはリーリアらしく、これまで通りに自らの信じる道を行けば良い。
 その上で僕は――二度と、君を危険な目には遭わせない。
 絶対に幸せにしてみせるから――僕と結婚してほしい」

 出てきたのは、そんな宣言。
 
 あまりにも急なことで、頭が追いつきません。
 エスティーユのことは、競い合うライバルであり良き友だと思っていました。
 互いを認め合う関係でありつつも、そういう対象だと考えたこともなかったのです。
 
「ええっと、ええっと……」

 エスティーユが、緊張した様子で答えを待っています。
 早く何か答えないと――気持ちは急くばかり。
 まるで意味のある言葉が口から出て来ません。

「このことに、国王陛下は何と言っているのですか?」
「もちろん許可は取ってありますよ。
 公爵家にとっても、十分な恩恵のある縁談です」

 違います。
 こんな事務的なことを、聞きたいわけではないのに。

 一度意識してしまうとダメでした。
 呆れたような顔。
 困ったように笑う顔。
 無茶をするなと怒る顔。
 
 ――そのどれもが、あまりに魅力的過ぎました。


 公爵令嬢として生まれた者の定め。
 好きになった相手と結ばれることなんてないと思っていました。

 最初から諦めていたんです。
 こうして自らが望む相手と一緒になれるチャンスがあるなら。
 望むままに、それを掴み取るべきです。


「私なんかで良ければ喜んで」


 どうでも良いことは、いつの間にか忘れてしまうもの。
 記憶を失ってみて始めて気がつきました。
 戻ってきた記憶の少なさ――私と元・婚約者の間には、本当に何もなかったのだということを。


 この人との思い出は、いつまでも色鮮やかなです。
 決して忘れないように、本当に忘れたくない大切な一瞬を焼き付けるように胸に刻みこみます。

 大切な人と一緒に生きていくという決意。
 私はこの日を、決して忘れません。
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