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本編の裏話 攻め視点(時系列は本編と同じ)
第一話
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いつからだろう。
俺じゃない誰かに笑いかける修二に苛つくようになったのは。
いつからだろう。
修二がどこで誰と何をしてるのか、無性に気になるようになったのは。
いつからだろう。
修二は俺のものだと、女にも誰にも抱いたことのない独占欲をもつようになったのは。
* * *
「慶お前、口開きゃ修二修二ってうぜえよ。おめえは修二の束縛彼氏か」
きっかけは聖夜のそんな一言だったと思う。
一緒にいるのが楽しかった。馬鹿やって、笑って、たまに喧嘩して、けどすぐに仲直りして、また笑い合う。修二と聖夜は俺の親友。中学、高校と、俺たち三人はいつも一緒だった。
けど聖夜に言われて気がついた。俺が修二に抱く想いは、明らかに聖夜へのそれとは違うことに。
修二が俺以外の誰かに懐いているのを見ると苛々するし、俺と一緒にいない間に修二が誰と何をしてるのか気になってしょうがない。しつこく詮索しすぎて修二にキレられたこともある。幸いにも修二は奥手のようでまだ女も知らないし彼女もいないけど、修二に女ができたらと思うと気が気じゃない。相手が女であれ男であれ、修二を誰かに取られたらと思うと居ても立ってもいられない。なんでそんな気持ちになるのかなんて考えたこともなかった。けどやっとわかった。
俺は修二が好きだ。
そう自覚すれば、ずっと胸の奥につかえていたもやもやが晴れて、すっきりした気分になった。
修二も俺も同じ男だという現実は普通なら障害になるのかもしれないが、俺にとっては尽きない欲望をさらに煽る背徳的なスパイスでしかなかった。身近にゲイのカップルがいるせいか、同性愛に対する嫌悪感が元々なかったせいもある。それでも自分が男と……なんて考えたことはなかったけれど、相手が修二となれば話は別だ。
女といるよりも修二と一緒にいるほうが楽しかったし、女とは別れ話を切り出されればそれで終わり。どの女とも長くは続かず、女と別れるたびに、修二みたいな女がいればいいのにと考えた。思えば俺はもうずいぶん前から修二のことが好きだったのだろう。
出会った時から修二は俺の特別だった。気が合うとか、波長が合うとか、そんなありふれた言葉だけじゃ足りない。修二は出会うべくして出会った、俺の運命の相手なのだ。
自覚した修二への想いは、日を追うごとに深まるばかりだった。
「俺、お前が好きだ」
溢れすぎた想いを抱えきれず、修二に告白してしまったのは高三の夏だった。結果は散々で、修二は俺に「もう話しかけるな」と言い残し、俺の元から去っていった。
その現実を直視できず、俺は最初、修二を恨んだ。今まで親友だと思っていた男に告白されて、気持ち悪かったのは理解できる。けど、だからといって一切の接触を断ってしまうなんて、俺らの絆はそんなちっぽけなものじゃないはずだ。俺らは魂の半身、どんな関係であれ、ずっと隣にあるべきなのに。それを理解しようとしない修二に苛立った。
一週間が過ぎ、聖夜に笑いかける修二を、俺は苦い気持ちで遠くから眺めた。修二が隣にいないことが信じられなくて、無性に寂しくて。俺がいなくても修二は笑っていられるんだという事実に胸が痛んだ。
一か月が過ぎ、修二への苛立ちは、このまま永遠に修二を失ってしまうのではないかという焦燥感へ変わった。俺と同じ想いを返してもらえなくてもいい。俺の隣に修二がいてくれればそれでいい。俺は何としてでも修二を取り戻したかった。
放課後の教室で修二を待ち伏せていた俺を引き止めたのは、聖夜だった。
「ちょ、慶、待てって。修二には考える時間が必要なんだよ。あいつからお前んとこ来るまで待ってやれよ。な?」
聞き分けのないガキを諭すような聖夜の声色に元々苛ついていた神経を逆撫でされて、俺は声を荒げた。
「もう十分待ったっつーのっ! これ以上どんだけ待てばいいんだよっ!」
「だから修二がお前んとこ来るまで待てっつってんの」
「なんで待たなきゃいけねえんだよっ! このままほっといたって修二に誤解されたままじゃねえか。俺はゲイじゃねえ。気持ち悪くなんかねえ。修二が好きなだけなんだよ」
「だからそうやって一方的に気持ちを修二に押し付けんのはどうかっつっての、俺は」
「別に押し付けたりしねえよ」
「したじゃねえかよ。修二にキスしたの、合意じゃねえよな? しかも告《こく》る前だろ? それって一方的すぎんじゃねえの?」
「あんときは、つい、勢いっつーか。……けど、もうしねえって」
「どうだか……」
「まじで。今まで通りでいいんだ。それ以上は望まない。我慢する。そりゃ修二のことは好きだけど、あいつが嫌ならもう好きとか言わねえし。なるべくそういう目で見ないようにも……、まあ、なんとか頑張るし……」
「えらい自信なさげじゃねえか。それに今まで通りってわけにはいかねえと思うけど?」
「なんでだよ。俺らいつも一緒だったじゃん。俺には修二が必要だし、あいつにも俺が必要なんだよ。なんでそんな簡単なことがわかんねえんだよっ!」
苛つきが限界に達して目の前の椅子を蹴り倒した俺に、聖夜は深いため息を吐いた。
「修二はさ、あいつは世間体とか常識とかそういうの、すげえ気にすんじゃん? まあ、それもこれも母ちゃんに心配かけたくねえからなんだろうけど」
修二の母ちゃんはいわゆる未婚の母で、修二がガキの頃は母子家庭だったそうだ。母ちゃんの相手、つまり修二の父ちゃんはそこそこでかい会社の社長で、すったもんだの挙句に離婚を成立させ、その後すぐに母ちゃんと修二を籍に入れた。結果、前妻との間にできた息子二人、修二にとっては腹違いの兄と弟と同居することになったのだが、母ちゃんは義理の息子たちにかなり手を焼いているらしい。
「わかった。待つよ」
待つのなんて性に合わないけど、待とうと思った。修二を取り戻すために必要ならば、俺は待つ。修二は思い悩む性質《たち》だから時間が必要なのは確かだろうし、時間さえ経てば常識なんかより俺のほうが大事だってことがわかるだろう。俺はそう信じてた。
二か月が過ぎ、状況は何も変わらない中、俺は考えた。修二が俺を避け続けるのは、男を好きな俺のことが気持ち悪いからだ。ならば俺は女が好きなんだとアピールすれば、修二は俺に対する見方を変えるかもしれない。
修二の目に入らないと意味がないから、同じ学校の女を彼女にした。修二のことが好きだと自覚して以来初めての彼女だった。いつも通り、長くは続かなかったけど、寄ってくる女には事欠かない。その後も彼女を絶やすことはしなかった。
俺の知る限り、修二に女の影はなかったけど、俺みたいに修二のことを好きになる男が現れないとも限らない。相手が男だからって気は抜けない。
大学に入って、厄介なやつが現れた。外部から入学してきた亨という男だ。亨は甘い顔に優し気な雰囲気で女にモテまくるくせに、女よりも男が好きなバイセクシャルなのだ。しかも気が強くて綺麗な男が好みらしい。亨が修二のことを知ったら絶対に興味をもつだろうと確信した俺は、常に行動を共にして亨を見張ることにした。
大学生活が始まって一か月が過ぎたころ。
「なあ、慶。あの子、なんて名前か知ってる?」
「あの子って誰だよ。ああ、あの髪の長い女?」
「違う違う。その子の陰になってて見えにくいけど、いるじゃん。茶髪でサラサラな髪の子」
亨の視線の先にいたのは、修二だった。修二は壁に寄りかかり、唇を指で弄っていた。考えごとをしているときのあいつの癖だ。
「やばっ。今の仕草、すっげえエロい」
修二がぱくりと指を咥えたのだ。少し開いた唇の間からチラリと覗く赤い舌は確かに艶めかしく、前を見るともなくぼんやりとした表情はまるで恍惚としているようにも見えた。
「はあ? 意味わかんねえ。男だろ」
平静を装ってそう答えつつも、俺はムカついてしょうがなかった。人前であんな無防備な顔を曝す修二にも、修二をそういう目で見る亨にも、修二に手を出すなと言えない俺自身にも。
「慶はストレートだから、あの子のよさがわかんないんだよ」
うるせえ、黙れ。
修二のことは俺が一番わかってんだよ。
余計なことを言ってこれ以上興味を持たれては困るから、毒づくは胸の中だけに留めて涼しい顔を作った。
「ああ、わかんねえ。それにあんなやつ見たことねえ」
「そうなんだ。じゃあ、あの子も俺と同じ外部入学かもね」
「そうかもな。それより次の講義もうすぐ始まんじゃね? 行こうぜ」
「え? まだ時間あるじゃん。俺ちょっとあの子に話……」
「いいから、行くぞ」
ちょっと強引に亨を急かしてその場を離れたのがまずかったのかもしれない。
「あの子の名前わかったよ、慶」
数日後、爽やかすぎる笑顔を浮かべて亨が言った。
「修二っていうんだって? 高校までは、慶と超仲良かったらしいじゃん」
どうやら亨はあれから修二のことを調べたらしい。
「なんで知らないとか、嘘ついたんだよ」
「別に……」
「修二のことが嫌いだから?」
「……ああ」
「ほんとはその逆だろ? 好きなんだろ? 慶、修二のこと」
「な、に言って……」
「実は前から気になってはいたんだよね。慶、たまにそわそわしてるっていうか、ちらちらどっか見てたりすんの。一体なにをそんなに気にしてんだろうってずっと思っててさ。この間、俺が修二のこと聞いたときも明らかに態度おかしかったし。今だって気づいてる? 俺が修二って呼ぶたびに、すっげえ怖い顔してんの」
俺が修二を好きだと知ったら、亨は余計に修二に関心を示すだろうと思った。だから言わなかったのだ。けどバレたならしょうがない。
「それがわかってんなら、修二に手ぇ出すなよ。それに修二って呼ぶな。あいつは俺んだ」
「やーだね。慶にそんなこと言われる筋合いないし」
「あいつは男になんか興味ねえんだよ」
「なんでそんなこと知ってんの? ダチだったから? それとも修二にそう言われて振られたから?」
「うっせー、ほっとけよ」
「へえー。そっかー。やっぱ振られたんだ。それなのに未練たらたらで忘れられないってやつ?」
「そうだよ。悪いかよ。けど振られても好きなんだからしょうがねえだろ」
俺のことを憐れだとでも思ったのだろうか。その後も亨は修二に興味津々な様子は隠さなかったが、手を出そうとはしなかった。あの日までは。
俺じゃない誰かに笑いかける修二に苛つくようになったのは。
いつからだろう。
修二がどこで誰と何をしてるのか、無性に気になるようになったのは。
いつからだろう。
修二は俺のものだと、女にも誰にも抱いたことのない独占欲をもつようになったのは。
* * *
「慶お前、口開きゃ修二修二ってうぜえよ。おめえは修二の束縛彼氏か」
きっかけは聖夜のそんな一言だったと思う。
一緒にいるのが楽しかった。馬鹿やって、笑って、たまに喧嘩して、けどすぐに仲直りして、また笑い合う。修二と聖夜は俺の親友。中学、高校と、俺たち三人はいつも一緒だった。
けど聖夜に言われて気がついた。俺が修二に抱く想いは、明らかに聖夜へのそれとは違うことに。
修二が俺以外の誰かに懐いているのを見ると苛々するし、俺と一緒にいない間に修二が誰と何をしてるのか気になってしょうがない。しつこく詮索しすぎて修二にキレられたこともある。幸いにも修二は奥手のようでまだ女も知らないし彼女もいないけど、修二に女ができたらと思うと気が気じゃない。相手が女であれ男であれ、修二を誰かに取られたらと思うと居ても立ってもいられない。なんでそんな気持ちになるのかなんて考えたこともなかった。けどやっとわかった。
俺は修二が好きだ。
そう自覚すれば、ずっと胸の奥につかえていたもやもやが晴れて、すっきりした気分になった。
修二も俺も同じ男だという現実は普通なら障害になるのかもしれないが、俺にとっては尽きない欲望をさらに煽る背徳的なスパイスでしかなかった。身近にゲイのカップルがいるせいか、同性愛に対する嫌悪感が元々なかったせいもある。それでも自分が男と……なんて考えたことはなかったけれど、相手が修二となれば話は別だ。
女といるよりも修二と一緒にいるほうが楽しかったし、女とは別れ話を切り出されればそれで終わり。どの女とも長くは続かず、女と別れるたびに、修二みたいな女がいればいいのにと考えた。思えば俺はもうずいぶん前から修二のことが好きだったのだろう。
出会った時から修二は俺の特別だった。気が合うとか、波長が合うとか、そんなありふれた言葉だけじゃ足りない。修二は出会うべくして出会った、俺の運命の相手なのだ。
自覚した修二への想いは、日を追うごとに深まるばかりだった。
「俺、お前が好きだ」
溢れすぎた想いを抱えきれず、修二に告白してしまったのは高三の夏だった。結果は散々で、修二は俺に「もう話しかけるな」と言い残し、俺の元から去っていった。
その現実を直視できず、俺は最初、修二を恨んだ。今まで親友だと思っていた男に告白されて、気持ち悪かったのは理解できる。けど、だからといって一切の接触を断ってしまうなんて、俺らの絆はそんなちっぽけなものじゃないはずだ。俺らは魂の半身、どんな関係であれ、ずっと隣にあるべきなのに。それを理解しようとしない修二に苛立った。
一週間が過ぎ、聖夜に笑いかける修二を、俺は苦い気持ちで遠くから眺めた。修二が隣にいないことが信じられなくて、無性に寂しくて。俺がいなくても修二は笑っていられるんだという事実に胸が痛んだ。
一か月が過ぎ、修二への苛立ちは、このまま永遠に修二を失ってしまうのではないかという焦燥感へ変わった。俺と同じ想いを返してもらえなくてもいい。俺の隣に修二がいてくれればそれでいい。俺は何としてでも修二を取り戻したかった。
放課後の教室で修二を待ち伏せていた俺を引き止めたのは、聖夜だった。
「ちょ、慶、待てって。修二には考える時間が必要なんだよ。あいつからお前んとこ来るまで待ってやれよ。な?」
聞き分けのないガキを諭すような聖夜の声色に元々苛ついていた神経を逆撫でされて、俺は声を荒げた。
「もう十分待ったっつーのっ! これ以上どんだけ待てばいいんだよっ!」
「だから修二がお前んとこ来るまで待てっつってんの」
「なんで待たなきゃいけねえんだよっ! このままほっといたって修二に誤解されたままじゃねえか。俺はゲイじゃねえ。気持ち悪くなんかねえ。修二が好きなだけなんだよ」
「だからそうやって一方的に気持ちを修二に押し付けんのはどうかっつっての、俺は」
「別に押し付けたりしねえよ」
「したじゃねえかよ。修二にキスしたの、合意じゃねえよな? しかも告《こく》る前だろ? それって一方的すぎんじゃねえの?」
「あんときは、つい、勢いっつーか。……けど、もうしねえって」
「どうだか……」
「まじで。今まで通りでいいんだ。それ以上は望まない。我慢する。そりゃ修二のことは好きだけど、あいつが嫌ならもう好きとか言わねえし。なるべくそういう目で見ないようにも……、まあ、なんとか頑張るし……」
「えらい自信なさげじゃねえか。それに今まで通りってわけにはいかねえと思うけど?」
「なんでだよ。俺らいつも一緒だったじゃん。俺には修二が必要だし、あいつにも俺が必要なんだよ。なんでそんな簡単なことがわかんねえんだよっ!」
苛つきが限界に達して目の前の椅子を蹴り倒した俺に、聖夜は深いため息を吐いた。
「修二はさ、あいつは世間体とか常識とかそういうの、すげえ気にすんじゃん? まあ、それもこれも母ちゃんに心配かけたくねえからなんだろうけど」
修二の母ちゃんはいわゆる未婚の母で、修二がガキの頃は母子家庭だったそうだ。母ちゃんの相手、つまり修二の父ちゃんはそこそこでかい会社の社長で、すったもんだの挙句に離婚を成立させ、その後すぐに母ちゃんと修二を籍に入れた。結果、前妻との間にできた息子二人、修二にとっては腹違いの兄と弟と同居することになったのだが、母ちゃんは義理の息子たちにかなり手を焼いているらしい。
「わかった。待つよ」
待つのなんて性に合わないけど、待とうと思った。修二を取り戻すために必要ならば、俺は待つ。修二は思い悩む性質《たち》だから時間が必要なのは確かだろうし、時間さえ経てば常識なんかより俺のほうが大事だってことがわかるだろう。俺はそう信じてた。
二か月が過ぎ、状況は何も変わらない中、俺は考えた。修二が俺を避け続けるのは、男を好きな俺のことが気持ち悪いからだ。ならば俺は女が好きなんだとアピールすれば、修二は俺に対する見方を変えるかもしれない。
修二の目に入らないと意味がないから、同じ学校の女を彼女にした。修二のことが好きだと自覚して以来初めての彼女だった。いつも通り、長くは続かなかったけど、寄ってくる女には事欠かない。その後も彼女を絶やすことはしなかった。
俺の知る限り、修二に女の影はなかったけど、俺みたいに修二のことを好きになる男が現れないとも限らない。相手が男だからって気は抜けない。
大学に入って、厄介なやつが現れた。外部から入学してきた亨という男だ。亨は甘い顔に優し気な雰囲気で女にモテまくるくせに、女よりも男が好きなバイセクシャルなのだ。しかも気が強くて綺麗な男が好みらしい。亨が修二のことを知ったら絶対に興味をもつだろうと確信した俺は、常に行動を共にして亨を見張ることにした。
大学生活が始まって一か月が過ぎたころ。
「なあ、慶。あの子、なんて名前か知ってる?」
「あの子って誰だよ。ああ、あの髪の長い女?」
「違う違う。その子の陰になってて見えにくいけど、いるじゃん。茶髪でサラサラな髪の子」
亨の視線の先にいたのは、修二だった。修二は壁に寄りかかり、唇を指で弄っていた。考えごとをしているときのあいつの癖だ。
「やばっ。今の仕草、すっげえエロい」
修二がぱくりと指を咥えたのだ。少し開いた唇の間からチラリと覗く赤い舌は確かに艶めかしく、前を見るともなくぼんやりとした表情はまるで恍惚としているようにも見えた。
「はあ? 意味わかんねえ。男だろ」
平静を装ってそう答えつつも、俺はムカついてしょうがなかった。人前であんな無防備な顔を曝す修二にも、修二をそういう目で見る亨にも、修二に手を出すなと言えない俺自身にも。
「慶はストレートだから、あの子のよさがわかんないんだよ」
うるせえ、黙れ。
修二のことは俺が一番わかってんだよ。
余計なことを言ってこれ以上興味を持たれては困るから、毒づくは胸の中だけに留めて涼しい顔を作った。
「ああ、わかんねえ。それにあんなやつ見たことねえ」
「そうなんだ。じゃあ、あの子も俺と同じ外部入学かもね」
「そうかもな。それより次の講義もうすぐ始まんじゃね? 行こうぜ」
「え? まだ時間あるじゃん。俺ちょっとあの子に話……」
「いいから、行くぞ」
ちょっと強引に亨を急かしてその場を離れたのがまずかったのかもしれない。
「あの子の名前わかったよ、慶」
数日後、爽やかすぎる笑顔を浮かべて亨が言った。
「修二っていうんだって? 高校までは、慶と超仲良かったらしいじゃん」
どうやら亨はあれから修二のことを調べたらしい。
「なんで知らないとか、嘘ついたんだよ」
「別に……」
「修二のことが嫌いだから?」
「……ああ」
「ほんとはその逆だろ? 好きなんだろ? 慶、修二のこと」
「な、に言って……」
「実は前から気になってはいたんだよね。慶、たまにそわそわしてるっていうか、ちらちらどっか見てたりすんの。一体なにをそんなに気にしてんだろうってずっと思っててさ。この間、俺が修二のこと聞いたときも明らかに態度おかしかったし。今だって気づいてる? 俺が修二って呼ぶたびに、すっげえ怖い顔してんの」
俺が修二を好きだと知ったら、亨は余計に修二に関心を示すだろうと思った。だから言わなかったのだ。けどバレたならしょうがない。
「それがわかってんなら、修二に手ぇ出すなよ。それに修二って呼ぶな。あいつは俺んだ」
「やーだね。慶にそんなこと言われる筋合いないし」
「あいつは男になんか興味ねえんだよ」
「なんでそんなこと知ってんの? ダチだったから? それとも修二にそう言われて振られたから?」
「うっせー、ほっとけよ」
「へえー。そっかー。やっぱ振られたんだ。それなのに未練たらたらで忘れられないってやつ?」
「そうだよ。悪いかよ。けど振られても好きなんだからしょうがねえだろ」
俺のことを憐れだとでも思ったのだろうか。その後も亨は修二に興味津々な様子は隠さなかったが、手を出そうとはしなかった。あの日までは。
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