俺とあいつの、近くて遠い距離

ちとせ。

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本編の裏話 攻め視点(時系列は本編と同じ)

第二話

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修二が出て行ったあとの学食は、胸糞が悪くなるくらいざわめきが増した。あーだこーだ好き勝手な憶測を並べ立てて修二のことを噂してるやつら全員殴り倒したい。けど俺がそんなことをしたら火に油を注ぐことになるだけだ。だからやらない。

代わりに俺は、隣でへらへらと笑っている亨に蹴りを入れた。

「ちょ、慶、痛いよ。なにすんだよ」
「それはこっちのセリフだよ。てめえ修二になにしてんだよ」
「いや、あれは修二から仕掛けてきたんだって」
「嘘つけ。修二はなんもねえのにあんなことするわけねえんだよ。お前がなんかしたに決まってんだろ」
「へえ。慶ってば意外と鋭いじゃん。正解」

おどけて俺を指差すその仕草がムカつく。その顔も、声も、てか亨の存在自体がムカつく。

「修二があんまり可愛かったからさー、ついキスしちゃったんだよね。けど俺がしたのは軽いやつだよ? ちゅって。そしたら修二、キレちゃって……。やー、なんか得しちゃった。修二まじで可愛いいし、エロいし。やっぱ俺、あの子欲しいなー」

にやにやと思い出し笑いをする亨に今度は本気で蹴りを入れようとして出来なかったのは、甲高い声で俺の名前を喚く女に腕を掴まれて引っ張られたからだ。


「慶! 慶ってば!」
「……んだよ」

まじうぜえ。気が強いとこがちょっと修二に似てると思って付き合い始めたけど、やっぱ全然似てねえわ。もう女は必要ない。そんなの前からわかってたけど、修二しか欲しくない。

「もう。さっきから呼んでるのに」
「だから何だよ」
「行こうよ。なんかさっきの……、ほら、あれで、私たち注目されてるみたいだし」

この女をスケープゴートにしようと決めたのは、暗に修二のことを仄めかした女にキレたからだ。いや、違うかも。女がなにもしてなくても、俺は同じことをしていただろう。

「腕、離せよ」

まず手始めに、大袈裟な仕草で女から腕を奪い返した。

「え、あ、ごめん。痛かった?」
「べたべたくっつかれんの、うぜえんだよ」
「な、なによそれ……」
「俺、やっぱお前とはムリだわ」
「慶ってば、急になに言って……」
「はっきり言わねえとわかんねえ?」

とどめを刺すにはどんな台詞が効果的だろう。

「もうお前、飽きた。元々好きでもなんでもねえし。別れてくんね?」

肩を震わせて俯いてしまった女を見下ろしながら、もっとでかい声で泣いてくれれば派手な演出になるのに。と考えていたら、ふと女が顔をあげた。女は泣いてなんかいなかった。

ん? 思った途端、不左頬にパシンと一発、平手打ちを食らう。

「うわ」だの「すげえ」だのとざわつくのやつらの前で、俺は大袈裟に頬を手で擦りながら「いってえ」と顔を歪めてみせた。

女は予想外にいい働きをしてくれた。公衆の面前でこっ酷く振られた女が男に平手打ち。修羅場のエンディングとしてはまずまずの出来だ。さっきの修二の顛末を忘れさせるほどのインパクトはないかもしれないが、これで少しは噂が分散されるだろう。

そんな俺の思惑に、更なる予想外の出来事が起きるのは、このすぐあとのこと。

「あんたなんてこっちから願い下げよっ! 私だって好きじゃないんだからっ! ちょっと顔が好みだっただけよっ! あんたなんか、顔だけの男じゃないっ! 俺様でわがままで……、セックスだって独りよがりなのよっ! 甘いことばもなんもなくて出したら終わりのセックスなんて、こっちは気持ちよくもなんともないんだからっ! 最低っ! バカっ!」

怒りまくって暴言を吐く女に、さすがの俺も唖然とした。周りの野次馬どももしーんと静まり返っていた。聖夜と亨の二人を除いては。

「ひゅーっ、言うねえ、彼女」
「ちょっと惚れかけたわ、俺」
「慶のセックス、独りよがりだって。あはは……」
「ぎゃはは……、それ、まじ笑える」

今のは演出としては最高だった。明日からはきっと俺の噂で持ちきりになるだろう。最低な男でも、顔だけの男でも、セックスが独りよがりな男でも、なんとでも呼べばいい。女にも感謝したいくらいだが、こいつらに笑われるのだけは正直ムカつく。蹴り倒したい。

けど今は、修二を捕まえるのが最優先事項だ。

「一生笑ってろ」

二人に捨て台詞を残して学食を後にする。まずは修二の家にでも行ってみるかと思案しながら、校舎の裏を突っ切って大通りまで近道しようとしたときだった。

「慶」

背後から名前を呼ばれて振り返れば、案の定、聖夜がいた。どうせまた俺に釘を刺しにでも来たんだろう。あのとき、放課後の教室で、聖夜に諭されて俺は待つと決めた。けどもう待つつもりなんてない。

「今の茶番は修二のためか? 相変わらず、修二以外のやつには容赦ねえな。そのうち刺されんぞ」
「んなこと忠告しに来たわけじゃねえんだろ? 俺はもう待たねかんな」
「引き止めに来たんじゃねえよ。その逆。修二がいるとこ教えようと思って」

思わぬ答えに俺は眉を上げた。

「なに企んでんだよ」
「なんも企んでねえって」
「信じらんねえ。あんときお前、待ってやれっつったじゃねえか」
「あんときはそれが一番いいと思ったんだよ。お前は頭に血ぃのぼってっし、修二はなんかもうこの世の終わりみてえな顔してて。お前ら二人とも、ちょっと時間おいたほうがいいと思ったんだって」
「ちょっとじゃなかったけどな」
「や、それは、うん。悪かったと思ってる。ごめん」
「ごめんじゃねえよ」

俺がどんだけ待ったと思ってんだよ。一年だぞ。

「や、まじで悪かったって。けどあんときは俺、修二はどうせすぐにお前んとこに行くだろうって思ってたんだよ。俺から見てもお前ら二人は特別っていうか、お前の言う運命の相手? だって思ってたから。けど大学入ってすぐ、修二がゲイだって知ってさ。修二が抱えてる悩みは俺が思ってたよりずっと重くて根深いんだってやっとわかって……」
「ちょっと待て、聖夜」

途中で話を遮った俺を、聖夜が訝し気に見返していた。聞き捨てならないことを暴露したことに気付いてないんだろう。

「聖夜お前、知ってたのか?」
「え? なにが?」
「修二がゲイだってことだよ」
「あ、……、あー、ごめん。知ってた」
「ごめんじゃねえよ。なんだよ。まじでお前……」

超ムカつく。ムカつきすぎて二の句が継げない俺に、聖夜は焦ったように言い募った。

「や、けど偶然だったんだって。まじで。修二から直接聞いたとかそんなんじゃねから」
「偶然でもなんでも、知ってたんならなんで教えてくんなかったんだよ」

実際には、偶然と聞いて少しは気分が持ち直したけど、わざわざ言ってやるもんか。

「なんでって、そりゃ、修二がゲイだって知ったら、慶お前、がんがん押しまくんだろ?」
「そりゃそうだろ。修二がゲイならなんの問題もねえじゃん」
「問題あんだろ? 大事なのは修二の気持ちだろうがよ」
「そうだけど。可能性がちょっとでもあんだったら、そりゃ行くだろ? 修二がゲイで、男が恋愛対象だってんなら、俺にだって希望はあんだろ? 今は好きじゃなくてもいつかは……」
「……は?」

ぽかんと口を開けて固まってしまった聖夜にむっとして「俺には可能性がないとでも言いてえのかよ」と返せば、聖夜は「違う違う」と首を横に振った。

「慶、お前それまじで言ってんの? 修二がお前のこと好きじゃねえとかなんとか」
「今は、だよ。今は。けどいつかは、てか絶対に……」
「みなまで言うな。わかった」

俺の顔の真ん前に掌を突き出してストップをかけた後、聖夜はがくりと首を垂れた。

「てかわかんねー。慶お前さ、修二は俺の運命の相手だとか、修二には俺が必要だとか、すっげえ自信満々に言ってるよな? それなのに修二は自分のこと好きじゃねえとか、まじで思ってるわけ?」
「や、だからそれは恋愛対象としての話だって。ダチとしては俺も修二に好かれてるって思……」
「慶」

急に真顔になった聖夜に両肩を掴まれて何ごとかと身構えた俺に、聖夜が今日一番、いや俺の今までの人生で一番の爆弾発言をかました。

「修二はお前のことが好きだ。もちろん恋愛対象として。一年前にお前が告ったときも。たぶん、そのずっと前から」
「…………は?」

はあ?
や、
ちょっ、
ええ?
まじで?

「なにその顔。俺のがびっくりだよ」
「んなわけ……、だって……、だったらなんで修二は……」
「お前のこと拒んだのかって?」
「そうだよ。おかしいだろ? 好きなのに拒否るとか……」
「それはあんときも言ったけど、修二は常識ってやつに囚われ過ぎてんだと思う」
「母ちゃんに心配かけたくねえから?」
「さっきまでは俺もそれが一番の理由だと思ってた」

聖夜が言わんとしてることがわからない。わからないから知りたい。聖夜が知ってて、俺が知らないことぜんぶ。修二のことが知りたい。

「あんとき俺、お前に待ってやれって言ったけどさ。修二はまったく変わらねえし、修二にとってはやっぱ常識が一番、ってか母ちゃんが一番大事なんだろうなって。けど俺、偶然知っちゃったじゃん? 修二がゲイだって。偶然でもなきゃ、あいつずっと誰にも言わねえで、ひとりで悩んでたんだよ。そんできっと自分の存在自体否定してたんじゃねえかって思うんだ。けど今は俺とか、俺の兄貴とか、あと兄貴のダチでゲイの野郎がいんだけど、他にもまあいろいろ、修二のことゲイだって知ってるやつらが周りにできて、修二も自分がゲイだってこと受け入れられるようになってきてさ。そろそろお前のことも受け入れるんじゃねえかって、てか一年も経って、あいつももう限界なんじゃねえかって思ってたんだ」

俺は黙って聖夜の話に耳を傾けていた。

「けど、さっきのことがあっただろ? あ、カムアウトしたこと自体はいいんだよ。成り行きだったとはいえ、修二もなんか吹っ切れた顔してたし。常識とか世間体とか気にしてもしょうがねえって、やっと腹の底から思えたんじゃねえかって思うんだけどさ。けど、お前に対しては余計に頑なになったっつーか。自分は常識から外れる覚悟ができた分、余計にお前を自分から遠ざけるだろうなって」

聖夜がちらりと俺に投げた目線が、今から大事なことを言うから心して聞けよと言っている。

「これは俺の考えだし、修二とこんな話したことねえから、あいつのほんとの気持ちはわかんねえけど。修二はお前のことが大事なんだと思う。自分より、たぶん母ちゃんより、お前のことが一番大事なんだと思う。だから自分はゲイだってみんなの前で認めて、それがバレて母ちゃんに心配かけても、お前だけは守りたいって思ってんじゃねえかな」
「守りたい?」

守りたいってなんだ。俺を何から守るっていうんだ。

「世間の常識からお前を守りたいんだよ、修二は。結局、常識ってやつに囚われてんだよ」

世間の常識から俺を守る?
冗談じゃねえ、勝手に俺を守ろうとしてんじゃねえ。
勝手な思い込みで俺から逃げようとしてんじゃねえよ。

俺には常識なんてどうでもいいんだよ。
そんなもんより俺が欲しいのはお前だ、修二。

「逃がさねえ」

無意識に漏れたことばを確実な未来にするために、今度ははっきりと意識して繰り返した。

「絶対に逃がさねえぞ、修二」
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