俺とあいつの、近くて遠い距離

ちとせ。

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本編の裏話 攻め視点(時系列は本編と同じ)

第三話

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その夜俺は、聖夜に指定された時間よりちょっと早めに修二のバイト先へ足を運んだ。

「げ、慶。お前、早すぎね?」

俺を見つけるなり文句を垂れる聖夜を睨みつけたのは、修二のことでいろいろと隠し事をしていた聖夜にムカついてたからじゃない。いや聖夜にムカついてるのは確かだし、絶対に報復してやろうとは思っているけれど、それはあとでゆっくりやればいい。今俺がムカついてるのは、もちろん修二のこと。修二本人に対してじゃなく、いや修二にもムカつくけど、それよりも修二に近づくやつらに対してだ。

「なんなのあいつら。修二にべたべたべたべた触りやがって」

聖夜が言ってた通り修二は裏方で、フロアに出ずっ張りではなかったが、ちょくちょくフロアに顔を出していた。その度に修二は男女問わず誰かに捕まり、愛想よく笑い、頭を撫でられても嫌な顔ひとつ見せず、抱きつかれても……って、はあ? 修二が抱きつかれてる!

「ちょ、慶、どこ行くんだよ」
「だって修二が。あ゛ー、み、み、みみ、……耳っ! あいつ、修二の耳にっ」

修二に馴れ馴れしく抱きついた男が、今度は修二の耳にこそこそと何かを囁いて、なにが可笑しいのか二人でくすくすと笑い合っていた。

「声でかい、慶。バレるって」
「けど修二が……。俺の修二が……」
「わかった。わかったから。まずは座れ」

聖夜に席に戻され、「だからバイトが終わったころに来いっつったんだよ」と説教され、「お前まじ目立ってっからこれしとけ」とサングラスをつけさせられた。修二に見つからないようにキャップを被ってきたのにサングラスまでしたら余計に目立つんじゃないかと思いつつも、俺は聖夜のなすがままになっていた。修二と見知らぬ男のさっきの映像が頭に焼き付いて、抗う気力がなかったのだ。

「君も修二くん狙い?」

フロアの片隅に座ってぼーっと呆けていた俺に、話しかけてきたやつがいた。スーツ姿の男だった。

「あ、ここいい?」

俺の返事を待たずに隣に座った男が、「そんな変かな? ライブハウスにスーツって。いつも仕事帰りにここに寄るからこうなっちゃうんだよね。俺の事務所ここからすぐなんだ」と笑っている。

自意識過剰のナルシストで、自慢しいの自己完結型。デザイナーズブランドのスーツにぴかぴかに磨かれた革靴、ハイブランドの腕時計。背の高さも顔もそこそこ。自分に自信があるタイプ。と見せかけて実は小心者。

こういうやつは無視するに限る。値踏みを終えてそっぽを向く俺に構わず、男はぺらぺらとしゃべり続けていた。

「君、ノンケだろ? あ、いいよ、返事しなくても。見ればわかるから。俺はね、バイ。男も女もどっちもいける。どっちかっていうと男のが好きかな。綺麗でエロい男は大好物。修二くんみたいな」

よく滑る口だと呆れた気持ちで見やれば、男が嬉しそうに俺を指差して言う。

「あ、こっち見た。やっぱり修二くん狙いだろ、君も」

男は俺を挑発したいのか、牽制したいのか。どっちにしても俺が付き合ってやるいわれはない。無言で席を立ち去ろうとした俺の後ろ姿を追うように、男は大声を張り上げた。

「ノンケは駄目だよ。修二くんはノンケだけは相手にしない。絶対に。だから諦めたほうがいい」

あーあ、言っちゃったよ、この人。俺がせっかく無視してやってたのに。ここまで言われたら、俺も相手してやらなきゃな。

ゆっくりとした動作で振り返り、俺より頭半分背の低い男の真ん前に立つ。男は俺を見上げて勝ち誇ったように笑っていた。

「ご忠告どうも」

言いながら、キャップとサングラスを外した。俺の素顔を目にした途端、男の顔から笑みが消えた。代わりに頬をひくりと引き攣らせた男に、余裕の笑みを浮かべて言った。

「修二の好みを教えてやろうか?」

俺に喧嘩を売ったツケは払ってもらうぜ?

「まずは顔。修二はとにかく顔のいいやつが好きだ。すげえ面食い。あいつ、ダチも顔で選んでっから」

修二は否定するだろうけど、これはほんとの話。ダチ云々ってのは言い過ぎだけど。

「あと修二は服とかアクセとかすげえ好きで拘りあんの。特に靴とかバッグとか、あとは腕時計とか? すげえ金掛けんだよ」

思わせぶりにちらりと男の左手首に視線を投げた後、自分の腕時計をわざとらしく触わった。男の腕時計はそれなりに名の通ったハイブランドではあるものの、比較的リーズナブルなラインのもの。俺のはスイスの老舗プランドのもので、そこそこの車が一台は買える。ついこの間入った臨時収入で買ったばかりのお気に入りだ。別に金額で優劣がつくわけじゃないし、そもそも好みの問題であって金や優劣の問題じゃないけど、この手のタイプの男をには効果的な話題だろう。その証拠に、男の視線は俺の腕時計に釘付けだった。

「修二くんが腕時計してるところなんて見たことな……」
「バイト先にしてくるわけねえじゃん。いろいろ面倒だろ? あ、ちなみにこれ、修二とお揃い。去年のクリスマスに買ったやつ」

真っ赤な嘘だけど。

舌を出す代わりに、腕時計を嵌めた左手をらひらひらと掲げてみせた。

「しゅ、修二くんはそんな……、そ、そんなことで人を判断するような子じゃ……」

おーおー、どもっちゃってんじゃん。この俺に反論しようとする意気込みだけは買ってやってもいいけど、そんなおどおどしてたらダメじゃん。自分の弱点をわざわざ敵に教えてやってどうすんだよ。

「バカだな、あんた。俺はそんなこと言ってんじゃねえよ。修二の好みの男の話してんだろ? まあ修二も火遊びの相手なら多少は妥協すんだろうけど、本命となると譲らねえだろうな。あいつ、ああ見えて、根っこはすげえ頑固だから。あ、知ってた? ああ、いいよ、返事しなくても」

さっきの男の口調を真似て揶揄すれば、怒ったのか恥じたのか、男は顔を真っ赤にして退散していった。ざまあみろ。

男を追い払った後、俺はすっきりするどころか、さっきの自分自身のことばに傷ついて落ち込んでいた。修二だって男だし、今までなんの経験もないとは思わない。そう願ってたけど、思いたかったけど、もう思えない。聖夜との会話の行間を読めば嫌でもわかるし、さっきの男の口振りからしても明らかだった。極めつけに、自分で口にしたことで嫌ってほど実感してしまった。

さっき笑い合ってたあの男とは寝たんだろうか? 
肩に腕を回してた男とは? 
一瞬視線が絡んだ男は?

修二が男と一緒にいるのを見るたび考えてしまう。なるべく修二の姿を見ないようにと思っていても、どんなに遠くからでも、どんなに小さくても、修二の声は俺の耳に鮮明に届く。だからやっぱり見てしまう。

自分のことを棚に上げてるのは百も承知だけど、嫌なものは嫌だ。もっと早く修二がゲイだって知ってたら。もっと前に修二が俺のこと好きだって気付いてれば。たらればを考えたら居ても立ってもいられなくて。もう一年も待ったのに、あともうちょっと待つくらいどうってことないはずなのに、目の前の時間の重さに俺は押し潰されそうだった。

待って待って待って待ちくたびれて。

そしてやっと。

修二がひとりでいるからと聖夜に教えて貰った裏口で、俺は修二を捕まえた。往生際悪く俺から逃げ出そうとする修二を追いかけて、縋って、思いの丈をぶつけた。修二を泣かせてしまって悪かったと思う以上に、泣くのを我慢して強がる修二が可愛くて、愛おしくて。

「好きだよ」

吐息のような声で修二が想いを明かしてくれたことが嬉しくて。俺に笑顔を見せてくれたことが嬉しすぎて。今まで待った甲斐があったと安堵したのも束の間、修二は俺と付き合う気はないと言う。

残酷で、わがままで、愛おしい修二。捕まえたと思っても、お前はするりと俺の腕の中から逃げ出してしまう。けど、俺はもう逃がすつもりなんてない。お前が逃げるなら、俺はどこまでも追いかける。お前を手に入れるまで、お前が俺を信じてくれるまで、ずっと追い続ける。

「俺がゲイになればいいわけ?」

修二がゲイの男しか嫌だと言うなら、俺がゲイになれれば話は簡単だ。いい案だと思ったのに、修二の慌てようはハンパなくて。けどまあよくよく考えてみれば、修二以外の男は抱けないし、抱きたいとも思えない。

「俺、男は修二しかムリ。修二にしか勃たねえし」

つい漏らしてしまった本音に引かれるかと思いきや、修二の反応は意外なものだった。真意を探ろうと俺を見つめる修二の瞳の中に見え隠れするのは不信と不安、そして……、ほのかな期待? 喜び? これはいけると思った。

修二を抱きたい。
修二とヤりたい。
修二が好きだ。
修二しか好きじゃない。
好きなやつとヤりたい。
修二とヤりたい。
好きだ。
ずっと好きだった。
これからもずっと好きだ。
修二が好きだ。

情けなかろうが、ズルかろうが構うもんか。なり振りなんて構っていられない。手段も選ばない。堕ちろ堕ちろ堕ちろ……と呪いのように念じながら、修二が好きだ修二とヤりたいを繰り返した。その結果。

俺は、修二を腕の中に抱き締めていた。

「……俺も、好き。慶が好き」

堰を切ったように溢れた修二の想いを、その一滴一滴を零さないように。大切に。壊してしまわないように。俺はそっと修二を包み込んで、唇を重ねた。
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